9.ミガガザゾーム
数日後の朝。
ベッドから起きた悠斗は身支度をしていた。
すると、トントン、と扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
返事をすると、ゲルヌが慌てた様子で入ってきた。
「朝霧様!」
その慌てようにただ事では無いと感じた悠斗は背筋を伸ばした。
「国王陛下が至急、集まって欲しいとのことです」
「わかりました」
直ぐに身支度を終えると、ゲルヌに付いて会議室へと向かう。
そこには既にアネマスの他、ガイムやエンペリ、グイルソンとアメノウズメのメンバーが集まっていた。
「何事ですか?」
前にもこんな事があったな、と思いながら悠斗は席に着いた。
「これを見てください」
ガイムが指さした魔水晶に目を凝らす。
すると、そこには、真っ赤な身体に翼を持った大きなトカゲのような魔物が映っていた。
(ドラゴン!?)
悠斗は目を見開いた。
「ミガガザゾームです」
しかし、ガイムは別の名を口にする。
(この世界の呼び方か)
悠斗も慣れたもので、直ぐに理解する。
『王国の巨神よ!』
と、魔水晶から声が聞こえてきた。
『私の名前は、ナルーガ魔導帝国魔導大隊長マガゲス・ゴルファビクです』
よく見ると、ミガガザゾームの足下に小さく人の影があった。
『我が軍は、日がてっぺんに来る時に、ミガガザゾームでギズミへ侵攻を開始します』
足下のマガゲスは、声を大にして宣言した。
『もし、阻止したいのなら、今すぐギズミへと来られたい』
「これは……?」
悠斗は戸惑いながら聞いた。
「早朝に、偵察に出ていた我が軍の兵が発見したものだ」
それにはグイルソンが答えた。
「それを従軍魔導師が送ってきているんです」
その説明をガイムが補足する。
『王国の巨神よ!』
再びマガゲスは呼びかけた。
「さっきから、ずっとこの言葉を繰り返してるんだ」
とエンペリが少しウンザリそうに言った。
「見え透いた挑発行為ですね」
ガイムが顔を顰める。
「だが、ギズミが危機である事に間違いは無い」
おもむろにアネマスが、口を開いた。
「直ぐに出撃してもらえぬか?」
そして、悠斗に聞いた。
「お待ちください、国王陛下」
しかし、それをグイルソンが止めた。
「相手はミガガザゾームです」
グイルソンは、真剣な目で王を見た。
「体長も巨神の倍ありますし、鱗も強固です」
アネマスも騎士団長の進言をやはり真剣な面持ちで聞いている。
「いくら巨神でも今までのようにはいきません」
「ふむっ……」
アネマスは考え込んだ。
会議室が嫌な沈黙に包まれる。
「でも、なにか策を練るには時間がありません」
それを打破したのは悠斗だった。
「ここは巨神の力を信じるしか無いでしょう」
「やってくれるか?」
「はい」
アネマスの問いに、悠斗は力強く頷いた。
「では、早急に準備を」
アネマスの言葉で全員が立ち上がった。
「悠斗君」
会議室を出たところで、悠斗は夕梨花に声を掛けられた。
「本当に大丈夫なの?」
夕梨花は心配そうな顔をする。
見ると、他のメンバーも同様だった。
「大丈夫です」
それを払拭するように、悠斗は笑顔を作った。
「俺には、アメノウズメの歌がついてますから」
「ごめんね」
すると、夕梨花は済まなそうな顔をする。
「あたしたちの歌がもっと凄ければ、巨神に沢山武器を持たせられたのに」
落ち込む夕梨花に悠斗は慌てた。
「それは、アメノウズメのせいじゃありませんよ」
それから確信を持って言う。
「アメノウズメは今でも充分、凄いです」
「うん……ありがとう」
夕梨花はまだ納得してないようだったが、それでも静かに微笑んだ。
準備があるから、とアメノウズメとはそこで分かれた。
既に着替えも済ませていた悠斗は、直ぐに馬車に乗り込む。
しばらくして、アメノウズメのメンバーが、馬車に乗り込んできた。
「えっ?」
その姿を見た悠斗は目を見張った。
全員、召喚時に着ていたステージ衣装を身につけていたからだ。
「せめて、最高のステージパフォーマンスを見せようと思ってね」
夕梨花が照れ笑いする。
「ステージ衣装着ると、テンションあがるよね」
と木乃実が言えば、希美も、
「今にも踊り出したくなっちゃう」
腕と身体を左右に揺らす。
「せっかくステージに立つんですから、衣装もちゃんとしたほうがいいですよね」
聡子の言葉に、葵が無言で頷いた。
