冒険者

 界門から飛び出た僕はその場で息を整える。下級も下級のダンジョンの最弱の魔物相手に命懸け。冒険者として話にならない。

 へたり込んだまま俯く僕に声をかける人はいない。

 僕がダンジョンに入ってからどのくらいの時間が経ったのか。しばらくして息が整うと立ち上がり、階段に向かいそのまま一階に降りる。

 もう静まり返ったギルド内の様子から、『アトラス』の帰還を祝う馬鹿騒ぎは一旦の収まりを見せたのだろうとわかった。

 残っているのは酒好きのドワーフや、人目の多い時間を避けダンジョンに潜る冒険者ぐらいだ。

 体感とその様子から察するに、僕がダンジョンに潜っていたのは二、三時間と言ったところだろうか。どんだけ慎重だったんだ、僕………。



「ウ、ウルフォトさん!」


「あれ、シエラ………こんな時間まで、どうしたの?」



 階段を降りる僕を見つけて駆け寄ってきたシエラ。

 朝からギルドにいたことを考えればもう帰っていておかしくない時間だ。

 何かトラブルでもあったのかな?



「………お疲れ、様でした。換金して行かれますか?」


「あ………ごめん。……お願いします」


「……はい」



 なるほど………今のは失敗だな。

 ジトっとした目とその態度から、シエラは僕の帰りを待ってくれていたのだとわかった。

 シエラは何かと僕を気にかけてくれる。それは僕がシエラにとっての初めての仕事相手だったからだろう。

 もしかして僕のこと好きなんじゃ………と、まあ年相応の勘違いなんかもしたことあるが、冷静に考えれば僕みたいな万年初級冒険者を好きになる要素はない。

 彼女は超人気のギルド職員。言い寄られたり求婚された回数は数えきれないと他の冒険者が話ていたのを聞いたことがある。

 シエラも僕にとっては手の届かない存在だ。


 僕が一人で考え勝手に落ち込んでいると、換金所に向かっていたシエラの足が止まり僕を振り返った。



「そうだ、ウルフォトさん。……どうされますか?」


「ああ……更新」



 ステータスの更新。厳密に言えば、ギルドが管理しているステータスの情報の更新だ。

 冒険者にとって自分のステータスを知ることは最優先事項。敵を知り己を知れば百戦危うからず、といった具合だ。

 そしてそのステータスを知る方法はギルドが持つ神眼鏡ナルキスと呼ばれる魔道具のみ。

 冒険者がダンジョンに潜った後は、自分の各種ステータスがどのくらい伸びたのか、レベルは上がったのか、新しいスキルに目覚めたのか、もしくは既存のスキルが進化したのか、それらを知るためにステータスの更新を行うのが通常。なのだが………。



「うーん………いや、僕はいいかな。多分、いつも通り攻撃ステータスがちょっと伸びたくらいだと思うし」


「………ね、念のため………どうでしょうか?」


「……まあ、うん。じゃあ、お願いしようかな」



 懇願するようなシエラの雰囲気に拒否の言葉を飲み込んだ。

 更新をしても損はない。でも、もう何年も攻撃ステータスしか伸びていない自分のステータス情報に辟易していたこともあり、あまり気は進まなかった。

 でも、



「かしこまりました、ここで待っててください!」



 僕から冒険者タグと呼ばれる冒険者の血が混ぜ込まれた身分証を預かると、シエラは嬉しそうに受付カウンターの中に設置された地下への階段を下っていく。

 いつも僕以上に更新を嬉々として行うシエラに苦笑いが浮かぶ。

 

 僕も前からこうだったわけじゃない。昔は更新を楽しみにしていた時がある。

 でも、いつになっても成長しないステータスに増えないスキル。それが二年間である。期待もどんどん薄れるのは仕方ないだろう。


 僕はシエラを待つために受付の椅子に腰かける。立っていても手持無沙汰だし、話して時間を潰す相手もいない。

 冒険の疲れもあり頬杖を突きながら何度か舟を漕ぐ。


 周りの物音がどこか遠くに感じられるほど睡魔に身を委ね始めた時、

 

 ————パリンッ!とガラスの砕ける音に無理やり現実に引き戻された。


 眠気の残るまどろんだ頭と視界で周りを見回すと、数少ないギルド内の人たちの視線はある一点に集中していた。


 その視線の先には、一つのテーブルを囲んだ四人組のパーティー。

 その中の一人の男は立ち上がり、その手の先には砕けたガラスのコップ。さっきの音はあの男がコップを割った音だったのだろう。

 顔を赤くした男は、いきり立った様子で対面に座る少女を睨みつけている。対する少女はすまし顔でどこ吹く風だ。

 黒の長髪にシミ一つない潔白の肌。釣り目がちの青の瞳は少女の苛烈さを印象付けている。腰には刀と脇差のような短刀、赤の液体の入った小瓶を吊るしている。見るからに前衛の冒険者だ。

