大文字伝子が行く103

大文字伝子が行く103

　＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝　この物語はあくまでもフィクションです　＝＝＝＝＝＝

　==============　主な登場人物　================

　大文字伝子・・・主人公。翻訳家。DDリーダー。EITOではアンバサダーまたは　行動隊長と呼ばれている。。

　大文字学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。EITOのアナザー・インテリジェンスと呼ばれている。

斉藤理事官・・・EITO創設者で、司令官。

　一ノ瀬（橘）なぎさ一等陸佐・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。

　久保田（渡辺）あつこ警視・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。

　愛宕（白藤）みちる警部補・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。

　草薙あきら・・・警察庁情報課からのEITO出向。民間登用。ホワイトハッカー。

　渡伸也一曹・・・陸自からのEITO出向。

　青山たかし警部補・・・元丸髷署生活安全課所属。退職した後、EITO採用。

　増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。

　金森和子1等空曹・・・空自からのEITO出向。

　早乙女愛警部補・・・警視庁白バイ隊からのEITO出向。

　大町恵美子1等陸曹・・・陸自からのEITO出向。

　田坂ちえみ1等陸曹・・・陸自からのEITO出向。

　馬越友理奈2等空曹・・・空自からのEITO出向。

　安藤詩3等海曹・・・海自からのEITO出向。

　浜田なお3等空曹・・・空自からのEITO出向。

　日向さやか1等陸佐・・・陸自からのEITO出向。

　飯星満里奈・・・元陸自看護官。

　稲森花純1等海曹・・・海自からの出向。

　新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署からのEITO出向。

　結城たまき警部・・・警視庁捜査一課からのEITO出向。

　物部一朗太・・・伝子の大学翻訳部同輩。当時、副部長。

　物部（逢坂）栞・・・一朗太の妻。伝子と同輩。

　大文字綾子・・・伝子の母。高遠を「婿殿」と言う。

　池上葉子・・・池上病院院長。高遠学の中学の後輩、彰の母親。彰は他界している。

　真中瞳・・・池上病院と本庄病院の看護師長。

　久保田管理官・・・EITO前指揮官。あつこと結婚した久保田警部補の叔父。

　柴田管理官・・・警視庁管理官。久保田管理官と並ぶ交渉人。

　市橋香苗総理・・・日本初の女性総理。伝子は個人的なSPをすることもある。

　==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==

　午後７時。伝子のマンション。

　EITO用のPCが起動している。

　「おかしい？何がかね、高遠君。」理事官は尋ねた。

　「その、おかしな手紙が発見されたのは、前の日の午後２時半。そう言ったんだよね、伝子。」「うん。そうだけど、何？」

　「その時間、丁度、伝子達が集団を倒した頃だよね。」

　「うん。」「テレビ局にスパイがいる。」

　「え？」「それと、結局除雪作業手伝って、帰宅したんだよね、伝子。」「そうだよ。何だよ、勿体ぶって。」「松宮警部は。何故、こっちの方が急務だって言って、その挑戦状見せたの？除雪作業のついで、じゃなく。まる1日、EITOに連絡来なかったんだよね。理事官、おかしいです、その松宮警部は。」

　「そうか。何か違和感があると思っていたが、テラーサンタの署名がない。」と、理事官が言うと、「爆発物についていたから、我々に思い込みがあったようだ。名乗りを上げたのは、ウチの電話からだった。警察関係は、作戦に参加した者以外はいない筈。松宮警部が挑戦状と判断してEITOを呼び出す理由がない。」

　伝子の言葉に、理事官は「どうする？大文字君。」と尋ねた。

　「泳がしましょう。まだ、事件の予告やヒントがない。」伝子の提案に、「了解した。草薙に、松宮警部の経済状況を調べさせよう。」と、理事官が言い、画面は消えた。

　腕を組んで、高遠は、「2パターンある。」「なあに、ダーリン。」

　「1つ。松宮警部が間抜けな場合。もう1つ。松宮警部が切れ者の場合。」「それって、罠ってこと？あなた。」「うん。」

　午後9時。入浴にしようと支度をしていた伝子のスマホが鳴った。

　「ああ。ひかる君。久しぶり。もう大学決まった？」「まだに決まってるじゃない。あのね、また変な闇サイトが流行っているらしいよ、又聞きだけど。」

　「変な闇サイト？名前知ってるの？」「『恨み買います』だって。」「『恨み買います』？虐めてくれってこと？SM？」

　「いや、テレビや映画で、困っている人を助けるダークヒーローものってあるじゃない？」「ああ・・・その請負人？」「ちょっと違う。お金もアイテムって言うか武器も用意してくれて、その困っている人自身が恨みを晴らすんだって。お金は準備金だけじゃなくて、『成功報酬』があるらしい。僕はどうも、テラーサンタっぽい気がしてならないんだけどね。」