(みんな……)
それは、戦闘には直接関係ないかも知れない。
でも、そうやって応援してくれてると思うと、悠斗は心強かった。
馬車が城を出てムーサへ急ぐ。
すると、ムーサの周りには大勢の人達が集まっていた。
巨神がミガガザゾームと戦うことが噂になって町に流れていたのだ。
衛兵が押し寄せる人の波を押さえて、ムーサまでの道を確保する。
馬車で付けたアメノウズメのメンバーと悠斗はその道を走ってムーサへと向かう。
「がんばれ!」
「帝国になんて負けるな!」
「歌姫様、がんばって!」
途中、人々の激励の声が飛ぶ。
それに勇気づけられて、アメノウズメのメンバーと悠斗はムーサに入った。
ステージに上がると、既に楽団は準備万端だった。
悠斗は昇降機に乗って、巨神のコクピットに急ぐ。
その間に、夕梨花は指揮者と曲目について簡単な打ち合わせをした。
「起動」
『了解』
巨神のコクピットに灯が入る。
「エナジーゲージ」
フロートウインドウが開き、エナジー残が表示される。
ステージを見下ろすと、アメノウズメは木乃実がセンターのフォーメーションを組んでいた。
<宿命>のイントロが始まる。
「♪~今はまだなにも見えないけど」
木乃実の歌声がムーサに響く。
「♪~叶うと信じて前を向いて走ろう」
それに、夕梨花に葵、聡子と希美のハーモニーが加わる。
「♪~いつも感じていたなにがが違うって」
「エナジーの溜まりが今まで一番いい……?」
フロートウインドウを見ていた悠斗が、訝しがった。
「♪~退屈な日常を壊せるものがあるはずだと」
「衣装を着てるから……?」
まさかね、と思いながらも悠斗は確信していた。
これが、アメノウズメの力だと。
「♪~手にした力が描く未来は 希望? それとも絶望?」
エナジーが溜まり、出撃可能な状態になった。
「出撃準備」
『了解』
「♪~もしも君と一緒に歩んでいけるなら」
ムーサの天井が割れ、昇降機が収納される。
「♪~僕は信じている」
それを確認してから、悠斗は命じた。
「出撃」
『了解』
「♪~例え闇に包まれても」
アメノウズメの歌を背に、巨神はムーサを飛び立った。
『♪~希望の光がその先にあることを』
ギズミまでの道のりはもうほとんど覚えていたが、それでも悠斗はフロートウインドウに地図を表示させた。
『♪~だから進もう』
別のフロートウインドウには、ムーサの中も映している。
『♪~この宿命に終止符を打とう』
しばらく飛行して、もうお馴染みになったギズミの城壁が見えてきた。
町をフライパスする。
すると、巨神を見上げた人達が、声援を送っていた。
巨神とミガガザゾームと戦うことは、ギズミでも噂になっていたのだ。
「よし!」
その声を頼もしく思った悠斗は、気合いを入れた。
「敵は?」
悠斗は首を回して、索敵を開始した。
『前方に、敵を発見』
悠斗とレイが敵を見つけたのは、ほぼ同時だった。
「ドラゴン……いや、ミガガザゾーム!」
フロートウインドウに拡大された巨体を悠斗は睨んだ。
『警告』
と、ミガガザゾームの口が赤く輝いた。
『高熱源体接近』
光はそのまま炎となって長く伸び、巨神めがけて飛んできた。
「わぁー!」
悠斗は慌てて回避した。
しかし、スラスターが炎を掠める。
『報告』
レイが機械的な口調で述べた。
『左スラスター、小破』
「損傷場所を写せるか?」
『可能です』
フロートウインドウが開いて、損傷したスラスターが映し出される。
「掠っただけで、このダメージかよ……」
それを見た悠斗は感嘆した。
『警告』
悠斗は素早く回避運動に入った。
『高熱源体接近』
巨神はミガガザゾームの口から長く伸びる炎を避ける。
「ふふふ……慌ててますね」
その光景をミガガザゾームの足下で見ていたマガゲスは、笑みを零した。
そして、命じる。
「さあ、ミガガザゾームよ、巨神を亡きものとしなさい!」
そこの声にミガガザゾームは翼を開いて、宙に舞った。
「飛んだ!?」
わかっていた事だが、それでも悠斗は驚嘆せずにはいられなかった。
「フォトン・マシンガンは使えるか?」
炎を吐きながら接近してくるミガガザゾームをかわしながら、悠斗は聞いた。
『使用不可』
レイはいつもの口調で答えた。
『射程外です』
「どっちにしろ、接近しないと駄目か」
またもや炎を回避しながら、悠斗は思案した。
「フォトン・マシンガンの射程に入ったら、一斉射撃」
