神殺しの罪

第39話 理不尽

「―――は?」


 真兎は耳を疑った。

 目の前で指示を飛ばす男は、この国の中枢を担う一人、左大臣・海成で間違いない。しかし彼が何故、真兎と龍神の戦いとその行く末を知っているのかわからなかった。困惑を顔に貼りつけ、自分たちを取り囲む男たちを眺める。

 それは虎政と月草も同じらしく、その場を動かずに視線で「近付くな」と威嚇するのみ。


「虎政、これは……」

「俺にもわからない。誰か近付いて来るから何かと思って警戒していたら、こいつらが。神殺しを捕らえろとか、何処でそんな言葉を覚えてきたんだろうな?」

「神殺し……」


 その言葉に、真兎の胸の奥が冷えた。

 本来いるべき世界は違えど、龍神は神に違いない。天狐という本来の創造神を祖に持つという正当性は、今この時には全く関係ないだろう。何故なら、左大臣たちにとっての神とは龍神のことなのだから。

 明らかな憎悪を向けられ、真兎は当惑と恐怖を同時に感じてすくみ上がった。龍神と対峙した時とは違う、人が向けてくる敵意だ。


「どけ」


 左大臣海成に命じられた武士が、手にした刀の切っ先を虎政の首に向けて脅す。一歩踏み込めば串刺しになりそうな距離に刃の冷たさを感じ、虎政はごくりと喉を鳴らした。

 しかし、虎政は動かない。月草も動かず、それどころか真兎の腕にしがみついてはなれようとしない。

 武士は嫌そうに顔を歪め、振り返った。


「――チッ。どうなさいますか、左大臣様?」

「……抵抗するなら殺しても構わん」

「承知」


 腕が鳴るなぁ。そう言いながら、武士は仲間と二人で顔を見合わせ頷いた。


「何をする気だ?」


 じわじわと近付いて来る二人組に向かって、虎政は尋ねる。その問う声がしっかりとしているのは流石だ。

 しかし、相手に道理は通じない。虎政に問われ、武士はニヤッと歯を見せた。


「何って……こうだぜ!」

「ぐっ」


 片方の武士が睨んでいる虎政の側頭部を殴り、更に足払いをして昏倒させる。それはわずかな間に起こり、虎政は抵抗する暇もなかった。

 目の前で虎政を殴り倒され、真兎は咄嗟の言葉が出ない。そしてドサリという倒れる音で我に返った。


「――っ、虎政!」

「虎政!?」

「殺さないだけ甘いと思え。お前はこっちだ!」

「きゃあっ」


 名を叫んでもピクリとも動かない虎政に手を伸ばした真兎は、すぐ傍で悲鳴を聞いた。


「月草っ!」


 自分にしがみついていたはずの月草が無理矢理引き剥がされ、武士に髪を引っ張られている。必死で抵抗を試みる月草だが、大の男の力に敵うはずもない。

 真兎は彼女を助けようと一歩前へ出るが、もう一人の武士に行く手を遮られる。彼は先程、虎政を殴り倒した男だ。


「……どけ」

「口の聞き方のなってない子どもだな? オレは左大臣様配下の……」

退け!」


 その瞬間、真兎の体から白い光が溢れた。眩しさに目がくらんだ武士がよろめくと、何かにぶつかった衝撃で吹き飛ばされる。勢い良く木の幹に背中を打ち付けた男は、そのまま気を失った。

 入れ替わるように、虎政が眩しさに細く目を開ける。体は所々痛むが、そんなことを気にしている場合ではない。


「……真兎?」


 虎政の目の前で、真兎の姿に変化が生じた。黒かった髪が透明感のある白へと変わり、赤みを帯び始めていた瞳が完全に赤く染まる。そして人ではあり得ない程の力の波動を発し、虎政と目が合った。

 真兎は目を伏せ、そして泣きそうな顔をして拳を握り締める。そんな彼に、虎政は呼び掛けた。


「真兎」

「……ごめん、虎政。巻き込んだ」

「そんなこと、どうでも良い。俺は自分から巻き込まれたんだから。だから、帰るぞ。三人で」

「……」


 泣きそうな顔で微笑み、真兎の視線は月草を捕えている男へと注がれた。


「ひっ……ば、化け物っ」


 男の喉が鳴り、怯えを見せて掴んでいた月草の髪がするりと指の間から抜けた。その機を逃がさず、月草は転びそうになりながら走って虎政の隣まで行く。そして、月草は虎政の傍に立つ。


「真兎っ」

「今は危ないぞ、月草」

「虎政の言う通りだ。今は、近付かないで」


 虎政の言う通り、今の真兎は力が発現したことによって激しい光に包まれていた。それに触れようにも、弾かれてしまう。

 それは真兎側も同じで、不用意に近付けば最初の男のように吹き飛ばしてしまう可能性があった。月草の無事を目視した真兎は、こちらに手を伸ばそうとする月草に対して首を横に振る。

 そして高みの見物を決め込む海成に鋭い眼光を向けた真兎は、ゆっくりと右腕を上げていく。真っ直ぐに海成を指差した真兎は、赤い双眸で睨み付けた。


「左大臣、何故お前がこんなところに?」

「言っただろう、神殺しを捕えるためだと。お前は異端の存在だ。龍神様を殺したお前を、私は許せない」

「それが、答えか……」


 悲しげに伏せられた瞳に宿る色を飲み込み、真兎はゆっくりと己の中で荒れ狂う力の波動を呼吸と共に海成に向かって放つ。真兎の力は白い光となって弾ける。

 真っ直ぐに伸びていく力は波動をまとい、海成を目掛け、真兎の力が解放された。

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