第36話 一騎打ち

 龍神の息吹と真兎の斬撃が両者の丁度真ん中でぶつかった。真兎の放った斬撃が優勢かと思われたが、それをかき消す勢いで放たれた第二波によって吹き飛ばされる。


「かはっ」

『弱い、弱すぎて笑いすら出ぬわ』


 洞窟の壁に背中を打ち付け、胸から息が全て出される。咳き込み背中を丸める真兎に、龍神は余裕の表情で言い放つ。

 更に、龍神は駄目押しとばかりに口を開けて炎の玉を創り出す。充分に大きくなったそれを噛み砕き、息吹と共に吹き付けるのだ。


『これで終わりだ』


 息吹の力を得て勢いを増した炎が、真兎に向かって放たれる。ゴオッという音と共に迫る死への誘いを間近に感じた真兎は、歯を食い縛って痛みに耐えて地面を蹴った。

 一瞬にして壁を焼き、龍神はそこに目当ての子どもがいないことに気付いて鼻を鳴らす。不機嫌なそれはすぐさま氷の息吹へと姿を変え、真兎に襲い掛かった。


「くっ」

『存外、頑張るな?』

「そう簡単に殺されるわけにはいかないんでね」

『遊び甲斐を見せてくれ』


 クッと喉を鳴らすと、龍神はその太く長い尾を振った。彼は軽く振ったつもりなのかもしれないが、その威力たるや凄まじい。ブンッという音と共に洞窟の天井から覗いていた岩が落下し、真兎は間一髪で潰されるのを免れる。

 パラパラと落ちて来る砂塵の中、真兎は龍神と間近で向かい合う。


『ほう。死ななんだか』

「ひやりとはしたさ。だけど、簡単死なないって言っただろう?」

『そうだったな』


 龍神の瞳が金色こんじきに輝き、高く上ったその口から咆哮が放たれる。

 空気が震え水面も揺れた。真兎は顔をしかめ、その震動に耐えて隙を探る。耳鳴りがして思考がかき乱され、確実な突破口は見付からない。


(正面突破)


 刀を握る手に力を込め、真兎は襲って来た龍神の尾を躱して前へ出る。ダンッと地面を蹴ると、白銀に輝く刃を龍神の顔に向かって振り下ろす。

 しかし龍神は余裕の顔でわずかに開いた口から炎を吐き出し、真兎を邪魔する。


「くっ」


 真兎は炎に焼かれる危険を感じ、体を逸らして躱すしかない。その間に龍神に距離を取られ、追撃を断念せざるを得なかった。

 決定打を打てず、真兎は焦りを覚える。しかし焦っても良い結果は得られず、反対に壁際まで追い詰められてしまった。

 巧みに真兎を追い込み、龍神はご満悦な表情で間近に少年の顔を覗き込んだ。


『どうだ、追い詰められた気分は? 我にこれから殺される気分は?』

「どんな状況だって、諦めるものか。約束したんだ……」

『では、約束を破られ絶望に堕ちた清姫を食べ、我は更にこの国を強くしようではないか』


 金色の瞳を細めて笑ってから、龍神は最後だとばかりに燃え盛る炎を口から溢れさせる。それは傍に居る真兎の服を焦がす程で、真面に受けてしまえば跡形もなくなることが容易に想像出来た。

 熱さを感じながらも、真兎は背中に冷汗が伝うのを自覚する。このままでは本当に終わりになってしまう。歯を食い縛り、突破口を探す。


(嫌だ。こんなところで……大事なものを守れずに死ぬなんて、絶対に嫌だ!)


 思い浮かぶのは、まだ誰も出仕など考えていなかった頃のこと。無邪気に三人で遊んでいた頃、偶然見付けた四葉のシロツメクサ三つ。見付けた月草が、嬉しそうに摘んで真兎と虎政に手渡してくれた。

 その時から、真兎は月花を特別に想っている。

 虎政は気の置けない友であり、喧嘩を本気でしても仲直りが出来る間柄だ。互いに助けが必要な時は、自然と手を差し伸べ合う。

 そんな彼らと過ごす時を、奪われたくない。真兎は龍神の炎を真正面から受ける直前、何かが自分の中で弾けたのを感じた。


『——死ね!!』

「―――っ」


 ゴッという音と共に真兎の後ろにあった壁が炎に巻かれ、赤や橙色に染まる。距離を置いて戦いを見守っていた鏡は、思わず息を呑んだ。あの炎に襲われて、人が生きられるはずもない。

 そう思っていた。


「これで、私たちの願いが叶……え?」

『な、何だこの光は!?』


 焼けただれていく岩壁に、白い光が反射している。それは徐々に炎を押し返し、押された火柱が方々へと散っていく。

 龍神は思わぬ展開に目を見張り、顔をしかめて炎の威力を上げた。それでも光は小さくなるどころか強さを増し、炎を追い込んでいく。

 炎が押し込まれ、光の中心が見えて来る。そこに立っていたのは、赤く燃えるように変色した刀を手に構える真兎の姿だ。彼の体は白い輝きに包まれ、生き生きとした瞳は刀以上に鮮やかな赤色に染まっている。


『おの、れ……っ』

「諦めない。お前などに、おれは絶対に負けない!」

『ぐおっ』


 それは、龍神がこの戦いにおいて初めてのけぞった瞬間だった。炎を斬撃によって払い除けられ、更なる斬撃を真面に受けてしまったのだ。

 真兎の攻撃はそれでは終わらず、更に斬りつけた。その時、初めて龍神の体から赤いものが噴き上がる。


『がっ!?』

「これで、終わりだ!」


 真兎の体も、限界が近付いていた。天狐という未知の力に目覚めてから、彼の体は悲鳴を上げ続けている。作り変わっていく体に元の体が追い付かず、いつ気絶してしまってもおかしくない。

 それでも戦い続け、あまつさえ龍神を追い込んでいるのは、ひとえに彼自身の意志の力によるものが大きい。天狐の力を使いこなし、龍神を息も絶え絶えの状態まで追い込む。


『ぐおっ』


 とうとう宙に浮かんでいた龍神を地面に引きずり下ろすことが出来、真兎は傷だらけの腕で天狐の力を宿した刀を構えて切っ先を龍神の鼻先へと突き付けた。


「これで、終わりだ。龍神」

『ふん。今世の天狐は、思いの外よくやるらしいな。だが、我とて簡単には破れぬ!』

「……っ」


 刀の先から白銀の炎が溢れ、真兎は精一杯の力を乗せて刀を振るった。斬撃が放たれ、龍神へ届く。

 天狐の目覚めた力は、龍神の放つ炎を飲み込む。そして、龍神を白く染め上げた。

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