　「ふうん。明日、草薙さんに話してみるわ。ありがとうね。受験頑張って。」「うん。。何かの事件に役立ったら、教えてね。」

　電話を切った伝子に、「また、闇サイト？」「今度の敵は卑怯な手段はお手のものって感じだしねえ。確かに、テラーサンタは絡んでいるかも。」と、高遠は応えた。

　翌日。午前9時。EITOベースゼロ。会議室。

　「まずは、アンバサダーから『昨日』、ご依頼頂きました件。松宮警部は借金があります。何故か、最近返済が完了しています。そして、アンバサダーから『今日』、ご依頼頂いた件。『恨み買います』というサイトはありませんでした。しかし、『リヴァイアサン』というサイトがありました。恐らく、『恨み買います』はキャッチコピーでしょう。参考の為、説明しますと、リヴァイアサンとは、『「嫉妬』を司る悪魔で、旧約聖書に出てくるウミヘビのような怪獣です。敵が、ここで実行犯を募っている可能性がありますが、何の事件か分からないと、尻尾を掴みにくいですね。サイトを利用して、というと阿倍野元総理の暗殺事件を思い出しますね。以上です。」

　草薙の説明が終ると、「リヴァイアサンは、新しい幹でしょうか？それとも枝？」と、なぎさが誰にともなく尋ねた。

　「枝、だろうな。テラーサンタが全部の作戦を作って部下にやらせていると考えるより、複数の枝を使って、同時に作戦を展開する可能性の方が高い。」と、伝子は言った。

　「では、おねえさま。取りあえずは、リヴァイアサンの尻尾、いえ、兆候を見付けないと。」と、今度はあつこが言った。

　「うん。久保田管理官に、最近不審な死亡案件がないか、調べて貰おう。」と伝子が言うと、「よし。それは私から依頼しよう。大文字君は、linenのグループに『妙な噂』がないか調べて貰ってくれ。」「了解しました。」

　午後1時。総理官邸。

　「この間は、ありがとう。私からの依頼で都庁の賊を捕まえに来た、と言ったそうね。」市橋総理が言うと、伝子は恐縮して、「済みません。応援に入った渡さんが、咄嗟に言ったそうで。」

　「いいのよ。嫌々ながら、私に礼を言ってきたわ。愉快だったわ。しかし、敵も、飽きもせずによく攻撃してくるわねえ。」「はい。先日の、建国記念の日のミサイル攻撃が失敗したから、内地の作戦が主になるだろうと理事官は言っておられます。」

　「EITOの開発者って、どんな方かしら？あの、ミサイル通信攪乱システムは、迎撃ミサイルより優秀よね。今回は全部海の中に落とされたもの。海外からもね、どんな仕組みかって問い合わせが来たりするの。極秘事項です、って勿論答えているわ。私も知らないことだから、答えようがないわよねえ。」

　「総理。それでご用件は？SPでしょうか？」伝子が言うと、総理は黙って手紙を差し出した。

　《親愛なる日本国内閣総理大臣。お初にお便り申し上げます。近く、移民党幹事長にご挨拶申し上げたいので、よろしくお願い致します。》

　「これは、挑戦状、いや、脅迫状ですね。幹事長には？」「連絡しました。暢気な人ねえ。文字通りの挨拶みたいに勘違いして。犯罪集団の幹部ですよって、言ったら、そんな文面には感じられませんが、だって。副総理や政調会長の件も話したんだけどね。拉致されたのなら、話し合いで、って言う始末。死ねば？と思ったわ。」

