第4話 お礼のチョコレート
放課後、俺が向かったのは、JR横浜線の小机駅。
住宅街の中にある閑散とした駅のため、俺が乗っていた電車から降りた乗客は30人にも満たない。
階段を登っていき、改札口へと向かうと、ターミナル駅と見間違うかのような自動改札機が現れる。
俺はその自動改札口にICカードをタッチして、改札口を出ると、目の前に莉乃ちゃんが待ち構えていた。
「こんにちは智輝さん!」
「こんにちは莉乃ちゃん。ごめんね、待たせちゃったかな?」
「いえ、私もさっき来たところですので!」
そう言う莉乃ちゃんは、紺のダッフルコートにチェックのマフラーを首元に巻いていた。
下は学校指定のスカートだろう。
こんな真冬かかわらず、足を惜しげもなく晒していて、寒くないのか心配になってくる。
「にしても、まさか小机に呼び出されるとは思ってなかったよ」
「だって、マリノスと言ったらここじゃないですか」
ここ小机駅は、マリノスのホームグラウンドである日産スタジアムの最寄り駅なのだ。
「ささっ、早速行きましょ!」
試合日でもないのに、まるで試合を楽しみにしているかのように跳ねる莉乃ちゃん。
なんだか、こっちまでほっこりしてきてしまう。
莉乃ちゃんの後を付いていくようにして、小机駅から住宅街を歩いて五分ほど。
歩道橋を渡り、荘厳なスタジアムが姿を現した。
今日はイベントがないからか、スタジアムの周りにはほとんど人の気配はなく、鳥の数の方が多いまである。
普段試合日にしか訪れないので、なんだか物寂しさを感じてしまう。
「試合日以外に来ると、こんなに静かなんですね」
莉乃ちゃんも俺と似たようなことを感じていたらしく、同じような感想を口にする。
「そうだね。なんか、二人で別世界に閉じ込められたような変な感覚だよ」
「ふふっ、それ面白いですね! 私達だけで異世界転生!」
「でもそしたら、サッカー観れなくなっちゃうよ?」
「それはダメですね。異世界転生は止めておきます」
サッカー観戦できないことを伝えると、莉乃ちゃんはすぐさま改心した。
莉乃ちゃんにとっては死活問題らしい。
それほどに、サッカー観戦が大好きなのだろう。
「それで、今日はどうして試合日でもないのに、日産スタジアムに行こうなんて言い出したんだ?」
「それは……この前のお礼がしたくて……」
莉乃ちゃんはモジモジと身体を揺らしながら、上目遣いに見据えてくる。
「いやいや、お礼なんていらないのに」
「いえ、お礼はさせてください!」
そう言って、莉乃ちゃんは肩に掛けていたスクールバッグをガサゴソと漁りだす。
何だろうとしばし待っていると、バッグの中から可愛らしい包装された小袋を取りだ出した。
「これ、受け取ってください!」
莉乃ちゃんが渡してきたのは、可愛らしく包装されたチョコブラウニ―だった。
「えっ、でも……」
俺が躊躇していると、莉乃ちゃんが頬を赤く染めながらつぶやいた。
「一応、お礼とバレンタインも含んでますので……」
「ありがとう、嬉しいよ」
女の子が勇気を出してチョコレートを渡してきてくれているのに察しが悪かった。
俺は慌てて莉乃ちゃんからチョコレートを受け取る。
まさか、松田姉妹から揃ってチョコレートを貰うことになるとは思っていなかった。
「これも、お姉ちゃんと一緒に作ったの?」
「はい! 毎年バレンタインはお姉ちゃんと一緒に作ります」
松田さんが、莉乃ちゃんと仲睦まじくエプロン姿でチョコレートづくりに奮闘する姿を想像する。
あらなにそれ、すっごいエモエモなんですけど。
てか、松田さんに関してはギャップが凄すぎて、キュンとしちゃう。
「智輝さんには、ここで渡すべきだなって思ったんです。やっぱり私たちは、マリノスのおかげで出会ったんですから」
「なんだか、まだ会ってから二回目なのに申し訳ないな」
「回数と日数なんて関係ないです! 私にとっては、智輝さんは初めて出来た趣味友なんですから!」
きらきらとした純粋無垢な笑みが眩しすぎて、俺は塵となって消え入りそうになってしまう。
正直、試合日に遅れて渡してくれたらよかったものを、シチュエーションまで考えて渡してくれた莉乃ちゃんの献身性に、色々と勘違いしてしまいそうだ。
「ありがとね。莉乃ちゃんの気持ち、ちゃんと伝わったよ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
満面の笑みを浮かべる莉乃ちゃん。
俺の頬もつい緩んでしまう。
まだまだ冬の肌寒い北風が吹いているのに、心が温まっていく感覚を感じていた。
「よしっ、せっかくスタジアムまで来たし、オフィシャルショップでも見て行こうか」
「いいですね! 行きましょう!」
俺達は、どちらからとでもなく隣に並んで歩き出す。
なんというか、莉乃ちゃんとはこうして何年もサッカーという趣味を通じて仲良くしていたいな、そんな気持ちにさせられるのであった。
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