第8話
デート、と聞けば一体どういうものを想像するだろう? 気の合うカップルが、お互いに気合の入った服装をして、おしゃれなレストランで食事? 男性が女性をかっこよくエスコートし、まるで王子様とお嬢様のような一日を過ごす?
とにかく、優雅なお付き合いを想像するだろう。
だから、セナと俺はカップルでは全然ないけど、彼女がデートというからにはちゃんとした格好で行った方がいいのかと思って、今日は整った洋服でショッピングモールに来た。
バンド一筋でやってきた俺にできる最大限のコーディネートで。
で、それを言い出した本人はというと、どうだったと思う?
「あ、おまたせー! 」
ショッピングモールの一番待ち合わせに使われる場所で立っていると、セナが手を振ってこっちに歩いてきた。……見てみろ。
俺が精いっぱいのおしゃれをしたのとは全然違って、セナはえらくラフな格好できた。いや、ラフといっても、俺の恰好よりかは数十倍おしゃれだ。男の俺にとってのおしゃれなんかたかが知れてる。
セナは十分おしゃれをしている。だが、長年の付き合いだからわかるけど、これは彼女にとっては全く気合の入っていないコーデだ。普通にいつも着ているようなコーデ。
「セナ、お前、ずいぶんと普通の服で来たな……」
「んん? そうだよ。なんかまずかった? 」
「いや、別に」
俺がそう言って口を閉じると、セナは突然俺を凝視しだした。
「あれ? どうしたの、レイ? 今日なんか気合入ってるね? 」
「ん、んなわけねえだろ。これは俺様にとって普通の恰好だぞ」
動揺しているからか、変な一人称になってしまった。
「そう? 結構頑張ったでしょ? それ」
「違うって! 」
この部分の会話だけで、彼女が昨日電話で言った内容をすべて忘れているのはよくわかった。この状態でデート云々いうと、絶対にからかわれる。その辺のことには触れずに、とっとと買い物を済ませるのが無難だな。
「さ、さあ早く行くぞ。多いんだろ? 買わなきゃいけないもの」
「あ、そうなの! 」
と、いうことで、俺たちはショッピングモールの中を歩き回ることにした。さすがはこの星空町で一番でかい建物なだけあって、たくさんの店が収容されているな。店だけじゃなく、映画館、ゲームセンター、ボーリングと、娯楽要素も十分だ。
主な客層は家族連れ、もしくは中高生の子供たちだ。俺も子供のころは、よく親と一緒にこのショッピングモールに足を運んだ。いや、そもそも若い人にとって、この町ではここ以外に楽しめるところはまずないだろう。
実際、店側もそれをわかっていて、売ってるものも普通の生活用品だったりよりかは最近の流行を取り入れた、現代っ子に受けそうなものが圧倒的に多い。それに興奮して、セナもあちこちで毎回大はしゃぎだ。
「きゃー! 見てみて! 今、高校生に大人気のバンド、ミセス・イエローパイナップルのグッズだ! あ~いいなあ~買っちゃおうかな~? 」
「好きなんか? 」
「うん。大好き! メンバー皆イケメンだし、性格もいいって評判! なにより曲が素敵なの! はあ~。今年、全国ツアーが開催されるんだけど、チケット、当たらなかったんだよね~」
「……そんなに? 」
「あら? レイと同じ年齢のバンドだから、知ってると思ってたんだけど、知らなかった? 」
「あ、ああ」
小さな声で、俺は吐息を漏らすようにつぶやいた。
まあ、そうだよな。
すごく変な話だが、俺はバンドやってるくせに、最近のバンド、歌手はほとんど知らない。俺より若い間で流行ってるやつなんかさっぱりだ。
もちろん、それは音楽やってるものとしては失格に値する状態だろう。市場を理解しておく、という点においても、耳を鍛える、という点においても。
だが、俺にはどうしてもそれができない。いやむしろ、セナのように、素直にメインストリームで活躍してるアーティストを応援する、という感覚が俺にはよくわからないんだ。
ある程度音楽をやっている人ならわかると思うけど、この世界は端的に言えば早いもの勝ちなんだ。本当の話、界隈を覗いてみれば、活躍しているのはだいたい若い人たち。彼らは十代後半、遅くても二十代前半で成功し、ファンの獲得にはげむ。
それ以降で、なんてよっぽど才能や運があったりしないと基本無理だ。
そして、俺はもうすぐそれ以降に入る(現在24)。しかも、俺は別に二十に入って音楽活動を始めたとか、そんな身ではない。バンド活動を開始したのは小学五年生のころからだ。これは特段早いってわけでもないが、全然遅くはない。
なのに、これで未だに成功してない。
ごちゃごちゃ言わなくてもわかる。俺には、才能がない。だから、俺より若い人とか、もしくは遅く始めた人がメインストリームで活躍するのを見るのは、正直言って苦痛でしかない。
みにくい嫉妬が止まらなくなる。こんなんじゃ、音楽自体が嫌いになる(なりかけてる)。だから、俺は彼らを見ない。
「レイ? どうしたの? ねえ、レイってばあ! 」
「わ、わあ! す、すまん。ちょっとボーっとしてた。」
ミセス・イエローパイナップルのグッズを凝視したまま立ち止まっていた俺を、セナは心配そうに覗いていた。近くにいたお客さんたちも、何かあったの? といわんばかりに集まっていた。
「だ、大丈夫? 」
「なんともない……本当に、ボーっとしてただけなんだ」
「レイ……ごめんね」
彼女は消えてしまいそうな声で、こういった。いや、セナが謝ることなんて何一つない。俺が一人で勝手に嫉妬してるだけなんだから。
ただ、セナはどうも、俺が、俺たちのバンドが売れないことに焦りを感じていることに気づいてるらしかった。彼女の表情も、まるで俺を、余命を宣告された人のように、哀れんでいるよう。
気にしなくていい、セナは自分の楽しみを精一杯楽しんでいい。そう言ってあげたい。
「セナ、気に―」
「レイ! 」
突然、セナは急にまた笑顔に戻って、俺の手を握ってきた。
「ちょっと来て! 」
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