　「総理。それは・・・。」「ごめんなさいね、あなただとつい。念の為、SPも増やしたわ。でも、心配でね。」「心中お察します。EITOからも救援を出します。私が出向けるかどうかは、お約束出来ませんが。」「そうね。多忙な中、無理を言ってごめんなさい。ああ、そうだ。妊娠されたそうで。おめでとうございます。」

　「ありがとうございます。それでは・・・。」

伝子が消えた部屋で、「闘いが終ったら、政治家になって、私を支えて欲しいわ。」と、総理は呟いた。

　午後3時。喫茶店アテロゴ。

　「いらっしゃい。お。珍しいな、大文字。一人か？」「うん。コーヒー頼む。濃いやつな。」伝子は会議のことと、総理に呼ばれたことを物部に話した。

　「相変わらず多忙だな、大文字は。ああ。この間のバレンタインデー作戦の時のアルバイト代、入ったよ。結構な額だな。流石、編集長の口利きだけあるな。」

　「ああ。急場だったから、編集長にも、栞達にも感謝している。」

　「で、何だ？俺に知恵貸せってか。よっぽど困っているんだな、俺なんかに頼るってことは。」

　「うん。まだ、調べて貰っているから何とも言えない状況ではあるんだが。物部。　『恨み』っていうと、何が浮かぶ？」

　「ああ。サイトに申し込む人間の心理か。難しいな。女の場合は、まず男女関係かな？総子ちゃんとこの興信所だって、大抵は浮気調査って聞いたぞ。2番目は金かなあ。男の場合は、名誉・出世・歌切りが最初かな。2番目は金、それから男女関係か。」

　「マスター。男の場合は、男女関係は順位が低いんですか？」2人の間に割って、従業員である辰巳が言った。

　「女の場合の順位が高いだけだろう。」と、物部は笑った。

　その時、伝子のスマホが鳴動した。夫の高遠からだ。伝子はスピーカーをオンにした。

　「伝子。小岩のビルで立てこもり事件発生。犯人は奇妙なことを口走っているらしい。モールの向こうの広場でオスプレイが拾ってくれるって。」

伝子が財布を出して精算をしようとすると、「いいから、走れ！」と物部が促した。　「すまん！」と言って、伝子は店を飛び出した。

　午後3時半。江戸川区小岩。しょうちゃんビル。

　伝子は、エマージェンシーガールの姿で、警官隊のテントにやって来た。柴田管理官が交渉をしているようだ。

　「どうですか？柴田さん。」「これで恨みが晴らせるんだ。邪魔をするな！って言ってきかないんだ。」「あのビルの会社に『恨み』の相手がいて、人質に取っているんですか？それで、要求は？」「逃走車を用意しろ。お決まりのパターンだよ。」

伝子は数秒考えてから、「柴田さん。要求を飲みましょう。ただ、用意する時間を稼いで下さい。逃走中に我々で確保します。この案件は、間違いなくテラーサンタが仕組んだ事件です。」「了解した。」

　柴田管理官が、犯人と交渉している間、伝子はEITOに連絡。詳しい段取りを指示した。

　「了解。おねえさま。病院ジャック発生。この犯人も何か変なことを言っているらしいわ。小岩の方は、私たちに任せて、そっちに行って。現場は渋谷の日の出病院よ。今、筒井さんが迎えに行ったわ。」「了解。」

伝子は、すぐに柴田管理官に状況を説明した。「一佐のチームが、こちらに向かっているんですね、逃走用の車と一緒に。了解しました。お気をつけて。」

　伝子は、筒井にメールで指示された場所まで走った。

　筒井は、バイクで来ると思っていたが、ホバーバイクに乗り、エレガントボーイの格好でやって来た。場所は歓楽街だったが、却って目立たないようだった。ホバーバイクとは、民間会社が開発した『宙に浮くバイク』で、EITOが正式採用して改造した乗り物である。

　午後4時。渋谷。日の出病院。

　久保田管理官が、犯人と交渉をしている。筒井は、またホバーバイクに乗って去って行った。

　「どうですか？久保田管理官。」「小岩の現場は？」「なぎさ達に任せて来ました。要求は？」「逃走用のクルマ。お決まりのパターンだね。」

「何か言ってますか？」「うん？これで恨みが晴らせるから、邪魔しないでくれって。それと、ある看護師を連れて来い、と喚いている。院長に確認すると、先月退職した看護師だそうだが、連絡が取れなかった。そこで、池上病院に探す方法はないかと打診したところ、池上病院の真中看護師長の知り合いらしい。池上先生も顔見知りだそうだ。それで、真中さんが連れて来ると約束してくれた。間に合えばいいが。逃走用のクルマは、警視庁の護送車を発注した。間もなく来る筈だ。」