 女の冒険者も特に珍しくないが、注目が離れないのは思わず見とれてしまう程の彼女の美しさ故だろうか。



「てめぇ……、舐めてんのか!ガキが調子乗りやがって!」


「お前こそ弁えたらどうだ? 前回のダンジョン攻略は確実に私の活躍あってのものだ。そんな私の取り分を増やすのは当然だろう」


「それでお前と俺達三人で五対五だってのか!?」


「ああ、それでもお前たちには多いくらいだ」



 大声の会話の内容から察するに、取り分で揉め事が起きているようだ。冒険者ならば日常茶飯事の出来事で、聞き飽きた問題だ。周りの冒険者や職員たちも興味を失くしたように視線を外す。

 まだ注目しているのは僕のように暇な人間か、美しい少女の動向を探ろうという色好きか、単なる好奇心かだろう。

 

 冒険者達の言い合いは一辺倒で、男の怒鳴り声に表情一つ変えない少女が淡々と事実を列挙して鼻を鳴らしている。



「いい加減にしろよ、メスガキィ!!」


「話にならないな」


「すましてんじゃねぇっ!!」


「お、おいやめろ!!」


 

 少女の様子に激高した男は、他の二人が止めるのを振り払い少女に掴みかかろうとし、



「―――それ以上近寄るな、ここで死ぬか?」


「ッ!? ………ぐっ……くそぉぉっ!」



 一瞬で間合いを取った少女は刀の鞘に手を置き、男を睨みつけている。居合と呼ばれる刀使いの神速の抜刀の構えだ。

 当然その動きは僕には、いや、この場のほとんどの人には見えなかっただろう。

 それほどまでに少女の動きは速く、完成されていた。

 少女の冒険者タグは、僕と同じく初級を表す鉄の鈍色。でもその動きは二等級の銅色のタグをつける目の前の男を遥かに凌いでいる。

 とすると、



「弁えろと言っただろ『一神シングル』。お前が私より高い等級にいるのはただの時間の問題だ。『三神トリプル』の私が何度かダンジョンに潜ればすぐに追い越すことができる」


「て、めぇえ!」


「吠えるな、負け犬。耳障りだ」



 やはり複数の六神の加護を持っている選ばれし才能のようだ。



「もういい。腐っても二等級。ダンジョンについての知識を盗めるかと思って誘いに乗ったが、それも終わりだ。ダンジョンについてはあらかた理解できた。出現する魔物も下級の内は貧弱な者ばかり。私一人で充分だ」


「はっ! 一人じゃぜってー行き詰まるぜ。今謝ればまだパーティーを」


「面白くない冗談だ。等級が上がって中級ダンジョンに入れるようになったら、私にふさわしい仲間を見つければいいだけだ。お前たちと違って、足を引っ張らない奴らをな」



 そのセリフと共にその場から去る少女を、男たちは鬼の形相で見送る。

 どう見ても円満解消ではない。あの別れ方をしたパーティーは十中八九ろくなことにならない。

 

