下級ダンジョン
ギルドの三階に上がると、ほとんどの冒険者が『アトラス』の帰還を祝うためか、僕以外の冒険者はいなかった。
それを好都合に思った僕は、ずらりと並んだ
金色の縁に彩られた界門は、戸の部分が青く光り、波紋が波打っている。その先は窺い知ることができない。入ってからのお楽しみだ。
まあ、二十ある下級ダンジョンの全ては攻略済みであり、その全貌は明らかになっている。
僕が今立っている界門の上に取り付けられたプレートには『
かなり前、僕がソロで入るのに一番向いている場所としてシエラが見繕ってくれたダンジョンだ。
適正レベルは当然lv1。初心者パーティーが一度目に入り数回目で余裕で攻略完了する、下級の中でもかなり難易度の低いダンジョンだ。
他の下級ダンジョンと出現する魔物に大した差はないが、構造が分かりやすく魔物の出現する場所が決まっている。
息を合わせれば四人組の初心者パーティーでも攻略は容易だ。
そう、パーティーならば。
ソロでの冒険など愚の骨頂。無駄にリスクを背負う必要なんてない。
僕だって御免被りたいけど、いろいろな事情がそうさせれくれない。
「よし、言い訳はここまで」
どんどんマイナスに陥ってく思考を無理やり切り替えると、一息に界門を潜った。
瞬間、周りの空気が一変した。
無機質な石の壁は熱を放たず、肌寒い。人が歩くことを想定されてない地面はごつごつとした感触を足の裏に伝えてくる。
界門が設置されている最初の広場はいわゆる
しかし一度ここを出れば、自分を守れるのは自分だけ。おのずと緊張感も増してくる。
薄暗い周りを一度見まわすと、ゆっくりと行動を開始した。
ダンジョン内には目立った光源が無いにも関わらず淡い青い光が洞窟内を照らしている。原因は空気中に浮遊する魔力だと言われているが、詳しいことはわかっていないそうだ。
広場から細い道に出ると、その先は一本道。道中枝分かれする別れ道が随所に現れるが、僕は二年の冒険者人生をこのダンジョンに捧げているので、このダンジョンの
まあ、誇れることではないが………。
魔物を倒すメリットとしては、魔物を倒したときに出現する魔石。魔石とは魔物の心臓部であり、冒険者の実入りの大半はこれだ。
次に
他の魔物に比べてその魔石は大きく、
そしてさらに、
それは
だが確率はほとんどなく、ほぼ伝説でしかない。
「僕には夢のまた夢……か」
あまりの残念さに嘆息しながら、警戒は怠らずに細い道を抜ける。
すると、円形の広場に出た。
そしてそこには、奴らがいる。
「―――――――」
広場を徘徊する何体もの影。
人型の泥がずるずると音を立て広場を練り歩いている。
その手には多種多様な武器。剣や槍、斧など錆びた年季のあるものがほとんどだ。
『
おそらく最弱の魔物とされる奴らは、冒険者の情報を漂う魔力から読み取り、それを模倣した姿をとる。
しかしその能力に個体差はなく、初心者でも油断しなければ難なく討伐することができる。もちろんこれはパーティー以下略。
目に見えるマナドールは四体。
当然すべてを相手にすることなんてできない。
僕は足下に転がった拳サイズの石を拾い上げると、僕に一番近い手前のマナドールに向けてその石を放り投げる。
さて、今回はどうなるか。
僕は石が当たるのをぎりぎり確認できる距離で逃走の準備を整える。僕の低すぎる敏捷ステータスでは一瞬の油断が命取りだ。見つかっても絶対に追いつかれない距離を作らなくてはならない。
そして僕の放った石がマナドールの頭に当たりそのマナドールが振り返った。
しかし、周りのマナドールがそれに気づいた様子はない。その一体のマナドールだけが武器を構え僕のいる細道に駆けてくる。
よし、成功だ。僕は思わず拳を握った。
マナドールとは集団ではなく個の魔物。情報伝達の知能がなく仲間意識もなく、一体に見つかっても報告がなされることはない。
よってこの方法は、一体に見つかったら芋づる式に見つかってしまう知能が高い魔物には使えない。
成功率もかなり低い。石が当たる音で周りのマナドールに気付かれるのが大半で、大抵そうなって逃げ帰るのが日常だ。
二年間この方法を続けて、試行回数は七百近くに上り成功回数はわずか三十弱。頭のいい策とは言えない。
「でも、僕にはこれしかない」
言い聞かせるように呟くと、シエラから貰った片手剣を強く握りしめた。
目前に迫ったマナドールに注視し、決して目を逸らさない。
動きは単調だ。相手の武器は剣。狭いこの道でマナドールが取れる選択は多くない。
大丈夫だ、大丈夫。
「―――――!」
泥の人影は大きく口を開けるが声は出ていない。どこまで行っても人の模倣だ。高い知能は無い。
マナドールは上段に振り上げた剣を馬鹿正直に振り下ろす。フェイントもない。
事前に予想してた行動に口端を吊り上げると、半身になって剣を躱す。胸の一寸先を通り過ぎた剣は地面に叩きつけられ鈍重な音を立てた。
「――――ふっ!!」
息を思い切り吐き、何百回と訓練したその動きをなぞる。
時間が緩慢になる。
この一撃でこいつが死ななかったら、死ぬのは僕だ。
でも、緊張はない。
僕の唯一の取り柄が—————
「お、らァッ!!」
この一撃だから。
マナドールの首元に吸い込まれたシエラの片手剣は何の抵抗もなく、その身を切り裂いた。さらに勢い余った剣はダンジョンの壁にめり込むと、ドンッ!!と凄絶な音を立て壁の一部を削り取った。
ぱらぱらと落ちる石くれの音を聞きながら、マナドールの死骸に目を向ける。
その場には身体をどんどんと失っていくマナドールと、小石程度の青の魔石。それにマナドールの泥の一部が残っていた。
僕はそれらを拾うと、音に気付き始めたマナドール達の目を忍ぶように来た道を走り引き返す。
上がった息を抑えながら
「はあっ……はあっ……っ………」
その場にへたり込んだ。
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