第38話 因縁の決着

 真兎は自分の尾に潰されて死んだ。龍神はそう考え、死した様子を一目見てやろうとでも思ったのか、目を細めてからゆっくりと尾を回収した。


『……何?』


 確かに手応えはあったのに。龍神は瞠目してその尾を地面から離した。その下には、割れた地面があるだけで何もいない。


『何処へ』

「こちらだ」

『――!?』


 龍神がぐるりと視線を巡らせると、いつの間にか移動していた真兎が立っている。だらりと下がった左腕には青あざが出来、容易には動かせないらしい。その証拠に、真兎は刀を右手だけで掴んでいた。


「躱しきれなかったけど、お前の意表を突くことには成功したらしいな」

『おのれ……』


 痛みが先行し、左腕の感覚がない。真兎は背中に嫌な汗が流れるのを自覚しながら、精一杯落ち着いた声音で話す。顔色は良いとは言えないが、本人にはどうしょうもない。

 本当に悔しげに苦々しい顔を見せる龍神に向かって、刀の切っ先を向けた。これ以上、決着を先送りには出来ない。


(天狐、その力をおれに貸してくれ!)


 精一杯に力を込め、真兎は刀を構えた。真っ赤な双眸が鮮やかさを増し、半透明な白い狐の尾が九本生える。

 ゆらゆらと揺れる尾は、それぞれが意思を持っているかのように別々の動きをする。天狐の力と真兎の溶け合いが進み、本来の力をその身に呼び覚ましつつあるのだ。


「――っ」


 タンッと地を蹴った真兎は、人とは思えぬ跳躍力を発揮する。天井は龍神の火の玉でぶち抜かれ、遮るものは何もない。穴の上で立ち、龍神を見下ろす。

 龍神が見上げると、三日月と真兎が重なって見えた。それは神々しく輝き、見る者へ畏怖を与える光景だ。

 しかしながら、龍神はそれ自体が神として創られた存在。呆気に取られはしても、頭を垂れはしない。ましてや、相手は忌々しい天狐の末裔だ。


『月を背にするとは、殺せと言っているようなもの。望み通りにしてやろうではないか!』


 ぐわりと真っ赤な口を開け、龍神が火炎を放つ。ほとんどの敵は、この一発で一掃出来るはずなのだ。今までが、何かおかしかった。

 そう思い込もうとした龍神の思惑は、次の瞬間には崩れ去る。


「――愚かな」


 それは、真兎らしからぬ物言い。

 真兎は火炎に自ら突っ込むように飛び降りた。そのまま焼け死ぬようなヘマはしない。白光に包まれた刀で炎を斬り進む。


『なっ……』

「おおぉぉぉぉぉっ」


 気合を込め、体重を乗せて火の粉を物ともせずに刃を閃かす。真兎と龍神の視線が交わった、その時だった。


 ――ダンッ


 白い閃光が龍神の体を両断した。

 龍神は目を見張り、ギョロリとその黄金の瞳を真兎へ向けた。しかしすぐに、内側から弾けるような爆発を起こす。

 雷がその場で生まれたかのように、白い光が弾ける。その光を背に、真兎は地面に降り立った。


「――はっ」


 詰めていた息を吐き、真兎はちらりと肩越しに後ろを見る。そこには、龍神のいた形跡は残っていなかった。

 あるのは激しくさざ波立つ水面と、荒れに荒れた洞窟のみ。天井の穴からはただ静かに照らす月の光が射し込んでいる。

 真兎は月を見上げ、わずかに目を細める。

 日が表の龍神を表し、月は隠された神——つまり天狐――を示す。それは現在ではだれにも知られない忘れられた言い伝えだが、真兎はそれを本能的に感じ取った。

 特に、新月に近付く程月はその力を弱める。本来日の力を糧とするはずだった天狐は、その時初めて日の力を強く受けることが出来るのだ。


「……日の力を、月の力が弱まった今だからこそ強めることが出来る。知らなかっただろう、龍神」


 もう、その事実を知らなかった龍神はいない。少なくとも、もう月草が龍神の贄になる必要はない。


(これで、終わった)


 がくり、と真兎の体が傾ぐ。幾つもの戦いを短い間に何度も行ったせいで、疲れが限界を超えていた。しかし、使い物にならなくなったと諦めていた左腕に力が宿る。それが天狐の力のせいだと知っているから、真兎は苦く笑った。


「もう、ただの人には戻れないな」


 ただ藍や虎政と話し、笑い合うことは出来ないかもしれない。藍を家に帰し、女御にいとまを告げたら自分はどうするのか。真兎はまだ考えられずにいた。

 心が痛むと、体も重くなる。真兎は足を引きずるように、洞窟の外へ向かって歩き出した。




「――真兎!」

「真兎!」


 東の空が白み始めた頃、藍と虎政は弾かれたように洞窟の入口を振り返った。暗がりから、ゆっくりとした足取りで彼らの待ち人がやって来る。

 しかし今、二人は彼が来なければ良いと思っていた。少なくとも、もう少しだけ後で。彼らの前に立つ人物が去るまで待っていてくれと祈る様な思いでいた。


「月草、虎政……ん?」


 駆け寄って来た二人が、真兎を何かから守るように前に立つ。その意図がわからず首を傾げた真兎は、彼らの視線の先にいる人物を見て息を呑んだ。

 その人物は数人の屈強な男たちを従え、感情の読めない顔で口元だけを弓なりに歪ませる。


「……お前が、真兎か。天狐の末裔だという」

「あなたは……」


 目を見開き、真兎が固まる。そんな真兎に寄り添う月草と、背に庇う虎政。

 三人分の視線を真正面から受け取り、男は冷酷に告げた。


「――神殺しだ。連れて行け」

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