6.先制

 フロートウインドウに地図を表示させた悠斗は、ギズミへと急いだ。

『♪~例え闇に包まれても』

 アメノウズメに歌声をBGMに、飛行を続ける。

『♪~希望の光がその先にあることを』

 しばらくすると、遠くにギズミが見えてきた。

『♪~だから進もう』

 そのまま、城塞都市をフライパスする。

『♪~この宿命に終止符を打とう』

 ミガヒストンに壊された城門はすっかり元通りになっていた。

「こんな短期間に?」

 一瞬、悠斗は訝しがったが、直ぐに魔法で工事したのかと思いつく。

「魔物の群れはどこだ?」

 悠斗は首を左右に振った。

『敵を捕捉』

 すると、レイが報告する。

 右手にフロートウインドウが開き、遠くの魔物の群れが拡大表示された。

「よし!」

 気合いを入れた悠斗は、巨神を右旋回させた。


「巨神が現れました!」

 テントに飛び込んできた魔導兵の報告に、マガゲス・ゴルファビクは頷いた。

 濃紺の髪を綺麗にセットして、ほっそりとした輪郭に眼鏡を掛けた知的そうな青年だ。

 ナルーガ帝国魔導軍魔導大隊隊長で、ギズミ攻略の指揮を執っている。

「前回は不覚を取りましたが、今回こそは」

 その言葉通り、前回のギズミ攻略戦でもマガゲスは指揮を執っていた。

 だが、突如現れた巨神になすすべも無く敗れたのだ。

「総員に戦闘配置を!」

「はっ!」

 マガゲスの命で、魔導兵はテントを出て行った。

「私もミガヒストで出ます」

 それから、隣に立つ副官のゴゾスグ・ギギャオムを見る。

 年の頃なら四十歳ぐらいで、薄紅色の髪を角刈りにした髭面にガッチリとしたがたいをした男性だ。

「あとの指揮をお願いします」

「わかりました」

 自分よりも明らかに年下のマガゲスに対してもゴゾスグは、軍人らしく忠実に従った。

 マガゲスがテントを出ると、陣営の前には魔導兵がずらりと並んでいた。

 それぞれが呪文を詠唱すると、目の前に血のように赤い魔法陣が展開される。

 同時にグワッシャが赤い目を光らせて目覚める。

 魔導兵は全部で五十人強。

 それに対してグワッシャの数は、数百体に登る。

 一人の魔導兵で十数体のグワッシャを使役しているのだ。

 マガゲスもその横に並び、呪文を詠唱する。

 魔法陣が展開されて、ミガヒストが赤く染まった一目を開いた。

 そこへ巨神が着地した。

 グワッシャの群れが一斉に襲いかかる。

 槍で突いたり、投げたりして攻撃をする。

「損傷は!?」

 悠斗の問いに、レイは無機質に答えた。

『ありません』

 わかっていた事だが、それでも悠斗はホッと胸を撫で下ろした。

 それから、剣を抜いて攻撃するように思考する。

 巨神は鞘から剣を抜くと、グワッシャの群れを薙ぎ払った。

 緑色の血を散らしながら、グワッシャが吹っ飛ぶ。

「げふっ……!」

 それと同時に魔導兵の何人かの魔法陣が、血を吐きながら倒れる。

 使役している魔物が絶命すると、使役していた魔導兵にも反動が来るのだ。

 巨神はさらに剣を振って、グワッシャの群れを切り刻む。

 そのたびに、魔導兵が次々に倒れていった。

「いけませんね」

 そんな光景にマガゲスは、眉を跳ね上げた。

「グワッシャを後退させてください」

 それから命令する。

「あとはミガヒストでやります」

 命に従って、グワッシャが下がる。

「逃げた?」

 眉をひそめた悠斗だったが、それは前回、ジャマインが敗走したのとは違い、列を整えていた。

 目も赤いままだ。

 代わりにミガヒストが前に出てきた。

「三体一か……」

 悠斗は思案した。

 ミガヒストも巨大な剣を持っている。

 あれが当たった時のダメージが読めない。

 本当はフォトン・マシンガンを使いたいところだが、三体だとエナジー切れを起こす前に倒せるかわからない。

