乾坤一擲

 『石廊の洞窟』。

 初心者御用達のくだらないダンジョンだ。

 特定の場所にしか発生しない魔物に、別れ道こそ多いもののあまり広くない構造。存在している域主エリアボスは力自慢の鈍間。

 『三神トリプル』である私にとっては障害にもならない。


 しかし、ダンジョンの踏破数は冒険者の等級に大きく影響する。いくらくだらないとは言え、踏破するに越したことはない。

 ついこの前冒険者になったばかりの私はまだ初級。歯がゆいが下級ダンジョンにしか入れないため、弱小ダンジョンでも攻略しなければ昇級はできない。


 安全地帯セーフルームを抜けると、細い道が続いていた。

 少し歩くと三本の別れ道に突き当たった。


 面倒だ。冒険者から情報を買っていれば迷うことはないのだろうが………仕方ない。一つ一つ潰していくか。


 まず右の道に入る、こちらはほどなくして突き当りにあたった。

 が、



「―――――――」



 その突き当りで待ち構えるように発生していた魔力人形マナドールと呼ばれる魔物が二体。

 無手で徘徊しており、冒険者の捨てていった武器などを本能的に探している最中だろうか。

 少ないが、ステータスの足しにするか。


 刀を居合の構えで抜くと、一瞬、カチャッと音が鳴った。

 その音に振り返った二体のマナドールは、



「――――チッ、やはりネックは攻撃ステータスか」



 背後に回っていた私に気付かず、身体に無数の傷を負っている。

 それぞれのマナドールにすれ違いざまに三回の斬撃を見舞ったが、それでもマナドールはまだ活動を続けていた。

 

 しかし突如体を襲った衝撃に動揺するように動きを止めたマナドールは隙だらけだ。

 増強薬を使うまでもないな。

 奴らが追えない速度で数回斬り付けると、そのまま地面に倒れ伏した二体のマナドールは、魔石と遺物ドロップアイテムを残してダンジョンに吸収されるように溶けた。


 魔石はともかくとして、魔物から遺物ドロップアイテムが出現する確率は高くない。

 それが、二体の魔物から一つづつ落ちたというのは、やはり六神の加護の力か。


 私に加護を授けた神の一柱、運命神フェートの幸運を司る加護。盗賊職シーフや商人垂涎の加護だそうだ。

 私に言わせれば、他の神の加護の方が欲しい。



『逃げ回るしか能がねぇ女が、あの五等級冒険者の孫とはな!』


『なんでも攻撃ステータスが育たないんだとよ。女の子らしくてかわいいじゃねぇか!ハハハハッ!』


『冒険者になるぅ!? やめとけやめとけ! そのうちお前なんかの攻撃じゃ一生かかっても倒せない魔物にわんさか出くわすぞ。他の冒険者からしてもお荷物だろうよ』



 ………語ることしかできない愚図共が。今に見ていろ。



 その後も度々出現する別れ道に辟易しながら、できる限りの速さでダンジョン内を駆け回る。

 見つけた魔物は斬り捨てながら、域主エリアボスが出現する最奥までの道を模索した。

 すると、少し開けた円形の広場に出る。その広場には何体ものマナドールが蠢いていた。目に見えるだけで六体はいる。



「ちっ、まどろっこしい………ん?」



 広場を見据える視界の中に映った光景に、思わず声が出る。

 今いる道の先、広場の入り口近くの壁に目が留まった。今もじわじわと修復がなされているが、明らかに崩落の跡がある。

 何者かによって、とてつもない力で無理やり破壊された壁。これは明らかに異質だ。


 ダンジョン内はとても頑丈だ。

 下級、中級、上級などで差はあるが、下級であっても容易に破壊されるようなものではない、らしい。受付の職員がそんなようなことを言っていた。

 それにダンジョンは元の姿に戻ろうとする修繕機構があるらしく、よほどの破壊でなければすぐに直る、とも。


 ならばこの跡はなんだ?