 なのだが、



「『三神トリプル』………才女も才女だな」



 彼女ほどの才能の前にはその理屈は通じない。

 別格。規格外。才気煥発。彼女の持つ才能はそれらの言葉をもってしてもまだ足りない。

 『二神ダブル』でも重宝され名を馳せるこの世界で、さらに上。

 僕なんかが心配するのもおこがましいほどの差を静かに痛感し、思わず笑みがこぼれる。

 要するに心配するだけ無駄だ。


 僕は、ダンジョンに潜るためか三階に上がっていった彼女を男たちと同じように見送ると、再びシエラを待ち始めた。

 周りの冒険者たちは、今まさにパーティーを解消したあの少女を勧誘しようかという相談や、その才能についての話で盛り上がっている。

 僕は暇つぶしに、好き勝手に話をする周りの声に耳を傾ける。


 彼女の美しさと強さ称える酔っぱらいの戯言。パーティーに勧誘したいという女戦士の言葉。彼女と一夜を共にしたいと下品な笑いで盛り上がる中級冒険者達の笑い声。


 その様々な声の中には、少女と言い合いをしていた男たちの声が混ざっていた。

 僕以外の人がいない受付近くで立ち止まると、小さな声で話を始めた。



「おい、いいのか………あんなに舐められたままで」


「いいわけねぇだろ。―――仕返し、するに決まってんだろ」


「ははっ、そう来なくっちゃな! んで?具体的には?」


「これはただの偶然なんだがよ………あの女、敏捷ステータスとスキルには恵まれてんだが……攻撃ステータスが凹んでんだよ。それをあの女、増強薬に頼ってんだ」



 増強薬。

 少女が腰につけてた赤い液体のことだろう。そんな理由があったのか。

 段々と不穏な方向に向かっていく話の内容から耳を離せずにいると、男たちは下卑た笑い声をあげた。



「おいおいまじかよ!」


「まじだって。今日のダンジョン攻略の時、いっちょわからせてやろうと思って準備してたんだがよ。こんなことになるなんてな、まあ結果オーライだろ」


「増強薬の中に、ねえ………ははっ、いいじゃねえか!」


「あいつは魔物と遭遇した時、必ずあれを飲む。もう少し時間が経ったらきっと—————」




 その続きを聞く前に、僕は立ち上がっていた。

 浮かぶ冷汗が止まらず、焦るように歩く速度は上がっていく。


 僕が行って何になる? 余計なお世話だろ……絶対。

 才能あふれる彼女と、万年初級の僕。心配することすら彼女にとっては侮辱だろう。

 

 だから、少し様子を見るだけ。

 ダンジョンに入って、彼女の無事を確認して戻るだけ。

 もしかしたら麻痺毒なんて効かないかも。そうだ、彼女は『三神トリプル』。きっと効かない。


 でも、もし、効いてしまったら?

 その場で動けなくなった彼女を取り囲むように集まった魔物たちは、容赦なく凶刃を振り下ろすだろう。

 これはただの想像でしかない。

 だけど、少しでも可能性があるなら。



「見過ごす………のは、ないよなぁ……」



 自分で自分が嫌になる。

 僕が行って、もし彼女が麻痺毒に侵されていたとして……どうする?


 彼女を襲う魔物たちを掃討できるか? 答えは当然、否だ。

 

 なら、周りの冒険者に助けを求めれば良い。


 でも、万年初級の僕の言葉を信じてくれる優しい冒険者はいるのか? 妄言と一蹴されるかもしれない。もしかしたら僕の話をあの男たちにするかもしれない。そしたら、多分僕は殺される。


 シエラを待つか?

 

 いつ帰ってくるかもわからないシエラをのんびり待って、手遅れだったら見て見ぬふりか?

 ない、一番ないだろ。


 だったらやっぱり、



「―――行くしかない」



 三階に上がった僕は、波紋が揺れ、少し前に誰かが入った痕跡のある界門ゲートの前に立った。


 そして、心の中でシエラに謝る。

 深呼吸をした次には、



「これは正真正銘――――冒険者バカだな」



 見栄を張って、笑みを浮かべ、界門ゲートを潜った。

 




■    ■    ■    ■




「ウルフォトさんっ!!!」



 大声でウルフォトを呼ぶシエラに返ってきたのは、冒険者達の好奇の視線だけ。



「あ、あれ?」


「ん?どうかしたかシエラちゃん! あ、もしかして夜の相手でも探して———」


「ウルフォトさんを見かけませんでしたか!? あの……ぼろぼろの外套を羽織った、くすんだ灰色の髪で、優しそうな柔和な目で、一見地味なんですけど結構カッコいい……」


「ああ、はいはい万年初級ノービスだろ? あいつなら、急に立ち上がって三階に上がってったぞ。どうせダンジョンだろ。あいつももう諦めればいいのにな………シエラちゃんもあんなのじゃなくもっと————」



 大柄の冒険者の男の言葉はシエラには届いていない。

 シエラは更新されたウルフォトのステータス情報を片手に立ち尽くす。


 ダンジョンに行った。なぜ? ウルフォトさんはそんな無理をする人じゃない。

 様々な可能性を想像するシエラの優秀な脳は、やはり鮮烈な衝撃を受けた影響か、動きが鈍い。


 その原因は、更新されたステータス。


 やはりウルフォトの言った通り、攻撃ステータスが少し伸びた程度で他のステータスに変化はなかった。

 そう、各種ステータスにはいつも通りの更新が行われた。


 問題は————


 たった一つ、ウルフォトのステータスに起きた変化。


 スキルが、増えたのだ。


 偶然はなく、積み上げた必然によってウルフォトに与えられたスキルは、別段珍しいものではない。


 しかし、



「ウルフォトさんにこのスキル……」



 今のウルフォトにはこれしかないと言えるほど、抜群に嚙み合ったスキル。

 それは、




———————————――――――


ウルフォト lv 1 種族 人族ヒューマン


攻撃 118(F) 防御 16(G) 敏捷 11(G)


魔力 0


職業ジョブ

狂撃卿アグレスロード

 攻撃ステータスへの成長補正。攻撃ステータス以外への成長制限。

 魔物に対する初撃時、攻撃ステータスへの絶大補正。


【スキル】

『投擲』 

 自身が敵意をもって放った投擲物に、攻撃ステータスの十割を加算する。


【魔法】

 ――――――


——————————————————



 夢に溺れた青年の、初めての結実だ。



 


 

 










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