第3話
一人目は、とある病院にいました。この年は例年通りインフルエンザが猛威を振るうという予報がされていたので、僕は父と予防接種に来ていました。その病院の子供用待合室「キッズルーム」に、彼は居たのです。
彼は僕と同い年か、一つ二つ上に見えました。あの時僕は小学校三年生くらいでしたから、彼も小学生だということになります。まあ、中学生だったのならキッズルームにはいないでしょうが。
「ここで、大人しく待っていてね。名前が呼ばれたら診察室に入るんだよ」
父は優しい口調でそう言いました。僕も物分りの良い「いい子」のように「うん」と返事をしました。
父が他の大人達に混じって雑誌を読み始めましたので、僕は大人しくキッズルームで絵本を読むことにしました。部屋の真ん中では、女の子達がおままごとをして遊んでいたので、僕は部屋の隅に座りました。僕の隣には同じ様に本を読んでいる男の子がいました。それが、彼です。眼鏡を掛けた、聡明そうな感じの子でした。
本を読み始めて少し経った時です。
「何故、子どもと犬、猿、雉のパーティで凶悪な鬼を倒せたのだろうな」
彼に突然、話し掛けられたのです。
「えっ、何?」
「『桃太郎』だよ。考えてみろ。犬猿雉はそんなに強い方ではないし、桃太郎なんてまだほんの子どもだぞ。そんなんで鬼が倒せるものか」
「……確かに」
彼は昔話にけちを付けていたのです。今思えば、彼は相当に捻くれた子どもでありました。
「熊とかの方が確実に強いだろうに。犬もそこらの犬ではなく、土佐犬なら戦力になるな。同じ鳥でも、雉よりも鷲や鷹の方が良かろうに……」
「でも、桃太郎は犬猿雉じゃないと桃太郎じゃないよ。今さら、どうこう言ってもしょうがないよ」
「まあ、そうだな。君の考えにも一理ある。所詮はただのフィクションだ」
「ふぃくしょん?」
彼は難しい言葉を使っていました。言葉遣いもどこかおかしく、当時は博士みたいな喋り方だと思っておりました。
「空想、作り話のことだよ。しかし、昔話や童話の粗を探すのも意外と楽しいものだな。……ほら、例えば『白雪姫』とか。王子の口付けで姫が目覚め、そのまま結婚なんぞ、急展開過ぎると思わんかね。王子がもし、不細工だったら、そうは行かなかっただろうな、ハハハ」
彼は本当に可笑しそうに笑っていました。
「そうだね、面白い考え方だね」
僕も彼につられて笑いました。正しくは笑った振りですが。
「……君は……、いや、いい。それにだな……」
一瞬、彼は怪訝な顔をして、何かを言い淀みました。しかし、彼がすぐに話を元に戻したので、僕はあまり気にしませんでした。しばらくして、彼の名前が呼ばれました。珍しい苗字でした。彼は去り際に振り返って、こう言い残しました。
「何故、君は楽しくもないのに笑っているのかね?」
僕は答えることが出来ませんでした。彼も答えを聞かないまま、診察室に入って行ってしまいました。彼とはそれきりです。
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