それからレイに命じる。
『了解』
レイがミガガザゾームをロックオンした。
巨神とミガガザゾームとの距離がドンドン縮まっていく。
その間もミガガザゾームは炎を吐き、巨神はそれを回避し続けた。
そして、射程内に入った。
巨神の両腕から、フォトン・マシンガンが一斉掃射される。
フォトン弾は全弾命中した。
しかし、
「利いてない!?」
全てミガガザゾームの固い鱗を焦がしただけで、ダメージを与えられなかった。
「やっぱり、対人用じゃ駄目か……」
しかし、これは前回戦闘の結果から予想はしていたので、ショックは無かった。
「光の矢も、ミガガザゾームの身体は貫けないようですね」
マガゲスは、薄ら笑いを浮かべた。
「となると……」
接近戦に持ち込むしかない、と悠斗は思った。
剣を抜いた巨神は空中でミガガザゾームに斬りかかった。
だが、ミガガザゾームの鱗は剣をも跳ね返した。
「だよなぁ」
そもそもフォトン弾が通じないのだ。
鋼の剣が通るわけがない。
「どうする?」
悠斗は再び思案した。
戦闘の様子は、巨神の
ガイムやエンペリ、グイルソンに加えて、今日はアネマスもアリサと共に来ていた。
「巨神の力でも駄目なのか……」
フロートウインドウに映る戦闘の様子にアネマスは絶句した。
戦況は明らかに巨神が不利だった。
(悠斗君……)
歌い、踊りながらも夕梨花は、戦闘の様子をチラチラと気にしていた。
巨神はミガガザゾームの炎を避けつつ、ヒット&アウェイで切り込んでいた。
しかし、剣は弾かれ、ダメージが与えられない。
(このままだと……)
そうしてる間に、巨神が脚部に炎を浴びた。
「あっ!」
と、それを見ていたアメノウズメを除く全員が声を上げる。
夕梨花は辛うじて声を上げずに歌を続けられたが、内心、穏やかでは無かった。
(
そう考えた時、今度は巨神の剣がミガガザゾームの鱗に弾かれた瞬間、折れた。
「あっ!」
またもやムーサに悲鳴に近い声が上がる。
今度はアメノウズメのメンバーも、歌を止めて声を上げてしまった。
それで夕梨花は、決意した。
「ちょっと抜けるから、歌ってて」
他のメンバーに言い放ってステージを降りると、アネマスの元へと向かった。
その行動に首を傾げながらも、葵と聡子、希美に木乃実は歌を再開した。
「いよいよ、詰んだかな」
折れた剣を見ながら悠斗は呟いた。
機体の損傷は最悪、修復できる。
だが、攻撃手段が無い。
「目を狙うか?」
鱗が無いので恐らく有効だろう。
けれども、動きを止めるぐらいの効果しか望めない。
「口の中に手を突っ込んでフォトン・マシンガンをぶち込む?」
だが、それも腕が噛みきられないという保証は無い。
「でも、やるしかないか」
捨て身の戦法だが、もうそれぐらいしか対抗手段が思いつかなかった。
悠斗が決意を固めたその時、
『みんな! あたし達を応援して!』
歌に交じって夕梨花の声が聞こえた。
わーっ、と歓声が起こる。
その途端、エナジーゲージが急激に上昇を始めた。
「なにが起こったんだ!?」
悠斗はムーサの様子を映すフロートウインドウを見た。
そこには、人で一杯の客席が映し出されていた。
『エナジーの具合はどう?』
夕梨花の問いに、悠斗は困惑しながら答えた。
「急激に上がってますけど……」
『やっぱりね』
「これは一体……」
『最初から疑問だったのよ』
それでもまだ半信半疑な悠斗に、夕梨花は説明した。
『なんで、ゲージの名前がテンションなのか、って』
それを聞いて悠斗もあっ、と思った。
以前、感じていた違和感の正体は、それだったのだ。
『このエナジーは歌の力なんかじゃない』
夕梨花は続けた。
『あたし達のテンションをエナジーに換えてるんだわ』
嬉しそうに笑みを浮かべているのが、声からでもわかった。
『だから、アメノウズメが最高にハイになるようなればエナジーもあがるはずだと思ったの』
フロートウインドウに小さく映る夕梨花は、観客席を見ていた。
『それは、満員のお客様の前で歌う事よ!』
エナジーゲージは今や緑も飛び越え、銅色に変わった。
「当たりだよ、ユリさん!」
悠斗は歓喜した。
そこで、曲が変わった。
『♪~出会ったときから決めてた』
希美がセンターの曲、アメノウズメの中でも一番ダンスフルなナンバー、<Jumpin!>だ。
『♪~君だけって決めていた』
それを聞きながら、悠斗はレイに聞いた。
