第41話 三人共闘

 付け焼刃に近い状況ながら、本物の戦う術を身に着けた真兎。武官となるため、そして幼馴染のためにに武を磨いて来た虎政。出仕のために弓矢を扱う力を得て、二人と共に立つ月草。

 彼らが対峙するのは、龍弧国の中枢を握る左大臣の地位にある男だ。帝にすら強い影響力を及ぼす彼の一言は、時に国の運命をも左右する。

 左大臣は決意に満ちた子どもたち三人を一瞥し、扇を広げて笑みを浮かべた。


「その刃、私に届くかな?」

「届かせる、必ず!」


 真兎は目の前で視界を遮る男と刃を交わしながら、丸腰で微笑む左大臣から視線を外さない。圧倒的な天狐の力は落ち着き、暴走は起こらない。その代わりに、真兎は斬られてもすぐに体を治すことが出来るようになっていた。

 だから大丈夫だ。敵の武士に傷付けられて腕から血を流した時、声を上げた月草に真兎は言った。しかし、月草は承諾しない。


「――だからって、自ら傷付きに行くのは許さないから」

「わかってるよ、月草」

「……真兎を独りにはしないよ」

「ああ」


 確かめるように、敵に目を向けながら月草は言う。キリキリと引き絞られた弓と矢が美しい音色を響かせ、敵のこめかみをすり抜ける。

 真兎も彼女の思いに応えるように、治りかけの頬の傷の上にべったりと付いた血を拭って刀を握り直す。汗とも冷や汗ともわからないそれが剣を滑らさないよう、しっかりと。

 その時、背後から真兎を狙った矢が放たれた。刀だけでなく、弓矢をも扱う者が左大臣の配下にはいたらしい。

 彼は自分の弓矢の腕に自信を持っていた。兄弟と競い練り上げたそれは、戦場において遠距離の武器となる。だから、この度の子どもの暗殺などすぐに終わると踏んでいた。

 しかし、彼の思惑はすぐに無に帰す。


「あ、それ俺もな? 真兎と月草だけ残したりしないし、なんなら二人まとめて守るから」


 パンッという弾けるような音と共に、虎政が真兎と背合わせになった。

 彼は少し離れた場所で斬り合っていたのだが、真兎を狙う弓を視界の端に捉えて一気に片をつけた。そして素早く放たれた矢と真兎の間に滑り込んだのだ。


「チッ」


 小さな舌打ちは、矢を放った男のもの。それを聞きつけた月草が、何気ない様子でつがえた矢をそちらへ向ける。

 ――パンッ

 放たれた矢は男の耳元を通り過ぎ、彼は衝撃で気を失った。


「……うっわ」

「月草?」


 引き気味の虎政と、微妙な表情の真兎。二人の幼馴染の声に、月草は少しだけ困った顔で笑った。


「手加減出来なかった。ごめんね」

「当ててないから良いんだけど……。でも、怒ってくれてありがとう」


 狙って矢を当てないというのは、相当な力量だ。いつの間にという驚きと共に、真兎は素直に礼を言った。

 まだまだ厳しい戦いは続きそうだが、傍で汗だくで血だらけになって戦ってくれる彼らがいるから、自分はでいられる。

 目を見張る月草の肩を軽く叩き、真兎は「終わらせよう」と呟いた。


「清姫も、創世神話も、何もかも。どうせ、俺たちは歴史の中から消される。だったら……」

「だったら、好き勝手やった方が後味が良い、よな?」

「二人共……。ここを出よう、早く」


 月草の顔色が悪い。彼女はこの洞窟に何日も閉じ込められ、自由を奪われた。明るく取り繕っているが、そろそろ本当に限界なのだろう。

 真兎と虎政は頷き合い、月草を守るように敵に向かって刃を伸ばす。


「そろそろ終わらそう、左大臣」

「奇遇だな。私もそろそろ飽いてきたところだ」

「だったら……倒す!」

「笑止なり」


 左大臣に従っていた三人の男たちが、前に出る。彼らは武士らしい服装をしておらず、影らしかった。

 無言の彼らは、颯爽と真兎たちとの間を詰めて来る。そうすることで真兎たちが動きにくくなり、自分たちにとって有利になると知っているのだ。特に月草は弓矢を使いづらく、一歩退き一歩近付かれるを繰り返す。

 影の男が素早く短刀を引き抜き突き出した時、その柄を持つ手に別のものが重なった。


「月草から離れろ」

「……」


 その手の主は真兎だ。男の手を力づくで止め、月草の逃げる余裕を作る。ただし彼の手のひらからは血が滴り、刃の一部が食い込んでいた。

 真兎の怪我に気付き、虎政が声を上げる。


「真兎!」

「大丈……夫っ」


 痛みを堪え、真兎は男の鳩尾に向かって蹴りを放つ。しかし男も手のひらでそれを受け、鳩尾を守った。

 真兎は影の男と距離が出来たことで一旦後退し、月草と虎政と合流する。その時には手のひらの傷は癒えていた。

 しかし、虎政は左腕から血を流す。「ごめん」と彼は謝った。


「隙を突かれた。あまり時をかけられない」

「ああ。……一気に片を付ける」

「真兎?」


 嫌な予感がして、虎政は汚れていない方の手で真兎の袖を引いた。すると進みかけていた真兎は振り返り、そっと虎政の手を離させる。真兎の瞳は澄んでいたが、静かな怒りに燃えてもいた。


「――行くぞ」


 深紅の瞳が鮮烈に閃き、手にした刃が銀色に輝く。軽く「はっ」と息を吐いた次の瞬間、真兎の姿は左大臣の目の前にあった。


「は?」

「覚悟しろ、左大臣」


 誰も、左大臣ですら反応出来なかった。

 真兎は容赦なく刀を閃かせると、目の前の男の首へとそれを振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る