　久保田管理官の言った通り、護送車は到着した。久保田管理官は、看護師が来るので待ってくれと、交渉を始めた。

　エマージェンシーガールズが到着した。伝子は、金森と増田に状況を説明し、「護送車には死角が多い。金森と増田は上と下に貼り付け。私たちは、オスプレイで後を追う。」

　「了解しました。」と、皆は言った。

　30分後。真中が運転するバイクが到着した。真中と一緒に連れてきたのは、犯人が指名した、以前、日の出病院勤務だった下山看護師だった。

　午後4時。江戸川区小岩。

　腹にダイナマイトを巻いた男、鈴木正三は、人質の神原冴子と共に、EITOの乗用車に乗った。柴田管理官は、警官隊に野次馬やマスコミの整理をさせ、逃走車を通した。

　「これからは？」柴田管理官がなぎさに尋ねると、「あのクルマには追尾用発信装置が付いています。我々はオスプレイで追尾します。随時連絡しますから、追ってきて下さい。」

　なぎさは、一礼をすると、田坂、安藤、日向、浜田、結城を率いて、走り去った。

　柴田管理官もパトカーに乗り、部下と共に出発をした。

　午後4時10分。オスプレイの中。

　「あつこ。同調装置は作動している？」スピーカーから、あつこの声が響いた。

　「オッケー。良好よ。」「じゃ、。柴田さんへの中継、お願いね。」「了解。」

　EITOの通信は、セキュリティーの安全のため、直接警察無線や警察官のスマホには連絡出来ないことになっている。あつこは警察官ではあっても、EITOのメンバーなので、特別受信をしている。

　「やっぱりだわ。あつこ。鈴木は、卒業した、むらさき小学校に向かっているわ。」「了解。」

　午後4時半。むらさき小学校跡。

国旗掲揚台。鈴木は、後ろ手にロープで縛ってある冴子に言った。「謝るんだ、冴子。あの日を思い出してな。謝るんだ。遠藤に。光吉に。お前の為に発狂して死んだんだぞ。」

　「あなた、何言ってるか分かってんの？小学校の時の約束なんて、大人になったらもう無効よ。あなたも大人でしょ。私にもね、好きな人と一緒になる権利があるの。」

　「そうか。分かった。このダイナマイトはオモチャじゃ無い。今、見せてやる。」

その時、どこからか、シューターが飛んできた。鈴木は、足に刺さったシューターで身動きが取れなくなった。シューターとは、EITOが開発した、うろこ型の手裏剣で、先に痺れ薬が塗ってある。シューターは浜田が投げたものだった。

続いて、どこからか矢が飛んできて、鈴木の持っているライターを弾き飛ばした。

また、どこからか矢が飛んできて、冴子のロープを掠めて、地面に落ちた。田坂と安藤の矢の腕前は一流だった。

　困惑している鈴木を後ろから結城と日向が押さえ、パトカーでやって来た、あつこが解体作業に入った。時限装置のないダイナマイトの解体は、あつこに取って、簡単な作業だった。

