グッズを買えなくて悲しんでた女の子に渡してあげたら、クラスメイトの金髪ギャルの妹でした
さばりん
第1話 グッズ売り場に現れた女の子
2023年2月11日。
昨日、関東では大雪が予想されていた。
しかし、午後から雨に変わり、雪が積もることはなく、迎えた翌日。
遂に今年も、日本のサッカー。
Jリーグが幕を開けようとしていた。
天気は快晴。
真冬の寒さが嘘のように、春の気配すらうっすらと感じる陽気。
絶好のサッカー日和である。
俺、
サッカーの聖地とも言われている場所になぜ俺がいるのかというと、昨シーズンのリーグチャンピョンと天皇杯(カップ戦)チャンピョン同士がぶつかり合う、富士フィルムスーパーカップが行われるため。
俺が応援している横浜F・マリノスは、昨シーズン見事にリーグ優勝を成し遂げたのだ。
そして今年は、リーグ二連覇を目指して挑むシーズンとなる。
昨年十二月。
世間はサッカーカタールW杯で盛り上がりを見せた。
【リュディガーの走り方】
【浅野ニア上ぶち抜き】
【ナナフゥン!?】
【三苫の1ミリ】
どこかで聞いたことのあるフレーズが頭の中に残っている人も多いだろう。
そんな、日本中が熱狂したW杯から早二か月。
ようやく待ちに待った日本のサッカーシーズンが到来した。
俺は何をしているのかというと、競技場外に設営された、オフィシャルグッズの販売売り場に並んでいた。
マスコットキャラクターである『マリンちゃん人形』を購入するためである。
「開門から試合開始まで四時間あるでしょ? アンタどうせ暇なんだし、マリンちゃん人形買ってきてよ」
そう母親に頼まれて、マリンちゃん人形を入手すべく、こうして列に並んでいるのである。
高校生という学生の身として、まだまだ親に金銭的に頼りっきりの部分もあるため、これぐらいのお使いはお安い御用だ。
新商品が多く出ていることから、グッズ売り場には長蛇の列が出来ている。
並んでいる間、手持無沙汰になったので、俺はスマホで試合前情報などを検索したり、今日のスターティングメンバーをチェックしたりして時間を潰す。
並ぶこと三十分。
ようやくショップのレジへと辿り着く。
「マリンちゃん人形とマリンちゃんキーホルダーを一つずつ下さい」
「はい、畏まりました」
店員さんが応対すると、ブースの裏にある段ボール箱をガサゴソと漁りに行く。
「お待たせいたしました。こちらでお間違いないでしょうか?」
店員が袋に入ったマリンちゃん人形とアクセサリーに間違いないか確認を促してきた。
「はい、大丈夫です」
「お客様運がいいですね。こちらのマリンちゃん人形とキーホルダー。ラスト一点でしたよ」
「あっ、そうだったんですね。入場した後すぐにショップに並んだ甲斐がありました」
ラスト一点とは、これまた運がいい。
まさに、去年のW杯スペイン戦での、三苫の1ミリを連想させるようなスリル感だ!
