第3話 お姉ちゃん!?
松田さんに連れて来られたのは、校舎裏ではなかった。
正確に言えば、本校舎と体育館を繋ぐ連絡通路。
休み時間ということもあり、体育館へ向かう生徒もおらず、辺りは閑散としている。
松田さんはピタリと足を止め、俺の方へと振り返った。
「悪いわね、こんなとこまで付いてきてもらっちゃって」
「いや、それは構わないんだけど、一体どういう風の吹き回し?」
ただでさえクラスで孤高の存在として君臨している松田さん。
まともに会話すらしたことがないのに、俺をこんなところに呼び出すなんて、ほんとどういった用件なのだろうか?
すると、松田さんは自身のブレザーの内ポケットを探り始めたかと思うと、中から何やら小さい袋を取り出した。
「先日は妹がお世話になったわね。これ、そのお礼といったらなんだけど」
そう言いながら手渡してきたのは、包装されたチョコだった。
「えっ、ちょっと待って。意味が分からないんだけど……」
「だっ、だから! 妹がお世話になったお礼だって言ってるの!」
「妹……」
そこでふと、先日莉乃ちゃんが、『お姉ちゃんのため』と言っていたことを思い出す。
「あぁ! もしかしてお姉ちゃんって、松田さんの事だったの!?」
「何よその反応。文句でもあるワケ?」
「いやっ、別にそう言うわけじゃないけど……」
だって、強面の金髪ギャルの妹が、あんな可愛らしい女の子だなんて、誰が想像出来るだろうか。
苗字が一緒だったからかろうじて分かったけども……。
てか待てよ。
つまりあのマリンちゃん人形を欲しがっていたのは、松田さんということになるわけで……。
見た目からして、ぬいぐるみとかを部屋に飾っていそうなタイプじゃないと思ってたのに、なんかすごいギャップだ。
「てか、早く受け取ってくんない? 観られたら恥ずいんだけど」
「おぉ。悪い」
松田さんに急かされて、俺は手作りと思われるチョコレートを受け取った。
「えっと……これって一応、バレンタインってことで受け取ってもいいの?」
「まあ、アンタがそう思いたいからそうすれば?」
むすっとした様子のまま、視線を逸らす松田さん。
俺は感動のあまり、受け取ったチョコレートを見つめてしまう。
まさか自分が、女子生徒からチョコレートを貰える日が来るなんて……。
もしかしたら明日は、雪でも降るのではないだろうか。
「ありがとね。莉乃のこと気遣ってくれて」
俺が感動に打ちひしがれていると、松田さんが唐突に言ってきた。
「いやいや、俺は別に大したことなんてしてないよ」
「そんなことない。莉乃、めっちゃマリノスの事好きだからさ。アンタが話し相手になってくれて本当に助かってる」
松田さんの表情はまるで、妹の成長を見守る母親のような目をしていた。
「今まではずっと、アーシと一緒に観戦行ってたんだけど、この前は予定があっていけなかったんだよね。そしたら莉乃が言い出したの。一人で観戦してみたいって。アーシは不安だったんだけど、受験も終わったご褒美として、両親も納得して出かけたんだよね。そこでたまたま、アンタに色々お世話になって、インスタのアカウントまで交換して、DMで連絡まで取り合ってさ。莉乃、凄く嬉しそうに話してきてくれた」
「そうだったのか」
まさか、そこまで嬉しかったとは。
「あの子さ、アーシ以外にサッカー観戦の事話せる友達がいないらしくて、ずっと寂しい思いしてたんだよね。だから、これからも莉乃の趣味ともとして仲良くしてくれると嬉しいんだけど……」
そう言ってくる松田さんの頬は、何故か少々赤らんでいた。
彼女の提案に、俺はふっと破願する。
「もちろんだよ。俺なんかで良ければ、いつでも莉乃ちゃんの話し相手になるよ」
「あんがと。まっ、これからもちょくちょくお世話になるかもだけど、よろしく頼むわ」
片手を上げて、話しはこれで終わりといったように、松田さんは俺の横をすり抜けて、校舎の方へと戻っていく。
「松田さん!」
そんな彼女を、俺は咄嗟に呼び止めた。
ピタリと足を止めた松田さんが、顔だけこちらへ寄こしてくる。
「何?」
「マリンちゃん人形、大事にしてくれてる?」
俺が唯一気になったことを尋ねてみると、松田さんは目を丸くしてから、ポッと顔を赤らめた。
「あっ、当たり前っしょ! どっかの誰かさんに、大切にしろって言われたんだから!」
「そっか、それならよかったよ」
俺が安堵の笑みを浮かべると、松田さんはばつが悪くなったのか、逃げるようにして階段を登って行ってしまった。
しかしまあ、莉乃ちゃんのお姉さんが松田さんだったとは……。
世間というのは狭いと思い知らされた。
ピロン。
とそこで、ズボンのポケットに入れていたスマホの通知音が鳴り響く。
取り出して画面を確認すれば。今話題になっていた莉乃ちゃんからのメッセージが届いていた。
その文面には――
『こんにちは。突然で申し訳ないんですけど、今日の放課後、お時間ありますか? 出来れば直接お会いしたいです!』
と、華やかな笑顔を浮かべている莉乃ちゃんを想像することが出来るメッセージが送られてきていた。
『こんにちは。特に予定ないから、平気だよ』
俺がそう返事を返すと、すぐさま既読マークがついて――
『本当ですか!? それじゃあ……』
そこから俺は、莉乃ちゃんと放課後に会う約束を取り付けたのである。
一応、莉乃ちゃんと二人きりで会ってもいいか、松田さんに確認しておこう。
連絡先知らんけど。
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