　午後4時半。旧日の出病院跡。

　護送車が到着したのは、移転前の日の出病院で、更地になっていた。

　中曽根院長と中曽根理事長、小山看護師長、下山看護師が護送車から降り立った。

　護送車から降りた院長は言った。「これは、移転前のウチの病院じゃないか。」

　「みんな、みんな、私が悪いんです。」下山看護師が泣き崩れた。

　「自分の口で話す気になったか。」男は、憔悴しながら、拳銃を持った手と反対の手でICレコーダーを持ち、録音スイッチを押した。

　「2年前、コロニーの時、母は療養型病院である日の出病院に入院していた。ある日、OBQ検査で陽性者が出て、それまでの面会禁止に加えて、保健所に言い訳する為に、入院患者の入浴を一時停止しました。通常の隔離処置の解除になった為、私たちは、入浴を通常週2回の所を週1回にしました。職員同士の話し合いで、全体に周知した積もりでした。ところが、入院患者の家族には、一部にしか知らせていませんでした。洗濯物が貯まっていきました。私たちは、『息子さん、どうしたんだろう、洗濯物、放っておいて。もう見放したのかしら。』と噂していました。そして、週2回の入浴に決まった時に、息子さんに連絡をしました。入浴が従来通りになったから、洗濯物を取りに来て下さい、と。私たちは勘違いをしていたのです。週1回になった頃、強引に洗濯物の受け渡しをした家族さんがいて、洗濯物の受け渡しが事実上可能な状態になったのです。それを、徳島さんや、他の家族さんには知らせていなかったのです。徳島さんは、入浴解除になった時に知らせると言った事務員の言葉を信じて、じっと待っていたのです。徳島さんは自分の都合で来なかったんじゃなくて、　『来るなというから行かなかったのに』と怒り狂いました。そして、徳島さんのお母さんに、揉めていることが知られてしまいました。お母さんは、私たちの隙を見て自殺しました。舌を噛んで。震える手で書いた遺書がありました。」

「それで、絶望したあなたは、ホームレスになった。そこを悪魔に魅入られた。そうですね。」飯星は、看護師の姿で、徳島に言った。

　徳島は、思わず下山看護師を撃った。弾は彼女の左腕を掠めた。

　その時、どこからかブーメランが飛んできた。伝子の投げたブーメランだった。

　ブーメランは拳銃を落とした。そして、衝撃でICレコーダーも落ちた。

　いつの間にか、やって来た、みちるが徳島に手錠をかけた。

　そして、いつの間にか、池上院長と真中看護師長がやって来ていた。

　真中は下山を平手打ちし、手当を始めた。

　真中は手当をしながら言った。「あなたは知っている。自分の犯した罪を。あなたは逃げた。彼に真摯に謝る事から。あの時、逃げずに謝っていたら、彼は許した筈。責任転嫁して逃げる事は簡単よ。でも、あなたは真実に目を背けただけで、自分自身からは逃げられない。永久にね。『凡ミス』は凡ミス。でも、それは言い訳。一生苦しみなさい。看護師として人間として。あなたが逃げたせいで犯罪者を産んだ。その事を知った以上、その十字架を背負って生きて行くのよ。心の傷を、いえ、心の中のタトゥーを意識して生きなさい。」

　真中は去った。飯星と共に。池上葉子は、目に涙を溜めて、中曽根院長と中曽根理事長、小山看護師長、下山看護師を見つめ、言った。

　「中曽根理事長、中曽根院長。いつも言っていることと真逆ね。患者に寄り添い、家族に安心を与えるのが医療者の勤めだと言う台詞は2度と使わないで。小山看護師長。『忘れていました。ごめんなさい。』そう言えば良かったのよ、徳島さんに。相談員も含めて責任のたらい廻しをしたそうね。『人の口に戸は立てられない』って言うわ。徳島さんが調べた時も、私が調べさせた時も、今の下山看護師の無責任な態度は、すぐに分かった。あなたも同罪よ。部下を庇うことだけが管理職の仕事じゃない。真中は2つの病院の看護師長をさせています。患者の心、家族の心を蔑ろにしない、させない為に。」

　池上院長と真中看護師長は、乗って来た救急車で去って行った。

　久保田管理官は、徳島道夫を連行した。

　徳島は、連行されていく途中、伝子に深々と頭を下げた。

　みちるが近寄って、言った。「おねえさま。あっちは無事完了したそうです。オスプレイで帰ります？」

　伝子は、無言で、少し先の方向を指さした。気づいた、みちるが笑いながら、皆の元へ行った。

　高遠がバイクでやって近寄って来て、バイクを降りた。「伝子。帰ろうか。運転頼むよ。今夜はすき焼きにしよう。」「うん。」

　伝子はバイクに跨がり、高遠は後ろに座った。

　「振り切るぜ！！」と言い、伝子はアクセルを吹かせた。時刻は午後5時を少し過ぎていた。

　夕焼けの下、長い髪をなびかせ、伝子はバイクを走らせた。愛する夫の鼓動を感じながら。

　―完―