第一ダンジョン 石廊の洞窟

界門都市アルドラ

 そこは曰く、世界の中心。


 人、物、財に欲。

 すべてを内包するその都市の名は、界門都市かいもんとしアルドラ。

 

 その名の由来である、アルドラに設置された百を数える界門ゲートと呼ばれる魔力由来の不可思議な扉。その界門は、世界に散らばるように分布した特異点『ダンジョン』に通じている。


 出自不明の神の魔道具は、人々に膨大な可能性を与えた。

 ダンジョンから無数に採れる資源は様々な都市の発展に貢献し、ダンジョンに出現する魔物達の素材は主に武器や防具などに使用され、ダンジョンを攻略する冒険者たちを強化する。


 このようにダンジョンとは、凶悪な魔物の犇めく魔窟でありながらも、その裏では人類を繫栄に導く場所である。


 人類の繁栄。都市の発展。

 その大義名分の執行者が、冒険者。


 しかし、冒険者達の半数にはそんなものなど頭にない。


 地位、名誉、金、力。

 そんな俗物的な欲が彼らの原動力なのだ。

 

 そしてこの界門都市の冒険者達は、界門の管理をしている『ギルド』に押し寄せる。

 ギルドは、換金、情報の収集と交換、パーティーの募集など冒険者には必要不可欠な施設になっている。



「第二等級冒険者シム・ハーマン氏、ですね。お疲れ様でした、換金所へどうぞ」


「サンキュー、シエラちゃん!今日はかなり実入りがよかったんだがよ……どう?今夜………」


「職務外ですので。次の方」



 冒険を無事に終え、戦利品を持ち帰った男の誘いを袖にするのは、ギルド職員であるシエラ・フラン嬢だ。


 銀髪の髪を肩口で切り揃えた美貌、怜悧な釣り目は常時無表情な彼女の冷淡な雰囲気をより助長させている。だがその頭頂部にちょこんと乗った銀の猫耳が、そんな彼女の愛くるしさを演出していた。

 このギルドでもかなりの人気を誇る職員である彼女は、業務を淡々とこなしていく。

 

 冒険者情報の更新、魔物の出現情報の精査、冒険を終えた冒険者たちの相手や初心者冒険者への助言など、彼女の業務は枚挙に暇がない。


 そんな中、決して短くない彼女の前にできた列の最後尾に、一人の青年が並んだ。


 シエラは意図してか、無意識にか、その作業を終える手を速めていく。

 そして何人かの相手を終えると、その青年がシエラの前に立った。



「ウルフォトさん、おはようございます」


「おはよ、シエラ」



 柔和な笑みを浮かべる好青年と言っても差し支えない彼の装備は、お世辞にも整ったものとは言えない。

 ぼろぼろの外套にくすんだ胸当て、刃こぼれが目立つ片手剣は年季を窺わせる。


 冒険者として三年目になる彼は、うだつの上がらない万年初級冒険者ウルフォト。



「パーティーの募集の件なんだけど……」


「……現在、応募はありません。ウルフォトさんを受け入れてくれる方も探してみたのですが………」


「そっか。じゃあ仕方ない。まあ、六神ろくじんの加護がない冒険者とか足手纏いだろうしね」


「そ、それはウルフォトさんのせいでは……」


「いいんだよ。ありがとう」



 割り切ったように話を終えたウルフォトは、踵を返しギルドを後にする。



 その後ろ姿を見送ることしかできないシエラは一人嘆息を抑えた。

 そんなシエラの横に、休憩を終えた同僚が腰かける。



「シエラ、休憩いいよー」


「……はい」


「ん?」



 同僚の職員の女性はシエラの視線を追うと、ギルドから去るウルフォトの姿に気が付き、呆れたようにシエラに目を向けた。



「ああ、彼……もうはっきり言ってあげたら? あの『ステータス』じゃ、冒険者は無理だって」


「………休憩に行ってきます」



 答えずに休憩に行ったシエラを横目に、同僚はシエラの机の上にある書類を片付けるために手に取った。

 その書類の内容は、ウルフォトの冒険者としての経歴。


 冒険者になってから三年。ダンジョン攻略数0。魔物討伐数三十一体。


 正直、類を見ないほどの低成績。

 多分彼に冒険者は向いていないのだ。

 そしてその最たる理由が—————『ステータス』。



———————————――――――


ウルフォト lv 1 種族 人族ヒューマン


攻撃 112(F) 防御 15(G) 敏捷 11(G)