 なので、悠斗は巨神に剣を構えさせた。

 ミガヒストの一体が、斬りかかってくる。

 カキン っと、金属と金属が当たる音がして、巨神は剣で受ける。

 そこを突いて、もう一体のミガヒストが巨神の横腹めがけて剣を打ち込んだ。

「ヤバッ……!」

 受けた剣を押し戻そうとするが、間に合わない。

 カキン、っと、再び金属音がして剣が巨神の横腹に当たる。

 だが、巨神の装甲は剣に切られる事無くはじき返す。

「ダメージは!?」

『ありません』

 レイの答えに悠斗は安心した。

「これなら……!」

 積極的に斬りかかれる。

 悠斗は、目の前のミガヒストに剣を振りかざした。

 三度、カキン、という音共に剣と剣が交差する。

 直ぐにそれを振り払った悠斗は、中段からミガヒストの胴へと切り込む。

「グワッ!」

 剣はミガヒストの横腹を切り裂き、胴から真っ二つにした。

「凄い切れ味だ!」

 悠斗は感嘆した。

 ズゼネガの言葉は本当だったのだ。

「連携しましょう」

 それを見たマガゲスは、もう一人のミガヒストを操る魔導兵に命じた。

 剣を構えた巨神と二体のミガヒストが対峙する。

 悠斗は、構わず斬りかかった。

 それをミガヒストが剣で受け流す。

 そのタイミングで、マガゲスの操るミガヒストが、巨神の首を狙って剣を振るった。

 首ならば、装甲は薄いと踏んだからだ。

「なに!?」

 しかし、剣は巨神の首に刺さる事無く、表面で押しとどまる。

「これでも駄目ですか」

 剣を引いて距離を取る。

 その間に巨神はもう一体のミガヒストの胸に剣を突き刺した。

「ぐふっ!」

 ミガヒストを操る魔導兵の魔法陣が砕け散り、血を吐いて倒れる。

「いけませんね……」

 魔導衛生兵が直ぐに倒れた魔導兵へと駆け寄り、回復魔法を掛ける。

「全軍に撤退指示を」

 マガゲスは、後ろに控えていたゴゾスグに命令した。

「ハッ!」

 それを受けて、ゴゾスグが駆け出す。

「あと一体」

 悠斗は、最後のミガヒストと剣を構えていた。

 だが、切り込む事をためらっていた。

「他の二体とは雰囲気が違う」

 感覚的にである事を感じ取っていたのだ。

「どうする?」

 このまま対峙し続けるわけにも行かない。

「ええぃ! まぁまぁよ!」

 悠斗は腹を狙って巨神に剣を切りかかせた。

 それをミガヒストは、剣で受け流す。

 続けて、首、胸を狙って剣を打ち込む。

 だが、それもミガヒストの剣に寄って防がれる。

「ちっ!」

 悠斗は舌打ちをした。

「やっぱり、他の二体とは違う」

 手慣れた剣捌きに、焦りが募る。

「……ん?」

 そこで悠斗は魔物があと一体だという事に気が付いた。

「ならば!」

 バックステップでミガヒストとの距離を取った悠斗はレイに命じた。

「フォトン・マシンガン!」

『了解』

 巨神の腕が上がり、光の弾が発射される。

 とっさに剣を盾にして避けようとするミガヒストだったが、身体全体は隠せない。

 フォトン弾を顔、腕、横腹、足に受けたミガヒストは、緑色の血を吹き出しながらその場に倒れた。

「げふっ!」

 展開していた魔法陣が四散し、マガゲスは片足を突いた。

「衛生兵!」

 それを見た魔導兵が声を上げる。

「私は大丈夫です」

 しかし、マガゲスはそれを止めた。

「それよりも、早く撤退を」

 なんとか立ち上がった指揮官の名に従って、魔導兵は駆け出した。

 退却する魔導兵を、巨神はロックオンしていた。

 しかし、悠斗は攻撃をするのを躊躇った。

 魔物を討つのと人間を討つのとでは、やはり心理的に違う。

 チラッとムーサの様子を映すフロートウインドウを見ると、喜ぶアリサや宮廷技師、それにアメノウズメのメンバーが映っていた。

