第4話

二人目は、中学一年の時のクラスメイトでした。彼女は「鈴羽(すずは)」という名前だったと思います。容姿も成績も平凡な、ごく普通の少女でありました。

 ある日のことです。僕は、鈴羽を含めた数人の女子が話をしているのを偶然聞いてしまったのであります。それは僕の話でした。彼女達は、この僕のことを「カッコいい」と言うのです。珍しいことではありません。僕はその「カッコいい」顔のお陰で、女生徒から憧れの眼差しで見られることが多々ありました。しかし、これは僕にとって迷惑以外の何物でもなかったのです。僕は自分の顔が、母に似た顔が、大嫌いでありました。

「鈴羽も、カッコいいと思うよね?」

 鈴羽の友人の一人が、彼女に同意を求めます。しかし鈴羽の答えは驚くべきものでした。

「確かに顔はカッコいいと思うよ。でも、私は好きにはなれないよ」

「何で? 優しくて勉強も出来てスポーツも万能だよ。あんなに素敵な人、他にいないじゃん」

「だって、あの人は心の底から笑ってないんだもん。笑顔が嘘っぽくて、なんか怖いの」

 これを聞いた時、僕は背筋が凍る様な感覚がしました。この頃になると、僕は仮面を被るのに慣れてきて、誰も僕の本性には気付かないだろうと自負しておりました。まさか、鈴羽の様な者に見抜かれるとは思ってもいませんでした。

 僕は鈴羽を何とかしなければならないと思いました。彼女が僕の本性を皆に言いふらす前に手を打たなければいけません。それで次の日から、僕は敢えて鈴羽に接近しました。彼女を懐柔させようと思ったのです。彼女と目が合えば微笑みかけ、機会があれば優しく語り掛けました。その度に彼女は怯えた目で僕を見ていました。僕は焦り始めていました。鈴羽が一向に僕になびかないのです。寧ろ関係は悪化していました。

 しかし、事が思わぬ方向に好転したのです。

「鈴羽ってムカつくよね」

 僕の寵愛を一心に受けながらも全く意にも返さない鈴羽は、他の女生徒から羨望の的でした。鈴羽の様な平凡な子が何故、僕とつり合うことが出来るのか。羨望はいつしか嫉妬に変わりました。

そして、鈴羽はいじめられ始めました。靴を隠されたり、ノートに落書きをされたりしていました。いじめは女子の中で行われ、誰もリーダー的存在の者には逆らえ

ませんでした。男子は女子のことに首を突っ込もうとはしません。皆、傍観者でありました。当時、僕はクラス委員長を任されていましたが、鈴羽を助けませんでした。

見て見ぬ振りをしておりました。僕意外の傍観者は鈴羽のことを気の毒に思っていたでしょうが、僕は何とも思っていませんでした。寧ろ好都合だと思い、冷たい目で彼女を見ていました。本当に最低ですね。もし、このことを正義の味方を自称する彼女が聞いたら、引っ叩かれそうです。

 鈴羽は日に日に、神経を衰弱していきました。ある日の授業中のことです。ふと、鈴羽と目が合いました。僕はその瞬間、彼女を憐れむように静かに笑ってみせました。僕の顔を見た鈴羽は、突然わっと泣き出し、教室を飛び出して行きました。いじめの原因を作ったといえる僕からの憐憫は、彼女が精神を崩壊させる決定打となったのです。

 それ以来、鈴羽は学校に来なくなりました。不登校というものです。僕は自分を脅かす存在が消えたことに安堵しました。その後、僕は何事もなかったかの様に二年生に進級しました。風の噂で鈴羽が転校したらしいということを聞きました。きっともう、彼女と会うことはないでしょう。

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