 様々な推論が脳内を駆け巡る。

 等級の高い冒険者でも通ったのか? こんな下級ダンジョンに?

 ならば、魔物の亜種や特異種か?



「はあ………やめだ。埒が明かない」



 正体のわからない現象に頭を悩ませる必要などない。ここは下級ダンジョンだ。ぶつかった問題にだけ対処していけばいい。

 と、なれば。今の問題は最奥に進むには絶対に通らなければならないこの広場に陣取っているマナドールのみだ。



「数が多いな。………くそっ、やはり頼ることになるか」



 腰に付けた赤い液体が入った小瓶に目を落とす。

 増強薬。私の弱さを消し、そして弱さを突き付けてくる代物だ。

 できれば頼りたくない…………だが、



『力の弱っちいお前じゃ、冒険者は無理無理!』


「――――っ!」



 私はその場で勢いよく増強薬を呷った。

 喉を焼くような刺激と共に、全身に力がみなぎる。

 ――――域主エリアボスまで、一気に駆け抜ける。


 魔物たちはまだ気づいていない。

 入り口で居合の構えをとると、一気に抜刀し、勢いそのままに広場の中央に向けて全力で疾走する。

 その延長線上にいた一体のマナドールは、



「――――ふッ!」



 胴体が真っ二つに割れ、無様に飛び散った。

 マナドールの身体を割った刀には何の抵抗もない。

 増強薬が私に及ぼす効果を感じると、万能感が頭を支配する。


 ――――ああ、これだ。

 私は強い。周りの愚図共とは違うんだ。

 『三神トリプル』だ。選ばれたんだ。

 神城イリアスで加護を受け取った時、誰もが私を褒め称えた。私の才能を認めたんだ。


 私は返す刀でもう一体のマナドールを逆袈裟斬り。

 崩れ落ちたマナドールを見送ると、近づいてきている他の個体に刀を向ける。


 そして、



「――――ぇ?」



 私の身体が傾いた。

 地面に手をつき、受け身を取ろうとするが…………動かない。


 どさっ、と無防備に倒れた身体。

 だが、痛みはない。


 いや、痛みどころか、感覚がない。



「あ……あい、が………」



 呂律も回らず、立ち上がろうにも身体の感覚を遠くに感じ、力が入らない。

 しかし、脳は正常に機能し、今の状況をはっきりと認識している。


 まずい、まずいまずいっ!


 ぞろぞろと私に近づいてきているマナドールは止まらない。

 手には錆びた剣や斧、槍。

 明らかな殺意の塊だ。

 それらの凶器から逃れるために身体を必死に捩ろうとするが、感覚すら掴めない。

 刀は取り落とされ、大きな金属音を立てる。


 待て、待ってくれっ。


 声は出ない。

 動くのは頭脳と視界のみ。


 脳は恐怖と生存本能に支配され、活路を見出そうとするが幾分もせずにパニックに陥った。視界は、もうすぐそこまで迫っているマナドールを非情に映し出している。


 し、死ぬのか?

 なんで? こんなところで?

 わ、私は、冒険者になって、見返して………。



 振り上げられた剣は、そんな内心など知らず狙いを定めた。

 当然、私に向けて。



「ぁ…………や……」



 涙で霞んだ視界は、錆びた刃を映す。きっと、すぐには死ねないだろう。

 口から出た声は、何の力も持たない幼女と大差ない。


 死ぬ、なんでだ……いやだ。


 思考ももう纏まりがない。

 もうすぐ恐怖に狂ってしまうのだろう。



「あ…………あえ……か」



 誰か、なんて言葉は誰にも届かない。

 当たり前だ。私が自分で捨てたんだ。


 魔物に感情はない。当然慈悲なんて皆無。



「――――――――」



 剣を持ったマナドールは、剣を持った泥の手を握りしめ、そのまま—————




■    ■    ■    ■





 彼女を見つけた時、僕に過ったのは後悔だった。

 本当にかっこ悪い。


 おそらく麻痺毒に侵されてるであろう彼女は地に倒れ伏し、周りには緩慢な動きで彼女に群がるマナドール。

 きっともうすぐ彼女は死ぬ。


 ああ、見つけちゃった。そう思った。

 見つけなければ僕には何もできなかった。知らないふりもできた。


 でも、今僕は見つけてしまった。


 逃げればいい。僕には何もできないんだから。

 そう考える僕を、自分で責め立てる。

 