魔力 0


職業ジョブ

狂撃卿アグレスロード

 攻撃ステータスへの成長補正。攻撃ステータス以外への成長制限。

 魔物に対する初撃時、攻撃ステータスへの絶大補正。


【スキル】

『』


【魔法】

 ――――――


——————————————————



 ステータスとは、冒険者としての能力であり、評価はS~Gまでの八段階。横の数値を目安にこの評価は上がっていく。

 【職業ジョブ】とはその人間の適正からランダムに与えられる役割ロールで、冒険者は一般的にこれを指針に活動することになる。

 その中には、固有職ユニークジョブと呼ばれる、世界に一人しかいないものも存在している。

 そして【スキル】。これは冒険中の経験で稀に手に入れることのできる物で、冒険者にとってなくてはならない魔物への抵抗力。

 最後にlv、レベルだ。これは冒険者としての格を如実に表す。この数値が高ければ高いほど、強大な魔物に立ち向かうことも可能になる。


 これらの情報を加味した時、このステータスを見て抱く感想は人それぞれだろう。

 しかし皆が口をそろえて言うことは一つ。

 ―――あまりに、絶望的であるということだ。


 何より、そのステータスで一際異彩を放つ文字列へ目を落とす。


 『狂撃卿アグレスロード』。このステータスの元凶とも呼べる固有職ユニークジョブ



「ほんと……運が無いわね」



 ギルドの職員である彼女が思わずそう溢してしまう程に厄介な代物。

 効果は申し分なく強力だ。冒険者なら誰もが手に入れたい攻撃補正付きのジョブ。


 だが、それ以上のデメリットが付き纏っていた。



「攻撃ステータス以外への成長制限………いつ見ても致命的だわ」



 速い回避行動や逃走ができず、弱い魔物の一撃で瀕死になるお荷物。

 それが、彼を知る冒険者たちの見解であり総意だ。


 書類を棚に戻し、職員は一人呟く。



「……これで六神の加護さえあれば話は違ったんでしょうけどね」



 六神。

 それは、この界門都市アルドラを創り出した六柱の現人神を指す言葉。

 今もなおアルドラに聳える神城イリアスにて都市を見守る彼らは、冒険者達に加護を授けるのだ。


 戦神せんじんデュナティオは敵を屠る力を。

 盾神じゅんしんメーギスは身を守る術を。

 魔導神まどうしんエーテルは魔法を強化する技を。

 運命神うんめいしんフェートは幸運を引き寄せる祈りを。

 鍛冶神かじしんドノフは武具を鍛える熱を。

 稀才神きさいしんアリテイルは能力を育てる才を。


 大抵の場合、冒険者一人につきどれか一つ与えられるそれは、冒険者達の道行きを守る大切な神意だ。

 稀に、加護を二つ持つ『二神ダブル』や、三つ持つ『三神トリプル』などが現れることもある。そういう人間は今も第一線で活躍し続けている者が大半だ。



「最近では………『六神オール』なんて化け物もいるしね。でも……」



 職員である彼女は同情を禁じ得ない。

 何が原因かはわからないが、彼、ウルフォトは————その加護を与えられることが無かったのだ。

 史上でも類を見ない事態だったそう。


 【職業ジョブ】に恵まれず、加護も与えられず、仲間もいない。

 冒険者として、ほぼ詰みの状況だ。


 なのに、



「諦めないのよね……」



 もう三年目だ。

 彼は今年で十八歳。そろそろ他の手を考えるべきなのだろう。

 だが、彼も、その彼の担当を決して譲ろうとしないシエラも、諦める様子はない。


 

「まあ、なるようにしかならないわね」



 逆に彼女が諦めるように口にすると、新人らしき冒険者が彼女に向かって歩いてくるのが見えた。

 アルドラの外から来たのがわかるそわそわした様子に薄く笑みを浮かべると、彼女はいつも通り、こう告げる。



「――――ようこそ、界門都市アルドラへ! 武器の手入れは充分でしょうか? お仲間は足りていますか? ここには、すべてがあります! 名誉も、栄光も、賞賛も。その陰に潜む、さまざまな過酷も。ですが————それらを凌駕する冒険があります。さあ、本日はどうなされますか?」

 



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