ウルフォト

 この憧れの在処ありかはどこなのだろうか?

 そんな自問も、何度目かわからない。


 僕は捨て子だったらしい。

 孤児院の前に置かれた分厚いお包みに包まれた僕をシスターが拾ってくれた。

 アルドラの隅に日の目を忍ぶように建てられた孤児院は、決して裕福ではなかったが幸福だったと思う。

 アルドラで過ごす日々の中で、冒険者に憧れるのは時間の問題と言うか、孤児たちの既定路線なのだとシスターは言っていた。


 大通りで行われる凱旋。夜になっても酒場で馬鹿騒ぎ。ダンジョンでの死闘。財宝との出会い。運命とのめぐり逢い。美少女たちとの語らい。


 お伽噺の冒険者達をなぞるように、そんな夢を幼心に抱いていた。

 何より、孤児である僕が持つものと言えば自分の身一つだけだ。そんな僕にとって、冒険者に憧れるのは当然と言えた。元々孤児院にいた冒険者の先輩たちが話してくれる冒険譚とかも、影響したのかも。


 何はともあれ、そんなこんなで冒険者を目指していた。

 その頃には、ちゃんと仲間もいたんだ。



「ウルフ! お前がリーダーな! 俺は副リーダーやってやるよ!」



 聖騎士パラディンがそう豪語してたっけ。



「ウルフくん……守ってくれる?」



 悪霊師コンジュラーの問いに頷いたのを覚えてる。



「なら……ウ、ウルフは私が守ろう」



 剣豪ケンゴウは恥ずかしそうに、でも、胸を張ってた。


 


 ―――――もう、何年も前の話だ。




■    ■    ■    ■





「黒パン二つ、120Aアウルム



 僕はぶっきらぼうな店主に銅貨1枚と2枚の鉄貨を渡すと、そそくさとその場を去る。


 本日も大変な快晴で冒険日和。僕がいる大通りは、人の波と言っても差し支えないほどの盛況だ。

 すれ違うエルフに獣人の皆さん。日に焼けた女戦士やローブを引きずるように歩く老魔術師。

 威勢よく発破をかける武具店の店主に、自身を冒険者に売り込む薬師、などなど。

 この大都市はいつも通り、通常営業である。

 

 でも、賑やかすぎる大通りの様子と反比例するように僕の気分は沈んでいた。



「パーティー………また組めなかった……どうしよ」



 懐にしまった硬い黒パンを確認するように触りながら、喧騒にかき消されてしまう程の小さな声で呟いた。

 肩で風を切るように歩く冒険者達を避けるように歩き続け、裏路地に身を滑り込ませる。

 誰も通らない裏路地を通り抜けると、大通りの盛況に忘れ去られたような細い脇道に出る。高い建物が太陽の姿を隠したこの道は、真昼間だというのにやけに薄暗い。


 道なりにその道を進み、突き当りの寂れた家屋の戸を開いた。

 平屋建てのその家は、育ての親であるシスターの知り合いが前に住んでいた家らしく、使わなくなったものを譲ってくれたらしい。

 僕も、こんなに長い間お世話になるとは思ってなかったけど。


 木の床は足を踏むたび軋みを上げ、石壁はひび割れている。手入れをする余裕がないとはいえ、これはあんまりだと自分でも思う。



「ただいま」



 薄暗い部屋に呟く。石壁には声もあまり反響せず、寂しく消えた。

 返事をする者はいない。


 でも、無言で立ち上がる影が一つ。


 小さい身体に黒のワンピースを纏った、思わず目を剝くほどの美貌を持った幼女。

 裸足でとてとてとこちらに近寄る様子は、帰ってきた主人を迎える愛玩動物の様だ。

 頭からふくらはぎ辺りまで伸びる長い髪は紫紺。ボーっとして、いつもどこを見ているかわからない目は黒の虹彩。一転、肌は眩しいくらいの白磁だ。



「ネヴァン、パンいる?」


「……………」


「そっか」



 ふるふると無言で首を振ったネヴァンに頷くと、僕はその場に座り込んでパンを齧った。

 ………硬い。パンも床も壁も。全部硬い。


 不満げにパンを齧る僕の様子に、ネヴァンは首を傾げる。

 相変わらず、この子は喋らない。

 孤児時代に出会ってから、もう十年は経つ。



「ネヴァン………きみ……いや、なんでもない」



 こんな疑問も、もう懐かしい。


 十年前、孤児院近くの裏路地で体育座りをしながら虚ろな瞳で人込みを睨んでいた彼女を、同じ孤児だと思って僕が孤児院に連れ帰ったのが出会いの発端だった。

 孤児院に帰ってからシスターが名前を聞いた時、辛うじて書けた文字が『ネヴァン』。

 それからネヴァンと呼ばれ僕たちと兄弟同然に育った彼女は、あのころの姿のままだ。

 ご飯もあんまり食べないし、多分普通の人間じゃないんだろう。

 まあ、今になっては些末事。もう家族と変わらないし。


 僕たちが十五歳になって孤児院を離れる時、止めるシスターを気にも留めず、僕にくっつき離れなかった彼女は当然のように今も僕の傍にいる。



「……ごめんね」



 ネヴァンはまた不思議そうに首を傾げた。

 そんなネヴァンに癒されながら、僕は羽織っていた外套をネヴァンに巻きつけ、その場に横になる。

 パーティーの募集の件で昨日はよく眠れなかったから、少し眠い。

 起きたら、ダンジョンに行こう。


 今日こそ、死ぬかもなぁ。もう、無理なのかな。


 かつての憧憬は、あまりにも遠い。


 竜を一撃で屠る戦士にも、身を挺して仲間を守る騎士にも、もうなれないのはわかってる。


 でも、



「馬鹿なんだろうな……僕」



 諦められず、今日も夢を見る。

 かつて目指した、世界一カッコいい冒険者の夢を。


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