「会員証はお持ちでしょうか?」
店員さんに会員証の有無を問われ、俺は財布の中から年間チケット兼メンバーズカードを取り出して提示する。
「ご提示ありがとうございます。5パーセント値引きさせていただきまして、合計3490円になります」
俺は財布の中から5000円札を取り出して、店員さんが手に持っていたキャッシャーへ置いた。
「5000円のお預かりですので――1510円のお返しになります」
店員さんが電卓を叩き、お釣りの表示を行ってくれる。
「只今お釣りをお持ちしますので、少々お待ちください」
そう言って、店員さんは、再びテントの奥へと消えていく。
俺が軽く残り一点の商品を手に入れたことにガッツポーズをしている時だった。
「えっ、売り切れですか⁉」
「はい、只今丁度売り切れになってしまいまして」
「そんなぁ……」
「大変申し訳ございません」
すると、俺の隣のレジで、売り切れと言われてショックを浮かべる小柄な女の子が佇んでいた。
紺色のダッフルコートを羽織り、首には応援グッズのタオルマフラーを巻いている。
見た感じ、俺と同い年、あるいは少し下ぐらいの年齢に見える。
「あのっ、そこにある見本品でもダメですか?」
女の子は諦めきれなかったらしく、店頭に飾ってある見本品を指差した。
「すいません。こちらは展示品なので売り物には出来ないんです」
「どうしてもダメですか!? 絶対に手に入れないといけないんです!」
どうやら女の子にも、のっぴきならない事情があるらしい。
「申し訳ありません。お客様のみ特別扱いというのは出来ませんん」
「それじゃあ、スタジアム内の他のショップで、売ってるところってありますか?」
「マリンちゃんグッズに関しましては、こちらでのみでの販売となっております」
「そうですか……分かりました」
ようやく諦めがついたのか、シュンと項垂れる黒髪の小柄な女の子。
どうやら彼女も、マリンちゃんグッズを求めていたらしい。
最後の一点を手にしているのは俺なので、なんだかいた居た堪れない気持ちになってくる。
「お待たせいたしました。1510円のお釣りになります」
女の子の様子を横目で眺めていると、俺の対応をしていた店員さんが、キャッシャーに1510円のお釣りを入れて戻ってきた。
俺はお釣りを受け取り、財布の中へと仕舞い込む。
「袋はご利用ですか?」
「いえ、そのままで大丈夫です」
「ご協力ありがとうございます。ではこちらから商品失礼いたします」
「ありがとうございます」
俺はそう言って、店員さんからマリンちゃん人形とアクセサリーを受け取った。
マリンちゃん人形は結構な大きさであり、脇に挟んでだき抱える。
とそこで、隣にいた女の子が、俺の方を羨ましそうな目で見てきた。
女の子の視線の先には、俺が最後の一点で手に入れたマリンちゃん人形。
俺は女の子とマリンちゃん人形を交互に見つめる。
「あの……ありがとうございました」
女の子は俺から視線を逸らし、店員さんにお礼を言って、そそくさとショップを後にしてしまう。
悲壮感漂う丸まった背中を見て、俺はマリンちゃん人形を見つめた。
そこには、アヒル口をしたマリンちゃんが、すっと前方を見据えている。
「お前もあの子に買われた方が嬉しかったか?」
尋ねかけてみるものの、当然反応は返ってこない。
「……」
既に女の子は人混みの中へと消えて行ってしまった。
しかし、まだそんなに遠くへ入っていないはず。
俺は急ぎ足でショップを後にして、先ほどの女の子を探すことにした。
辺りを見渡しても、人、人、人。
これじゃあ、むやみやたらに探しても見つけるのは至難の業。
しかし、ここのブースは、横浜F・マリノス側のショップ。
彼女も応援グッズを身につけていたから、席もマリノス側であるに違いない。
俺は人混みを掻き分けながら、マリノス側の再入場口へと向かうことにする。
予想は見事的中、再入場の列に、先ほどの黒髪の女の子を見つける事が出来た。
「あのっ、ちょっといいですか!」
俺はなりふり構わず、女の子の肩をトントンと叩いた。
突然声を掛けられたことに、女の子はびっくりして身体を跳ねさせる。
「なっ……なんですか?」
警戒心MAXでこちらを見据えてくる女の子。
しかし、先ほどショップで見た人だと分かったのか、少々警戒心を解いてくれる。
その隙を見逃さず、俺は脇に抱えていたマリンちゃん人形とアクセサリーを、女の子の方へと差し出した。
「これ、良かったらどうぞ」
「えっ⁉ いや、でもそれは、お兄さんが買ったもので……」
「俺がマリンちゃん人形を抱えてるのを見て、凄く羨ましそうにしてたから、相当欲しかったんだろうなと思って」