「今日はここまででいいか」

 結局、悠斗は魔導大隊の撤退を見逃した。


「これが巨神か……」

 ナルーガ魔導帝国の帝都にあるナルーガ城の王座の間で、巨大な魔水晶に映る巨神を見ながら呟いた。

「まさか、これほどの力とは……」

 戦闘の一部始終を見ていたジオグライスが、驚嘆する。

 同じように魔水晶からのを見ていたガルーナとヤガノギ、それにアイスホムも絶句していた。

「興味深いな」

 だが、カザネだけは口元に笑みを浮かべていた。

「ゴズミガヒストンの一種か?」

 そして、独りごちる。

「それにしては魔力が感じられない」

「あの光の矢も魔法的な物とは思えません」

 アイスホムが、同じ魔法研究者としての見解を述べる。

「なぜ、最初からあの光の矢を使わなかったかも気になる」

 カザネの言葉に、四方面総司令は頷いた。

「次は、ギナゾガザゾームとミガグワッシャを試してみるか」

 カザネはガルーナを見た。

「配備は出来るか?」

「そのクラスの魔物になると使役できる魔導兵も限られてきますので、すぐには……」

「構わぬ」

 言葉を濁したガルーナに、カザネは命じた。

「準備が出来次第、ギズミに再侵攻しろ」

「ハッ!」

 跪いたガルーナは、目を閉じて頭を下げた。


 ムーサに戻った巨神から悠斗が降りると、アメノウズメのメンバーとアリサが駆け寄ってきた。

「凄いですわ!」

「巨神の力です」

 褒め称えるアリサに、悠斗は謙遜した。

「それに、歌姫様の歌と踊りも素晴らしかったですわ」

「ありがとうございます」

 すっかりご満悦のアリサに、アメノウズメのメンバーは頭を下げた。

「わたくしも、あんな風に歌って踊ってみたいものですわ」

 今のステージパフォーマンスを思い出し、アリサはうっとりとした。

(どこの世界でも、女の子はみんなアイドルに憧れるんだなぁ)

 悠斗は心の中で冷や汗笑いをした。

「剣の切れ味はどうだった?」

 と、いつの間にかムーサに来ていたエンペリが聞いてくる。

「凄い切れ味でした」

 その時の事を思い出し、悠斗は興奮気味に答えた。

「ミナギャインが一刀両断でした」

「そいつはよかった」

 悠斗の様子に、エンペリも満足そうに笑った。

 それから鞘に収まった巨神の剣を見ながら言った。

「刃こぼれは無かったか?」

 悠斗はあっ、となった。

「まだ、確かめてません」

「なら、明日親父に来てもらって、確認しよう」

「はい」

 エンペリの言葉に悠斗は頷いた。


 翌日、悠斗は剣の整備の為、悠斗はムーサへと向かった。

 アメノウズメからは聡子が同行していた。

 今日はレッスンが休みの為、夕梨花と希美と木乃実の三人は町に買い物に。

 葵は、曲をこちらの世界の楽譜に書き換える作業をしていた。

 聡子と二人っきりの馬車の中で、悠斗は内心ドキドキしていた。

 なにか話しかけなければと思うが、緊張で口が上手く動かない。

 それは聡子も同じで、元々人見知りな性格なので自分から話題を振れない。

 無言が続く馬車の中。

 気まずい雰囲気が流れ始めた頃、馬車はムーサへと着いた。

 すると、そこでは既にズゼネガが職人と馬車を連れて待っていた。

「来たか」

 ズゼネガは豪快に笑ったが、悠斗は慌てて中央官制室に走った。

「一階席を収納」

『了解』

 悠斗の命令で、ムーサは一階席を収納した。

「搬入口を開いて」

 続いて、命令する。

『警告』

 しかし、ムーサが報告した。

『エナジー残が十パーセントを切りました』

(しまった!)

 悠斗は焦った。

(さとみんに歌ってもらわないと)

 そう思った時、

「♪~きっかけはなんだっていい」

 聡子の歌声がムーサに響き渡った。

「♪~それを信じられるなら」

(さすがは、さとみん!)

