第37話 ぶつかり合い
視界が白く染め上がり、真兎は目を細めた。己の斬撃の強さに体の均衡を崩しかけたが、滑りながらも踏ん張って転倒を回避する。
土煙の中、何か大きなものが揺らめいているのが見える。その瞳は
しかし、真兎は決して怯まない。
そんな真兎を眺め、龍神は忌々しそうに目を細めた。チッと舌打ちでもしそうな雰囲気だ。
『その目、大昔に見たことがある。お前の祖は、確かにそんな目をして我を見ていたぞ。事切れるその時まで、ずっとな』
「……」
『生意気だ、その目は嫌いだ。……ここで、終わらせてやる。魂までも焼き尽くし、二度と我の前に現れぬようにな』
言い終わるより早く、龍神はその口に力を籠めていく。くわえきれない程の大きな炎の玉が形成され、周囲すらも熱が襲う。
「ぐっ……」
『これで終わりだ、天狐。この国の行く末は、我にゆだねよ』
「この国の行く末に大きな興味はない。だけど、おれの大切な人たちを苦しめることは、看過出来ない!」
龍神だけではない。真兎の周りにも白と赤の光が満ちていく。帯状となったそれは彼の握る刀へと集約され、刃の光へと変わる。
夢でしか会ったことのない天狐が傍にいる気がして、真兎は心強く思う。そして、大きく息を吸い込んだ。
「龍神、これが最後だ」
『異論なし』
鮮やかで苛烈な炎と、眩しくも優しい光と。二つの輝けるもののぶつかり合いは、一切の手加減などない。
全てを賭けて、意地と意地の本気の勝負だ。
龍神が口を開くと同時に、はち切れんばかりの火球が更に膨らみ、大きな尾を引きながら真兎へと突進してくる。
真兎はそれを真正面から刀で受け止め、押されながらもその場に留まり上へと火球を逃がす。
「くっ……だあぁぁっ」
火球は勢いそのままに飛び、洞窟の天井を破壊して空へ消えた。いつの間に時が経ったのか、穴から見える夜空には月が浮かんでいる。満月だ。
しかし、真兎に夜空を愛でる暇などない。火球が致命傷を与えなかったと知るやいなや、龍神が自ら体当たりしてきたからだ。しかも真兎目掛けてではなく、その近くで垂れ下がっていた鍾乳石のような岩に向かって。
バキッという音と共に岩が崩れ落ち、さながら雷雨のように大小様々な欠片となって降り注ぐ。
「ぐぅっ!」
幾つもの欠片を躱していた真兎だが、ある拳大の岩が足の甲を直撃した。走ろうと踏み込んだその一瞬であったために、体の均衡が崩れる。
つんのめるように転倒し、背中が無防備にさらされた。その隙を龍神が見逃すはずもない。
『終わりだ』
尾を振り上げ、下ろす。真っ直ぐに何の躊躇もなく振り下ろされた先にあるのは、真兎の背中だ。
真兎は激痛が足全体に広がり、容易に飛び起きることが出来ない。焦りが顔にも現れ、龍神は己の勝ちを確信する。
――ドンッ
地響きと共に土煙が上がる。周囲はそれに覆われ、泉は先程の火球で半分程の水を失った。
同じ時、洞窟の外で座り込んでいた月草の君は地鳴りを聞いて立ち上がる。水に長い間浸かっていたために震えが止まらない彼女に、虎政は自分の単を一枚、裏返しにして羽織らせていた。
「なんの、音……?」
「洞窟の方からだ。真兎のことだから案じることはないって信じたいけど……」
「真兎っ」
「急に動くなって!」
走ろうとした月草の体がガクリと傾き、虎政が慌てて支える。
「狭いところに閉じ込められて、外に出ても禊祓ばかりだったんだろう? まだ動けなくて当然だ」
「とら、まさ、ごめん。ありがとう」
「泣くのは、真兎が帰って来て全員そろってからだ」
不安なのはわかるけどさ。そう言って、虎政は月草を立たせてからぐるりと周囲を見回した。
彼らが今いるのは、滝壺のすぐ目の前。もう少し離れた方が良いかとも虎政は考えたが、戦いを終えて洞窟から出て来る真兎を迎えるためにもと月草に粘られ根負けした。
そして虎政は、遠くから近付いて来る何かの気配を敏感に感じ取っている。遠過ぎて敵か味方かの判断はつかないが、警戒しておいて損はない。背後に意識を向けながら、虎政の目は滝の裏側へと吸い寄せられている。
(さっき、空に火柱が上がるのが見えた。俺じゃ想像も出来ないようなことがあの先で起こっている、ってことだよな)
唾を飲み込み、虎政は無意識に腰の刀に手を添えた。肌で感じる戦いの余波が、戦うものである彼をも昂らせるのだ。
しかし、虎政は無駄に刀を抜くのは好きではない。今考えるべきは別のことだ、と理解している。
「月草、真兎は必ず帰って来る。だろ?」
「うん、必ず」
確かに首肯する幼馴染に笑いかけ、虎政はくるっと後ろを振り返る。先程までの気配を探り、やはりこちらに近付いているのだとわかった。
更に、近付く者はおそらく虎政たちにとっては招かれざる客人。複数の馬が地を駆る音が徐々に近付いて来る。
「虎政」
「ここを動くなよ、月草」
月草も気付き、虎政の単の合わせを掴む。彼女を背に隠すようにして立ち、虎政は目の前に数頭の馬と乗った男たちを引きつれた男に向かって、鋭い視線を叩きつけた。
「――それで、こんな山奥に何用ですか? 左大臣様?」
「お前などにはかかわりのないことだ。……そこをどいてもらおうか」
二人の前に現れたのは、内裏を中心に都、そして国中を牛耳る左大臣だ。若い頃はさぞかし女に困らなかっただろうという艶のある愁いを帯びた表情を浮かべ、彼は馬上から見下ろした。
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