第2話 金髪ギャルからの呼び出し
莉乃ちゃんというサッカー観戦仲間が出来てから、週末を挟んで迎えた2月14日。
バレンタイン。
それは、世の男子生徒にとって、最もソワソワする日と言っても過言ではない。
心なしか、教室内も普段とは違い、男子の視線が女子生徒たちに向かっていた。
女子生徒達はそんな男子生徒の視線に気づいているのか気づいていないのか。
キャピキャピとはしゃぎながら、友達同士でチョコレートの交換会を行っている。
教室内が甘いカカオの香りに包まれる中、俺は一人、机の下でスマホを開き、Youtubeで先日の富士フィルムスーパーカップのハイライトを視聴していた。
試合は前半30分、横浜F・マリノスが先制。
しかし前半終了間際、甲府はスルーパスに抜け出した選手の折り返しをFWの選手が押し込んで同点。
この際、三苫の一ミリ同様、ゴールかどうかのVAR判定が行われた。
五分強に及ぶテクノロジー発動の結果、ゴールが認められ、前半を1-1で折り返す。
後半、マリノスはさらにボールポゼッションを高めていき、FWの選手のシュートがポストに直撃。
その跳ね返りを詰めていた選手が押し込み、勝ち越しに成功する。
追加点が生まれた後は、落ち着いた試合運びで時間を進めて行った。
しかし、後半アディショナルタイム。
後がない甲府は、GKも前線に飛び出しての攻撃参加の中で、ポーンと前に蹴り込んだボールを収めた選手が左足一閃。
見事ゴールネットに突き刺さるも、これは残念ながらオフサイドの判定。
そのまま試合はタイムアップ。
最終スコア2-1。
30回という記念の大会で、見事横浜F・マリノスが、6回目の挑戦で富士フィルムスーパーカップ初タイトルを手にした。
そんな劇的な幕切れとなった試合を誰かに共有したいけど、生憎俺のクラスには、生粋のJリーグファンはおろか、サッカー好きすらあまりいない。
サッカー部の奴らも何人かはいるものの……。
『昨日のチャンピョンズリーグ観た? メッシ、エムバペ、ネイマールの3トップ半端ねぇな』
『三苫三試合連続とかヤバすぎだろ』
『はぁ? Jリーグ? あんなんより海外サッカーやろワロスwww』
という感じで、海外サッカーばかり注目してるのだ。
もちろんサッカーをプレイしている上で、憧れを抱くことは大切だと思う。
けれど、サッカー部に所属しているなら、もっと地に足着くというか、スーパープレーより、もっと基礎技術的な部分だったりとか、自分の練習に生かせるようなプレー集とかの動画を見て参考にした方がいいのではと思ってしまうのだ。
まあ結局は、『俺、サッカー部っす』っていう陽キャブランドが欲しいだけで、本気でプロを目指そうと思っている奴なんていないんだろうな。
俺は思わず、ため息を吐いてしまう。
「どうした、そんな辛気臭いため息なんかついて」
すると、一人の男子生徒が、俺に声を掛けてきた。
俺はそんな黒縁眼鏡の男子生徒に対して、肩を竦めてみせる。
「なんでもねぇよ。ただちょっと、世の中の不条理について考えてただけだ」
「んだそりゃ」
意味が分からないといった様子で、クラスメイトの
「まーたサッカー動画見てんのか? ほんと智輝はサッカー好きだよな」
「別にいいだろ? 休み時間なんて、どう過ごそうが人の勝手なんだから」
「そりゃそうなんだけどよ。もうその試合終わってんだろ?」
「何回もハイライトを見て、気持ち良くなるのがいいんだよ」
俺がハイライト動画を何回も見返すことについて力説するも、兵藤は理解できないといった様子で首を傾げた。
「相変わらずぶれない奴だな。今日がバレンタインだってのによ」
「ふっ、ばかばかしい。俺みたいな教室の端っこにいる奴が貰えるわけないんだよ。期待するだけ無駄だっての」
「まだ分からねぇだろ? 心優しい女神が、俺達にもお恵みをくれるかもしれないだろ?」
「そんな二次元にしかいないような女神が、兵藤の前に現れることを、陰ながら応援してるよ」
「うわぁー。それ絶対応援してない奴」
兵藤は科学部に所属しているのだが、メンツの9割が理数系男子。
1割の数少ない女子部員も、アルコールランプや化学式が彼氏という、見事にグ腐腐を拗らせているらしいので、三次元の男にはまるで眼中がないので、チョコを貰える可能性は皆無に等しいと聞いた。
帰宅部の俺も、特段仲のいい女子生徒はいないので、今年もバレンタインは家に帰ってから母親と姉貴から貰うだけだろう。
そんな悲しいバレンタイン事情の現実を味わっている時だった。
「ねぇ、ちょっといい?」
俺の机の前に、スカートを靡かせた女子生徒が現れる。
顔を上げれば、そこに立っていたのは、クラスメイトの
金髪の髪を靡かせ、鋭い眼光でこちらを見下ろしてきている。
元々強面の印象で、周りからも恐れられており、クラスの裏ボスと言われていた。
そんな松田さんに突如話しかけられ、俺は思わず、背筋がピンとなってしまう。
「えっと……俺?」
「アンタ以外に誰がいるのよ」
俺が自身を指差すと、松田さんは呆れた様子でジト目を向けてくる。
「ガンバ智輝。俺はトイレ行ってくるから」
「あっ、おい兵藤!」
あの野郎、危機を察知して逃げやがったな!?
俺の元を立ち去る兵藤を睨みつけていると、『ねぇ聞いてんの?』と、松田さんがさらに鋭い口調で言ってくる。
「ひゃ、ひゃい!?」
俺は怯えて変な声で返事を返してしまう。
「ここだと目立つから、ちょっと付いてきて」
「わ、分かった」
松田さんは踵を返すと、そのまま教室の出口へと向かって行ってしまう。
俺はすっと立ち上がり、松田さんの後を追っていく。
クラスメイト達からは、奇異と憐みの入り混じった視線を送られている。
『前田、何やらかしたんだ?』
『カツアゲか?』
『あーあ。やっちまったな』
ドンマイというような同情の声を掛けられながら、俺は得も言えぬ思いで、そそくさと教室を後にした。
クラスの裏ボスと言われている松田さんからの突然の呼び出し。
今までほとんど話したこともない俺に、一体何の用があるというのか。
まさか、本当につるし上げとか!?
校舎裏に連れて行かれて、今からヤンキーたちにボコられちゃうの!?
きゅっと寿命が縮むような恐怖心に襲われる。
ただ、ここでバックレたら、確実にシめられるだけなので、俺は大人しくついて行くことしか出来ないのであった。
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