ダンジョン世界をカッコ良く生き抜きたいから命を賭けて極振りする
Sty
プロローグ
一撃必殺
ダンジョン。
人と魔物。死と宝。絶望と浪漫。
数々の夢と過酷が入り交じる欲望の坩堝。
「はぁ………はぁ……っ!」
息を切らして走り回る只人の呼吸は、無機質な洞窟の石の壁に反響し、霧散する。
一人の足音に釣られるように後方から迫り来る無数の足音は、青年を行き止まりへと追い詰めていく。
「……っ………!」
青年を追い詰める人の形をしたその生物は、言葉を発さず、思考を持たない。下級も下級のこのダンジョンには、悪辣な思考を持つ凶悪な魔物など存在しないのだ。それにも関わらず、青年はなす術なく逃亡を余儀無くされている。
ダンジョンとは、一人の平凡な人間が生き延びられるほど、甘くはない。
青年は脇目も振らずに暗い石道を駆ける。舗装されていない道の石を蹴り飛ばしながら、誘うように開いた横道へとその身を投じた。
だが、その先は—————
「……っ、行き止まり………!」
青年の決死行の終着点だ。
「――――――――」
魔物たちは歓喜の声も、勝利の咆哮もあげない。
ただ淡々と、ダンジョンが送る指令とその魔力由来の破壊本能のみを頼りに侵入者を排除するため、その茫然とした背中に凶刃をあてがおうと青年に迫る。
万事休す。
冒険者を生業とするものなら誰もが覚悟し、そして他人事だと目を逸らすダンジョンでの死。
その最悪の
魔物たちはダンジョンの記憶から予測する。
失意に膝を折る者、泣きだす者、気が狂い叫び散らす者、自爆覚悟で魔物の群れに突貫する者。不可避の現実へのさまざまな抵抗を無為に行うのだ。
そしてきっと、この青年もその例に漏れない。
今回はどのような凶行が見れるのだろうかと、魔物たちは振り返った青年の顔からそれを読み取ろうとし—————
「――――――猪共。前に進むしか能がないんだね」
青年が湛えている笑みにその足を止めた。
その瞬間。
「アーデルッ!!」
「おうよ!―――う、おおおおおおッ!」
魔物たちがその狭い横道に成した列の殿から順番に串刺しにされていく。狭い横道には逃げ場もなく、魔物たちが持つ冒険者の遺品であろう武器を振り回す自由度もない。
つまり、魔物たちは詰んだのだ。
突き出され迫りくる鋼の槍は魔物の群れを積み重ね、そのすべてが貫かれた時。
「今日も大成功だな!ラウ!」
「はいはい、ありがとうアーデル。―――じゃあ、仕上げだね」
魔物たちは、ラウという愛称で呼ばれた、先程まで自分たちの獲物であったはずの青年が投げた魔石の小爆発により消え去った。
■ ■ ■ ■
魔物は、血にまみれた棍棒を何度もその場に振り下ろす。
ぐちゃぐちゃと血と臓物の混じる粘着音を辺りに響かせながら、何度も、何度も。
「ラ、ラウッ…………!」
アーデルは、一足先に肉塊へと変貌した幼馴染みに無意味に手を伸ばした。
自分も足を潰され、その場から動くことは出来ない。だが何よりも、死してなお尊厳を踏みにじられている相棒ラウールカの醜態に我慢ならなかったのだ。
だが、
「グゥゥゥ゛ウウ゛………ブゴォッ!!」
伸ばした手は無慈悲に潰され、
「――――ッ!?」
痛みを叫ぶ悲鳴を聞く前に、アーデルの頭部は棍棒によって吹き飛ばされた。
鼻息荒く肩を揺らす
その顔は、この狭い部屋にわざわざ自分達から好き好んで入り込んだ考え無しの冒険者達を嘲笑うかのようだ。
本来、魔物が越えられないはずのダンジョンの境界を越えてくる冒険者達にとっての異常事態。
高い知能を持つ魔物がいないこの下級ダンジョンにおいて、
ダンジョンとは、弱肉強食。
