第10話

 帰っているとき、すでに夕日がそっと顔を出すくらいの時間帯になっていた。星空町全体が薄いオレンジ色に染まっていって、そしてカエルのお互いに呼びかける鳴き声が、一斉に大合唱を奏で始めた。


 おおくの人が頭の中で想像するであろう田舎の雰囲気が、ここになってようやく姿を現してきたみたいだ。言っちゃ悪いけど、やっぱりさっきのショッピングモールなんかよりも、こっちの方がよほどこの町、って感じだ。


「私ね、星空町みたいなとこに憧れてたんだ」


 ゆっくり歩いている途中に、セナが突然口を小さく開いた。普段のテンションが高い彼女とは打って変わって、感傷に浸っているような、そういう表情で。


「そうなのか? 」


 と俺が聞き返すと、セナは「うん」とだけ言って、何故か空の方を見つめた。


「話したことあったっけ? 私、小さいころは、都会の、本当に都会で暮らしてたの」


「……ああ、言ってたね。たしか、めちゃくちゃ金持ちしか住めない、中心街のタワーマンションがいっぱい立ち並ぶ」


「へへ、そう。だから、便利だったし、毎日が刺激的だった。飽きることなんか、全然ない」


「まあ、そうだろうね。本当、ここで育った俺からすれば、だいぶうらやましいよ。子供のときから、ああいった場所で暮らせるなんてさ」


 こういった会話は、セナとよくかわしてきた。俺には、都会で育っておきながら、何故田舎なんかに憧れるのかよくわからんが、きっと、彼女には違うように見えているのだろう。何か光るものがあったのだろう。


 俺が、都会に変な理想を持っていたのと同じだ。


 この町に住んでいたころの俺は、都会、というものに馬鹿馬鹿しいくらいの幻想を抱いていた。有名なアーティストたちの生い立ちを調べてみれば、どこか小さな町で生まれて、上京して、スーパーアイドルになれた、というサクセスストーリーがよく出てくるだろう。


 元々、小さなバンドだった、全く平凡な人だったけど、都会に出てきて、その才能を十分に発揮した。一気に花開いた。


 でも、さすがに今の時代知らない人はいないだろうけど、そうなれるのはほんの一握り。俺が抱いていた都会のイメージは、その一面を見ていたに過ぎない。たかが住む場所を買えたくらいで、ミラクルドリームが起こるはずもなかった。


 隣でセナが、また心配そうな顔で見つめていた。まずい、今日はなんだかいろいろよくないことを考えてしまう。


「な、何にもない」


 彼女の表情を見て、俺はまだ何も聞かれていないのにこう言っていた。これ以上、セナには暗い気持ちになってほしくなかった。


 


「あ! 」


 しばらく何もしゃべらず歩いていると、突然セナが何かを指さして大声を上げた。目をまん丸く見開いて、誰かしばらく会ってなかった友達に久しぶりに再会したかのような表情だった。

 

 まあ、久しぶり、ではないが、友達であることは間違いなかった。


「おお~」


 そこには俺たちのバンドのリーダーのデビルとドラムのサイノウがいて、べとべとしたアイスを口にくわえて立っていた。どこか、見覚えのあるような、つい最近も来たような場所で。


 例の、おじさんの駄菓子屋だ。


「ん? お前らもおじさんの菓子食いに来たのか? 」


 デビルがいつものような笑顔で俺たちの方に近づいてきた。


「ちがうよ? たまたま」とセナ。


「まあ、たまたまでもないな。俺たちの帰り道だったら、ここは絶対通るから」


 俺が補足した。


「デビルたちこそ、なんで? 」


「なんでって、なあ? 」


 デビルは、駄菓子屋の入り口で座っているサイノウの方を振り向いていった。


「今日はデビルと今度のライブの練習してたんですけどね。意外に早く終わったから、デビルに連れてきてもらったんですよ」


「ふ~ん。どうだった? 怪奇現象でも起きた? 」


 すると、サイノウは首を横に振った。


「全くですね。デビルの言う通り、優しいおじさんがいる普通の駄菓子屋です。ネットの情報は鵜呑みにするなということですね」


「誤解が解けたようでよかった………あ、セナ? セナにはまだ言ってなかったんだけどさ……」


 そういって俺は彼女の方を見たが、そこにはセナはいなかった。周りを見渡してみると、彼女はおじさんのほうまで行って、駄菓子を買っていた。


「せ、セナ……」


 肝試しで一回ここに来た時にはあんなに怖がっていたのに、彼女はすっかりおじさんと親しげに話していた。まるで、親戚同士の会話みたいに。


 仕方なく俺も駄菓子を買うことにして、バンドのメンバー全員でおじさんと時間を過ごすことにした。


「いつか、この駄菓子屋さんでもライブやらない? 」


 セナが大きな声で言った。


「ここでか? 」とデビル。


「うん! できれば大人の人たちも集めて、おじさんがいい人だってわかってもらうの」


「あんなに怖がってたのに、良い人認定? 」彼女の変わり身の早さに、俺は驚いて聞いた。


「だって、ちょっと話してみたら、すぐいい人だってわかったもん。町の皆にも、分かってもらいたいでしょ?」


「……そうですね。たしかに、こんなに良い人がいわれのない噂で傷つけられるのは許せません」


「みんな、わしなんかのために、そんなせんでもいいんやぞ? 」


「いや、そうだな。俺たちだって、最初は嘘に乗っけられたんだ。このままにしとくのはリーダーとして、見過ごせない。お前も賛成だろ? レイ? 」


 当然、いつもお邪魔してる俺がこれに反対する理由はなかった。もしかしたら、俺たちのバンドで誰かを救えるかもしれないんだ。


 ということで、俺たちはどういう曲、ライブにするか考えて、わいわいしあった。おじさんも、楽しそうに笑っていた。


 

 だが、そんな時間はいつまでも続かなかった……


 遠くから、誰かの足音がゆっくり近づいてきた。その足音は間違いなくこちらに向かっていた。他のメンバーは気づいていなかったけど、俺にはしっかりと聞き取れた。


 不審に思った俺は音がする方を恐る恐る振り返ってみた。そこには、青い制服を着た屈強そうな男が、腕を組んで仁王立ちでこちらをにらんでいた。


「……なんですか? 」


 俺は、その男にこう声をかけた。すると、男はさらに近づいてきて、俺の顔が張り付くくらいの距離までしゃがんだ。


 そして、こういった。


「警察だ。しばし、お前たちに聞きたいことがある」




 






 




 






 












 


 


 


 


 




 


 

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バンドマンとして生きる夢をあきらめた青年は、とある嫌われ者おじさんの駄菓子屋に行く トドキ @todoki

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