「あれはその……」
見られていたことが恥ずかしかったのか、頬を朱に染める女の子。
「どうしても手に入れなきゃいけない理由があるんでしょ? それに、このマリンちゃんも、俺なんかより、君みたいな女の子の元にいた方が嬉しいと思うし」
「でも、お兄さんだって欲しかったんじゃ?」
「俺は急ぎじゃないから、また再版された時に購入できればいいよ。だからこれ、受け取ってくれると嬉しいな」
「……本当にいいんですか?」
「あぁ、もちろんだよ」
女の子は、恐る恐る俺が差し出したマリンちゃん人形に触れる。
俺が手を離すと、女の子は大切そうにマリンちゃん人形を両手で抱きかかえた。
「ありがとうございます……」
「いいえ、どう致しまして。心なしか、マリンちゃんも喜んでるように見えるね」
女の子が抱きかかえるマリンちゃん人形は、相変わらず可愛らしい目をキランと輝かせている。
「あのっ、お金お支払いしますね!」
「いいって、いいって。プレゼントって事で」
「そういうわけにはいきません! 初対面の人にグッズをいきなり手渡された上に、お金もお支払いしないなんて、私のポリシーに反します!」
「まあ、どうしてもというなら受け取るけど……」
年下の女の子にお金を貰うのは気が引けるけど、彼女のプライドを傷つけないためにも、ここは大人しく従って受け取ることにする。
彼女が律儀に定価価格を差し出してきたので、俺はそこから700円を受け取り、3000円を彼女のお財布の中へと返した。
「これだけでいいよ」
「いえっ、流石にそれは……」
「本当に気持ちだけでいいんだよ。俺はアルバイトもしてるし、お金には余裕あるんだ」
ここは少しでも、男としての見栄を張らせて欲しかった。
「何から何までありがとうございます……」
彼女もそれを汲み取ってくれたのか、引き下がってくれた。
「実はこの人形、今日観戦に来れないお姉ちゃんのために買わきゃいけなかったんです」
女の子が必死になっていた理由を教えてくれた。
きっと彼女のお姉さんもまた、こういった類のキャラクターが好きなのだろう。
「そうだったんだ。それじゃあお姉さんに、大切にしてねって伝えておいてくれると嬉しいな」
「はい、絶対に大切にしてねって伝えておきます!」
女の子は本当に嬉しそうな笑顔を見せて、首を縦に振った。
それだけで、このマリンちゃん人形は幸せ者である。
「それじゃ、俺はそろそろ客席に戻るから」
「あっ、あの!」
俺が再入場口の列に並び直そうとしたところで、女の子が服の袖を引いてきた。
「ん、どうしたの?」
「あの……良かったら、これも何かの縁ですし、連絡先交換していただけませんか?」
「えっ……」
突然の提案に、俺は眉根を顰めてしまう。
こういう時、どう対処すればいいのか、女の子慣れしていない俺には分からなかった。
「あっ、ご迷惑であれば、全然構いませんので!」
「分かった。交換しようか。言った通り、これも何かの縁だしね」
こうして俺と女の子は、それぞれスマホを取り出して、インスタのアカウントを交換した。
「
俺は下の名前でアカウント名を登録しており、アイコンはユニフォーム姿でスタジアムをバックにして撮影した写真になっている。
「えっと……
「はい!
「うん、こちらこそよろしくね」
松田かぁ……。
思い出されるのは、Fマリノスのレジェンドであり、永久欠番にもなっている背番号3番、
34歳という年齢で、心筋梗塞で命を落とすまで、闘志を燃やす選手としてマリノスで活躍した選手である。
「ひとまず連絡先交換も終えたし、スタジアムに入ろうか」
そろそろ、試合開始一時間前になる。
選手アップが始まる時間帯だ。
「あのっ!」
俺が再入場口の列へ並ぼうとすると、再び莉乃ちゃんが声を掛けてくる。
「ん、どうしたの?」
「試合が終わったら、DM送ってもいいですか? 試合の感想とか語り合えたらなって」
もじもじと身を捩りながら、不安げに聞いてくる莉乃ちゃん。
俺はふっと破願した。
「もちろんだよ。色々試合について語り合おう」
そう返事を返すと、莉乃ちゃんはぱぁっと表情を明るくさせた。
「ありがとうございます! それじゃあ、気軽に連絡させて貰いますね!」
「うん、是非是非」
同じ趣味を持つものとして、試合内容などを語り合えるのは嬉しいことだ。
それに俺は、同い年ぐらいの応援仲間がいないので、莉乃ちゃんみたいな子は貴重なのだ。
こうして俺にとって初めての、ファン友達が出来たのであった。
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