「今、一番短時間で作れる武器は?」
『
「作成時間は?」
『約一分です』
「作成してくれ」
『了解』
フォトン・ソードの威力がどれぐらいかはわからないが、これで攻撃手段が出来た。
『♪~心の底から燃え上がる』
希美を中心にした、アメノウズメのハーモニーがコクピット内に響く。
『♪~情熱の炎は制御不能』
悠斗は、剣をしまうと鞘のベルトを外して捨てた。
開かれたフロートウインドウによれば、フォトン・ソードは左腰に作られるからだ。
その図通り、巨神の左腰の武器携帯ラックが輝き始める。
「なんですか?」
それを見たマガゲスは警戒した。
巨神の動きもさっきまでの攻撃を探るような素振りが消えて、回避重視になっている。
『♪~これが恋かなんてわからないけど』
悠斗はフロートに表示された残り時間を気にしながら、回避行動をとり続けた。
『♪~そんなことは どっちだっていい』
『残り時間三十秒』
レイが告げる。
『♪~Hiになる心の奥から叫んでる』
『残り二十秒』
ミガガザゾームの炎が襲ってくるが、悠斗はそれを寸前でかわす。
『♪~君のことが大好きって』
『残り十秒』
口を開いてから攻撃するまでに間がある事に気付いたので、さっきまでよりも攻撃は回避しやすくなっていた。
『♪~Jumpin! 飛び込みたいの』
『九、八、七、六』
レイがカウントダウンを開始する。
『♪~君のその胸の中めがけて』
『五、四、三、二、一』
『♪~覚悟してよね』
『完了』
それを聞いた悠斗は叫んだ。
「フォトン・ソード!」
巨神は左腰のマウントラックに完成した握りを抜いた。
そこから光の剣が伸びる。
「あの武器は!?」
それを見たマガゲスは、驚きの声を上げた。
「いけーっ!」
悠斗の咆吼共にフォトン・ソードが、ミガガザゾームの翼の付け根に振るわれる。
フォトン・ソードはミガガザゾームの鱗を焼き、そのまま右の翼を切り落とす。
「ぐはっ!」
反動で、マガゲスは口から血を吐いた。
片翼を失ったミガガザゾームは、飛行困難になり地面へと落下する。
マガゲスは、直ぐにミガガザゾームを立ち上がらせると、空中の巨神に炎を浴びせかけた。
荒ぶるミガガザゾームの攻撃を右に左にかわしながら、巨神は再接近する。
そして、背中にフォトン・ソードを突き刺した。
「ウギャァーッ」
ミガガザゾームが苦痛で雄叫びを上げる。
そのまま巨神は、尾の方へと飛び、背中を切り裂く。
「うぐっ!」
ダメージでマガゲスは、目から血の涙を流した。
剣を抜いて反転した巨神は、苦痛で悶えるミガガザゾームの首に狙いを定めた。
「これで、終わりだーっ!」
悠斗はフォトン・ソードで、ミガガザゾームの首を切り落とした。
「ぐわっ!」
ミガガザゾームを使役していた魔法陣が砕け、血染めの瞳を見開いたマガゲスは全身の毛穴から血を吹き出し、その場に倒れた。
「隊長!」
ゴゾスグが血相を変えて、慌てて駆け寄る。
「衛生兵!」
回復魔導兵も後から駆け寄るが、回復魔法は掛けなかった。
掛ける必要が無かったのだ。
「隊長!!」
マガゲスの亡骸を抱いたゴゾスグは、目から涙を流して天を仰いだ。
「やったの……か?」
悠斗は今の光景が信じられずに、自問した。
「巨神が見事、ミガガザゾームを倒したぞ!」
と、歌に交じってアネマスの喜びの声が聞こえる。
おーっ! とムーサが歓声で沸いた。
「勝ったんだな」
その様子をフロートウインドウ越しに見て、悠斗は勝利を実感した。
戦闘の様子は、魔導兵を通じて、ナルーガ城の王座の間にも中継されていた。
「馬鹿な……」
巨大な魔水晶に映し出された光景に、ガルーナは驚嘆の声を上げた。
「ミガガザゾームがやぶれた……だと?」
「最強種でも勝てないというのか……」
ジオグライスも絶句していた。
「後半、動きが変わったよね」
それに対して、ヤガノギは冷静に戦況を分析する。
「なぜ、光の剣を最初から使わなかったの、疑問は残るが……」
同じく取り乱す素振りを見せていないアイスホムが、顎に手を当てて考え込む。
「なににせよ」
そこで、王座に座るカザネが口を開いた。
「王国侵攻計画は、一度見直さざるを得ないな」
その言葉に、ガルーナとジオグライス、ヤガノギにアイスホムは同意した。
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