 何ものは仕方ない。僕に才能がなかっただけだ。

 でも—————何ものはあり得ない。

 現に今、僕は彼女の死に対して何かができる。それが何かはわからないが、何もできないわけじゃない。

 

 だったら、何かする方が冒険者として、かっこいいだろ。

 そんな空前絶後の馬鹿な思考が脳を縛り付ける。

 

 

 ここで見捨てて、カッコ悪い冒険者をのうのうと続けるか。今、ここで人生最大の冒険と共に命を終えるか。


 悩む必要……ないだろっ!!


 口が笑みに歪む。

 何笑ってんだよ。イカレてんのか。

 多分、イカレてるんだろうな。


 僕はいつものように拳大の大きさの石を拾うと、今まさに剣を振り上げたマナドールに標準を合わせた。


 これだと、彼女が助かっても僕が死ぬな。

 今になってその現実が押し寄せる。

 ま、いいや。女の子を助けるために死ぬって、なんか。



「めっちゃ、冒険者って感じだっ!」



 その言葉と共に、乾坤一擲。

 

 全力の投擲は、寸分違わずマナドールの頭に命中し—————



 

 


 



「―――――」



 言葉が出ない。

 生き物が破裂する音に、鼓膜が揺れる。


 だが、止まっている時間はない。



「ッ!!」



 呆気にとられたのも一瞬。

 現実を受け入れた脳は、次の武器を見つけ、それを他のマナドールに次々と投げつける。

 次々に投擲を受け、身体を爆散させていくマナドールに認識が追い付かない。


 疑問は浮かぶ。

 納得もできない。


 それでも、僕がマナドールを倒している。

 それは理解できた。


 マナドールは最後の一体になると、投擲の発生源の僕を排除すべき敵に決めたように槍を構え突貫してくる。


 慣れた様子で突き出される槍には、やはりいつも通りフェイントはない。

 心臓を狙って突き出されることを想定していた僕は、身を屈めて躱す。

 頭に風を受けるほど近くを通った槍を見送ると、



「うああああああああああっ!!」



 恐怖をかき消すように叫び散らし、下から掬い上げるように剣を振り上げた。


 両断された泥の身体は、ずるっと断面でずれると魔石を残しダンジョンに溶けていった。



「はっ………っはああぁ……た、倒した……っ!」



 息を整えた僕は、まだ広場に倒れている彼女に駆け寄った。

 焦りながら腰に吊るしてあるなけなしの回復薬ポーションを開けると、彼女の口に流し込む。



「だ、大丈夫……?」



 頷くでもなく、返事をするでもなく、彼女は茫然と僕を見上げている。



「あ、えっと、声は出る?」



 少しの間の後、彼女は悔し気に顔を歪ませた。



「……お前……名前は……」


「え?」


「名前だ……答えろ」



 まだ少し甘い呂律ですごむ彼女に毒気を抜かれ、大事無さそうな様子に安心しながら答える。



「ウルフォト……苗字はない」


「ウルフォト………言い辛い名前だ」


「よく言われる。そういう人は大体万年初級ノービスとか呼んでる……昔はウルフ、とかって」


「聞いていない」


「ご、ごめん」



 棘のある言葉に落ち込む僕を見上げ、もう一度悔しそうに唸った彼女は口をとがらせる。



「――――アメノ・ミツルギ、だ。……これで私に恩を売ったなどと思い上がるなよ、ウルフ」



 

 



 






 

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