冒険者とは、死と隣り合わせの夢を見る
そして、
「―――いた、
ここに、極めつけの
常軌を逸した独り言と共に洞窟の石の廊下をかつかつと歩き、特異種へと歩みを進めていく。
「
暢気な口調。僅かばかり遅れた到着を悔いる言葉を口にしながら、その実、特に気にした様子はない。
だが、それも仕方ないだろう。
彼の移動速度は、徒歩が限界。
走ろうとしても速く走れず、ならば歩く方が体力の温存になる。
そんな都合から今も凶悪な魔物に対して、悠然と徒歩で間合いを詰めている。
そんな悠長な隙を、特異種が見逃すはずがない。
「ブッ!!ゴオオオオオオオッ!!!」
一気に駆け出したオークは地を揺らし、その巨体に力を溜める。
思い切り振りかぶった棍棒は冒険者達の血を撒き散らしながら、新たな獲物に向かって振り下ろされた。
オークは目の前の青年が無様に吹き飛ぶ姿を幻視しし口角をひきつらせる。
瞬間。
ガラスを割るような手応えと共に、オークの棍棒は跳ね上げられた。
オークは瞠目し、青年を睨み付ける。が、青年に目立った動きはない。
ただ、何もない空間が破裂したようにオークの凶器を防いだのだ。
それは、冒険者達が魔物に対して持ち得る最大の武器、『スキル』の所業だ。
そして、青年は動き始めた。
「――――『 』―――『 』―――『 』―――」
オークに聞こえない声量で呟かれるそれは、下準備に他ならない。
数々のスキルの発動。魔物への死刑宣告だ。
体勢を崩しながら、オークはその光景を見ることしか出来ない。
狼の頭部を模した狂戦士の
指にはめられた数々の指輪などの
彼の腰に携えられた、三本の武具。
そして一歩、青年が脚を動かす。
青年は、その一歩で魔物との距離を失くした。
限定的に過ぎる移動スキルは、彼を不可視の速度まで押し上げる。
彼が選んだ得物は、長剣だ。
それを引き抜くと、長剣が紫の稲妻を纏う。バチバチと音を鳴らす電光は、それ以上の役割を持たない。
青年曰く―――カッコいいから。
だが、下らなく思えるそれは、青年にとっての生き甲斐だ。
彼は最後に、
「『
一息に剣を薙いだ。
■ ■ ■ ■
「うーん、魔石は換金……棍棒は使えないから捨てとく……皮は、丈夫そうだから卸しとくか。……で、問題は………はぁ、
上半身と下半身が別れたオークの死骸を値踏みするように漁りながら、青年は一人ごちる。
幾ばくかの後、立ち上がった彼の顔には興味や関心はもうない。
オークに潰されたであろう二人の冒険者のタグを回収すると、やはり緩慢にその場を後にする。
その時、先程の一撃の余波だろうか。天井から欠けた小さな石欠片が青年の頭にこつん、と当たった。
あまり高くない天井から落下した石片など冒険者にとっては痛くも痒くもない。
すると、変わらず冒険者である青年は、
「―――――ごはっ!?」
その場に倒れ伏した。
ばたんっと石床に身体を打ち付け、びくびくと尋常ではない痙攣を披露しながら青年の意識は暗転していく。
その際、
「―――このバカウルフーーッ!!!お前は何度言ったらわかるんだ!!一人で行くなとあれほど―――」
頼れるパーティーメンバーの声を聞き、最後の力で右手を上げた。
「――――一撃必殺って……超、カッコいいよな……」
「そのまま死ねっ!!!」
きっと、悪態を吐きながら自分を連れ帰ってくれる少女の声を最後に、青年は意識を手放した。
これは、攻撃力以外の全てを捨てた青年の、
そしてその始まりは、数カ月前に遡る。
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