第9話

 手を引かれて連れてこられたのは、多分ショッピングモールの中で一番人気な洋服店だった。数えきれないほどの洋服がバーゲンのごとくあらゆるところに揃えられている。店内のスタッフも最近流行のおしゃれな服装で接客。


 試着室も何室か用意されていて、お客のニーズをよく理解している。壁の塗装も、特に若い人が居心地のよさそうな配色だ。おしゃれ大好きなセナも満足にショッピングできるだろう。


 ファッションなんぞほとんど気にしてこなかった俺でも、ここにいれば嫌でも興味を持ってしまいそうだ。


「……どう? かわいいお店でしょ?」


 店の内装に見とれてしまっている俺に、セナはうれしそうな声でこう言ってきた。この彼女の表情を見るあたり、ここの店はおそらくセナのお気に入りだろう。


「でも、なんで、ここに? 」


「なんでって、衣装を選びに来たんじゃない。ライブの! 」


 そりゃそうだ……


「じゃあ、俺、ここで待ってるから、好きなの探して来いよ。俺はいつも着てるやつでいいからさ」


 試着室の近くには、この店のスタッフさんが立っていて、どうやらお客さんのご機嫌を取っているみたいだった。「お似合いです~」とか「こちらもいいですよ~」とか、まあ、よく見る光景だ。


 その場所以外でも、スタッフがお客さんにおすすめを言っていたりする。さすがに俺はいらんだろ。


 けど、セナは俺をむっとした表情で見つめていて、なんだか不満そうだった。


「い、いかないのか? 」


「……レイもついてきて! 」


 そういって、セナは俺の手を握ってきた。


「え? 」


「レイにも似合ってるか見てもらいたいの」


「スタッフいるのに? 」


「……うん」



 どういうわけか、俺は彼女のファッションを確認してあげることになってしまった。このファッションセンスなんぞ全く持ち合わせていない俺が。


 セナは「じゃあ、待っててね」といって、いつもとなんら変わらない様子で気に入った服を持って試着室に入っていった。女の子らしく元気いっぱいで、周りの人を幸せにするようなオーラを放って。


 けど、彼女と長い付き合いがある俺には、明らかにおかしい点があることに気づいていた。


 それは、彼女が洋服を買うとき、壊滅的なファッションセンスの俺に見てもらいたい、とは絶対に口が裂けても言わない、ということ。


 

「じゃじゃーん! 」


 すこししてから、セナが試着室のカーテンを勢いよく開けた。手に持っていた洋服の量からして何回も試着することになるのだろうが、まずは一つ目のコーデだ。


「ど、どうかな? 」


 セナにしては珍しく、まるで恥じらうような声で聞いてきた。よく見ると顔も少し赤らめている。


 こんなキャラだったっけ……


「お客様お似合いですよ! ねえ? 」


 俺が反応するよりも先に、隣にいた女性のスタッフがこう言ってきた。


「は、はい。い、いいとおもう、ぞ? 」


「……」


 すると彼女は黙り込み、また頬をふくらまして俺を見てきた。なんだ? おれなんか変なこと言ったか?


 内心あたふたしている俺を見ると、女性のスタッフが突然にっこりと笑ってきた。そして、「可愛いですよね? 」と俺に念を押すように聞いてきた。


 セナも、何かを待っているような眼で俺を見つめる。


「か、可愛い、ぞ? 」


 俺は小さくささやくような声でこう言った。異性に対して、可愛い、とストレートにいうのなんか初めての体験だった。


 いや、セナが可愛いのは事実だ。


 実際、彼女はミズコンで入賞したこともある、まぎれもない美人。それに『日本では』狂ってるぐらい需要のある童顔で、大学存学中に男たちから幾度となく告られていた。


 ほら、今もツインテールをしているが、二十三でこの髪型が似合う女性なんて少ないだろう。


 バンドをやってなければ、彼女は今頃アイドルかなんかになって大成功していたはずだ。


 

「レイ? 」


 と、またいろいろ考えている間に、セナが呼びかけてきた。なぜか、今、彼女を見ると急に心臓の鼓動がはやくなる。彼女に対して恋愛感情なんか持ってないのに。


「……また、着替えてくるね、待ってて」


 セナの声がますますきれいに聞こえてくる。


「ああ」


 とだけ言って、俺はいったん後ろを向いて心を落ち着かせた。


 

 彼女が着替え終えるのを待っている間、さっきの女性スタッフがなんだかもじもじして俺に近づいてきた。試着室と俺を交互に見て、なんだか恥ずかしそうに歩いてくる。


「な、なにか? 」


「あ、あの……カノジョさん、ですか? 」


「え? い、いや、全然、そんなこと、ないですけど? 」


「ち、違うのですか? 」


「そうですけど……そう見えました? 」


「うふふ。恋人同士にしか見えなかったですよ? 」


「ん、んんんん」




 結局、変な気持ちを抱えたまま、そのあとも彼女のいろんなコーデを見た。ただ、セナはすごく楽しそうにしてたから、まあいいだろう。それに、やっぱり彼女のファッションはすごかった。


 今度の、子供たちを集めてやるライブにぴったりな服装を選んでいた。


 彼女はその中の、何着かを買うことにしたようだ。


 服のほかにも、ライブに必要な道具をたくさん買った。その間、俺たちは少し緊張した感じになりつつも、ショッピングを楽しむことができた。


 主に、セナのおかげだ。彼女は今日、いつもよりも格段に優しくて、俺のことを気にかけてくれてるみたいだった。


「今日は、楽しかったね! 」


 帰り道にも、セナはずっと笑顔でいた。


「あ、ああ」


「ふふっ。ありがとね、付き合ってくれて。おかげでライブに必要なもの、全部買えちゃった! 」


「お、俺も、ありがとな」


「えへへ。なんか、良い感じ! 」


 


 


 



 


 


 


 




 





 

 



 

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