 ファンに対してもいつも神対応してくれる聡子の心遣いに、悠斗は感謝した。

 フロートウインドウを開いて、エナジー残が問題ない事を確認してから、悠斗は搬入口を開いた。

 急いでステージに降りると、既にズゼネガ達はムーサの中に入っていた。

「今、巨神を起動させますね!」

 そう言いながら、はしごを登り、コクピットに座る。

 宮廷技師がはしごを外すのを待って、上部ハッチを閉じる。

 コクピットの壁全体が外の光景を映し出す。

 そして、巨神をステージから下ろす。

 その間にズゼネガは馬車に乗っていた大きな砥石を浮遊魔法で床に運んだ。

 悠斗は念じて、巨神に剣を抜かせると砥石の横に置いた。

 それをズゼネガが、周りをグルッと見ながら確認していく。

「少しこぼれてるな」

『ですよね』

 巨神の中で悠斗は苦笑いした。

 剣同士を激しく打つけたのである。

 ダメージがあっても不思議では無い。

「じゃあ、いっちょやるか」

 自分に気合いを入れてから、ズゼネガは呪文を詠唱した。

 剣の真ん中に空色の魔法陣が展開され、剣が宙を浮く。

 すると、職人も呪文を詠唱する。

 目の前に水色の魔法陣が展開され、そこから砥石に水がまかれる。

 ズゼネガは、その上を刃先に角度を付けて剣を滑らせた。

「へぇー」

 コクピットの悠斗は、それを物珍しそうに見ていた。

「♪~夢に向かって走ってく」

 ステージの上で歌う聡子も、作業が気になりチラチラと剣の方を見ている。

 浮遊魔法でズゼネガは、剣を前後左右に動かしながら剣を研いでいった。

 しばらく研いで、浮遊させ仕上がりを見る。

 そしてまた、砥石に置いて研ぐ。

「よし!」

 その繰り返しが続き、ようやく満足のいく仕上がりになったのか、ズゼネガがニヤリと笑った。

 だが、終わったのは両刃剣の片側のだけだ。

 ズゼネガは剣を大きく動かすと、今度はもう片側の剣先を砥石に押しつける。

 先ほど同じように、剣を前後左右に動かして、剣を研いでいく。

「♪~夢を見て駆け抜けて行く」

 聡子の歌声が響く中、作業は淡々と続けられた。

 表面が終わって、続いて裏面が研がれる。

 ズゼネガは片側の剣先づつ、丁寧に研いでいった。

「♪~君は素敵だね」

 巨神のコクピットで悠斗は、聡子の歌をBGMにしながら、のんびりと見学していた。

 そして、しばらく。

「よし、こんなものか」

 ようやく全面の剣先が研ぎ終わり、ズゼネガは満足そうに笑った。

 砥石の隣に剣を置き、浮遊魔法を解除する。

 悠斗は巨神を操作して剣を取った。

 それから、フロートウインドウを開いて、剣先を拡大する。

 剣先は天井の光を浴びて、光り輝いていた。

 素人が見ても、研ぎ澄まされている事はわかる。

 それに満足した悠斗は剣を鞘に収めた。

 そして、巨神をステージに上げると、いつも位置で片膝立ちさせる。

 上部ハッチを開くと、直ぐに宮廷技師がはしごを掛けてくれた。

 はしごでステージに降りた悠斗は、そのままズゼネガの方へと駆け寄る。

「ありがとうございました!」

 それから、頭を下げた。

「剣は切れ味が命だから、使ったらちゃんと研いだほうがいいぜ」

 ズゼネガも剣の仕上がりに満足しているようでご機嫌だった。

「わかりました」

 それを聞いた悠斗は、また頭を下げた。

「その時はまたお世話になります」

 ガハハ、と笑って、ズゼネガは撤収準備を始めた。

 職人が浮遊魔法で砥石を馬車に乗せて、別の職人がロープで縛る。

 荷造りが終わると、馬車と共にズゼネガはムーサを後にした。

 それを見送ってから悠斗は中央官制室へと上がった。

 搬入口を閉じて、一階席を戻そうとした時、

「えっ?」

 悠斗は言葉を止めた。

 ステージにいたはずの聡子が入ってきたからだ。

「ここで操ってるですね」

 驚く悠斗を気にも留めないで、聡子は物珍しそうに中央官制室内を見渡した。

「わたしにも操作できますか?」

 それから遠慮がちに悠斗に聞いた。

「多分」

 まだ、胸はドキドキしていたが、悠斗はなんとか返事をする事が出来た。

 聡子を見ると、この部屋への興味が強いのか、人見知りは影を潜めていた。

「やってみます?」

 なので、悠斗は提案した。

「いいんですか?」

 途端、聡子は嬉しそうに悠斗を見た。

 尻尾があれば、ブンブンと振っている勢いだ。

「はい」

 そんな聡子の態度に笑いを堪えながら、悠斗は頷いた。

「話しかければいいんですよね?」

「はい」

「じゃあ……」

 聡子は少し緊張した面持ちになって、告げた。

「搬入口を閉じてください」

『了解』

 その声に反応したムーサが、搬入口を閉じる。

(上手くいくもんだ)

 悠斗は感心した。

「次は、一階席を」

「はい」

 聡子は頷くと、ムーサに話しかけた。

「一階席を元に戻してください」

『了解』

 開いていたフロートウインドウに、一階席が地下からせり上がる様子が表示される。

「出来ました!」

 それを見た聡子は興奮気味に言った。

(やっぱり、俺達の世界の人なら、誰でも動かせるんだ)

 思いがけず検証が出来て、悠斗は心の中でそんな事を思った。

「これなら、多分、巨神も動かせますよ」

「!?」

 思わぬ言葉に、聡子はたじろいだ。

「……怖いので、朝霧さんにお任せします」

 と、遠慮がちに言う。

 その仕草がおかしくて、悠斗は笑みを零した。

「なんで、笑うんですか?」

 聡子はキョトンとした。

「いや……さとみんらしいなって」

 そう言ってから、悠斗は、

(またやらかした!)

