第5話

 ──日曜日が終わり、期日の月曜日になる。それでも俺は美帆の好きな人が思い浮かばず、自分の席に座りながら、机をジィー……っと見つめていた。


 するとコトッと机に何かが置かれる音がして、視線をそちらに向ける──そこには薄いピンク色した丸い箱が置かれていた。


「まだお悩みですか? だったら気分転換にチョコなんていかがでしょう?」と、美帆は言って微笑む。


 そうか、今日はバレンタインデーか。すっかり忘れていた。


「──あぁ、ありがとう」

「どう致しまして」


 美帆はそれだけ言って、自分の席の方へと戻っていった。俺はチョコが入った箱を手に取りジッと見つめる。


 ──嘘つき呼ばわりして、怒鳴りつけるような幼馴染なのに、今年も義理チョコを用意してくれたのか……。


 俺はチョコが入った箱を鞄にしまうと、美帆の席に向かって歩き出す──。


「美帆」と俺が声を掛けると、美帆は俺の方へと顔を向け「ん? なに?」と返事をした。


「今日の放課後、空いてる? 少し話がしたいんだ」

「分かった。どこが良い?」

「美術室の裏」

「分かった」


 俺はそれだけ伝えて、美帆の席から離れる。美術室の裏なら滅多に誰も来ないから落ち着いて話が出来るだろう。


 幼馴染の好きな人が分からなかったから何だ。知らないなら、これからもっと知ればいい。まずは優しい美帆に、謝らなくちゃ。


 ※※※


 昼休みに入り、俺はジュースを買いに廊下に出る。


 向かい側から同学年の男子二人組が歩いてくるので端に避けると「おい。俺、今日チョコレート貰っちゃた」と、会話が聞こえてきた。


「え、誰々?」

「橋本さん!」


 橋本? 美帆の事か? 気になった俺は足を止め、聞き耳を立てる。


「橋本って、2年C組の橋本美帆のこと?」

「そう!」

「マジかよ! だったら見せてみろよ」

「いいぜ」


 同学年の二人組は俺の前で立ち止まる。気まずくなった俺は灰色のズボンから携帯を取り出し、見ているふりをした。


「ほら、これ!」

「──なぁんだ。それ義理チョコじゃん」

「何で義理チョコだって分かるんだよ!」

「だって何にも包まれてないし、それと同じの持って喜んでるやつ、見かけたもん」

「なぁに! くそぉ……義理だったのかよ」


 男子の一人は落ち込んでいる男子の背中を叩くと「まぁ、可愛い子にチョコを貰えただけでラッキーじゃん?」


「まぁ……そうだな」

「前向きに考えようぜ!」


 男子二人はまた歩き始め、俺の横を通っていく──確かにあのチョコは買ったままの状態だったし、コンビニで売られている単なる板チョコだから義理なんだろうな。


 でも俺のは……俺のはちゃんと箱に入っていたし、可愛い赤色のリボンもつけられていた。幼馴染だから特別なのか? それとも──。


 ※※※


 放課後になり、俺は掃除を済ませると直ぐに美術室の裏に向かう──俺が到着すると、美帆は既に待っていた。


「お前、掃除サボったな」

「人聞きの悪い。ちゃんと掃除はしたよ! ちょーっと、はしょったけどね」

「それ、サボったのと変わらないだろ」

「ふふ。それで話って何かな?」


 美帆はそう言って微笑む。


「この前……疑ったり、怒鳴ったりして悪かった」

「あぁ、そのこと……長く付き合ってれば、そんな事もあるよ。私は気にしてないから気にしないで」

「ありがとう」

「話ってそれだけ?」

「いや……お前の好きな人について何だけど──」


 美帆は後ろで手を組むと首を傾げて「分かった?」


「うん」

「そう……自信は?」

「ちょっとだけある」

「じゃあ、聞かせてよ」


 義理チョコの話の後、俺は過去を振り返った。最近じゃなく、もっともっと昔のことまで……だから自信はある。あるけど──。


「あれあれ、自信があるんだよね? じゃあ何でなかなか言わないのかな?」


 美帆は俺が誰を言うのか知っているかのように、俺を煽り立てる。俺は「お前、もしかして、もう気付いているんじゃないのか?」


「さぁ? 分かりません」

「くそぉ……」

「──あのさ、何で躊躇っているのか分からないけど、冗談っぽく言ってみたら? 私達の関係なら、間違えていたって恥ずかしくないでしょ?」

「──それも、そうだな」


 俺はスゥー……っと息をして、ゆっくり吐き出す。口を開くと「美帆の好きな人って、もしかして俺?」


 それを聞いた美帆は直ぐに頬を緩ませ「そうだよ、俊司。あなただよ」と口にした。そして俺に近づくと、髪の毛をクシャクシャにする程、強く撫でると「よく言い当てられたねぇ~」


 言った通り期日までに言い当てる事が出来たが……振り返ってみたると美帆の手のひらで転がされていただけだった様で、勝負に勝って試合に負けた気分だ。


「にしても何で俺な──」と俺は言い掛けたが、直ぐに口を閉ざした。美帆は俺の頭から手を離すと「俊司、正解。その先の答えはもう喫茶店の時に答えてる」


「そうだよな──あのさ。返事だけど、ちょっと待っててくれないか?」

「良いけど……何で?」

「俺さ、いままでお前の事を何でも知っているつもりでいた。だから恋愛関係に発展しないのは、俺のことを好きじゃないからって勝手に思い込んでいたんだ」


 俺はこの先の話をするのが照れ臭くなり、一旦中断し髪を撫でる──でもここまで打ち明けたんだ。頑張れ、俺!!


「だから……だから俺、幼馴染としてお前を見るのはもう止める。異性として……美帆としてお前をみて、また1から知って行こうと思う。それで自信が付いたら、俺の口から返事をしたいから、待っていて欲しいんだ」


 美帆は優しく微笑み、俺の手を握ると「分かったよ。それまで待ってる」


「ありがとう」

「今日も部活?」

「うん、部活だけど……そんな気分になれないから、サボっちゃう」

「いいね。じゃあ一緒に帰ろ」

「うん」


 俺達は手を繋ぎながら、裏庭を歩き始める──。


「安心したら腹減ってきたな。そうだ。貰ったチョコ、食べよう」

「え!? い、今!?」

「ダメ?」

「ダメ……じゃないけど、恥ずかしい」

「もしかして手作り?」

「もしかしなくても手作りです! 毎回、手作りだったんだよ?」

「マジ?」

「マジ!」


 俺は立ち止まり、チョコの入った箱を取り出すと──中身を確認する。中のチョコはハート型をしていて、ホワイトチョコでハッピーバレンタイン!と書かれていた。ちょっと文字が歪んでいて、素人の感じがするから、本当に手作りなんだろう。


「やべぇ……マジ、分かってねぇ」

「これで一つ、私のことを知れて良かったですね!」

「あ、あぁ……」


 いつもの関係の様で……いつもとちょっと違う。そんな関係にドキドキしながらも、俺は美帆と楽しく帰った。


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誰が好きか言い当てるのが得意な俺だが、幼馴染の好きな人を言い当てられない。悔しいから、お前が決めた期日までに絶対、言い当ててやるからな! 若葉結実(わかば ゆいみ) @nizyuuzinkaku

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