 と思った。

「ごめん……馴れ馴れしかったですよね?」

 それから聡子の顔色をうかがうように、恐る恐る聞く。

「いいですよ」

 しかし、聡子は天使のように微笑んだ。

「その代わり、わたしも名前で呼んでいいですか?」

 そして、少し照れながら聞く。

「もちろん!」

 推しに名前で呼んでもらえるという夢のような状況に、悠斗は慢心の笑顔で快諾した。


 そして、翌日の朝。

 いつものように悠斗はゲルヌに案内されて、食堂まで来た。

 すると、先に来ていたアメノウズメのメンバーが、朝食を取っているところだった。

「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」

「おはよう!」

「おはよう」

「ん……おはよう」

 悠斗が挨拶すると、夕梨花と聡子、それに木乃実と希美と葵が挨拶を返す。

 そして、そのまま木乃実の隣へと座った。

 ここまでは朝の風景だった。

 だが、そこからが違った。

「聞いたよ?」

 と、ニマニマした顔で夕梨花が話しかけてきたからだ。

「な、なにがですか?」

 不意を突かれた悠斗は、意味も無く動揺した。

 しかし、内心、心当たりが無い。

「さとみんと、名前で呼び合う仲になったんだって?」

「ユリさん!」

 夕梨花の言葉に、悠斗の反応よりも早く、聡子が顔を赤くして席を立った。

(なんだ、その事か)

 なにかとてつもない事を言われるのではないかと警戒していた悠斗はホッとした。

「そうですけど?」

 なので、平然と応えた。

「ふーん」

 それを聞いた夕梨花は、あからさまに気に入らなそうな顔をした。

「じゃあ、あたしの事は?」

「……須藤さん」

 夕梨花の問いに、悠斗は一瞬迷ってから遠慮がちに答えた。

「なんか、距離感じるなぁ」

 それを聞いた夕梨花は、拗ねてみせる。

「あたしも、ユリ、でいいのよ?」

 そして、迫るように言う。

「代わりに、君の事も、悠斗君、って呼ぶから」

「えっ……でも……」

 悠斗は躊躇した。

 いくら本人からの申し出とは言い、憧れの存在でさらに年上の夕梨花をあだ名で呼ぶのはハードルが高い。

「ファンの間では、みんな、あだ名で呼んでるんでしょ?」

 そんな悠斗の態度に、夕梨花はさらに迫った。

(なんで、その事を……)

 思った悠斗だったが、直ぐに木乃実に話していた事を思い出す。

 悠斗が木乃実の方を向くと、木乃実は素知らぬふりで顔を背けた。

「せっかく一緒にやってるんだから、もっと親交を深めてもいいと思うんだけどなぁ」

 と、夕梨花はもっともらしい理由を述べた。

 そこまで言うなら、と悠斗も腹をくくった。

「ユリさん……」

 照れながら、あだ名で呼びかけた。

「うん、悠斗君」

 その言葉に夕梨花は満足そうに笑った。

「どうせなら、みんな、あだ名で呼んじゃおうよ」

 そして、さらにハードルを上げてくる。

「えっ?」

 悠斗は困惑して、葵と希美を見た。

「いいよね?」

 その視線を察知した夕梨花が、先回りする。

「……」

 葵はコクッと頷く。

「好きに呼べば?」

 希美は投げやり気味に応える。

 逃げ場を失った悠斗は、従うしか無かった。

「じゃあ、アオイさんとノゾ」

「……悠斗君」

「なに? ユート」

 またもや遠慮がちに言う悠斗に、葵と希美は返事をした。

(これ、言う方も言われる方も凄く恥ずかしいぞ……)

 悠斗は心の中で思いっきり照れた。

「これで、みんな仲良しだね」

 しかし、事が思うように運んだ夕梨花は、ご満悦の様子だった。

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