第4話

 にぎわっていた子供たちも急に静かになり、周辺はかなり気まずい雰囲気になった。この子たちとおじさんの世界の間に、短い間で二回も大人に割り込まれたんだ。彼女らとしては、いい迷惑だろう。


 きれいに整った花壇を、野良猫が踏み荒らしているようなもの。


 みさきのママは、これでもかというほど、彼女を容赦なく責め立てていた。まるで、妖怪扱いされているおじさんのことは見えていないかのように。


「あのね、私があなたにこういうのは、ちゃんと理由があって……」


 それにしても、説教がずっと止まない。すると見かねたデビルが、みさきのママの前に出て―


「おいおい、みさきちゃんが自分の意志で来てんだから、自由にさしてやれよ。それに、駄菓子屋のおじさん、良い人だぜ? 」


「はあ? なんですか、いきなり」


「だ~か~ら~。好きにさせてやれって! 」


「!? なんですか? その口調は。絡みたいだけならやめていただけます? 警察呼びますよ? 」


「え~! 」


 彼女が本当にスマホを取り出したのを見て、デビルは引き下がってしまった。普段はこんな感じで、初対面の人にもため口でオラオラいく彼でも、さすがに警察は怖いみたいだ。


 強く出ていたデビルが委縮したことで、みさきのママは今度は彼に対しても説教をし始めた。


「いくら娘の意志でも、ここに来ることだけは許しません。あなたが何を言おうと、絶対に。だいたい、こんな妖怪男、信用できないです。もしみさきに何かあったら、あなたは責任をとって―」


「あの、他人に対して妖怪男って呼ぶの、どうなんですか? 」


 デビルに変わって、今度は俺が前に出てみた。昨日あんなことした俺が言えたっきりじゃないけど、この言説はさすがにおかしい。おじさんの目の前で、どうどうと人間扱いしていないなんて異常だ。


「……君は少しは礼儀をわきまえてるんだ。たしかに、知らない人に面と向かって妖怪男なんていうのは失礼でしょう。それは私もその通りだと思います」


 彼女は、デビルのときとは打って変わって、すこし態度をやわらげてこう言った。そして、おじさんの方を振り向いて、重く、その頭を下げた。


「ごめんなさい」


 おじさんは変わらず、笑顔で応じる。


「でも、みさきがここに来るのは、許可しません」


「なんでですか? 」


 俺がそういうと、彼女はため息をついて、もう一度俺の顔を見た。


「最近、このあたりで行方不明事件が多発しています。毎日、連続して、です」


「行方不明事件? 」


「ええ。しかも、そのほとんどは女性や子供。不思議ですね。ここを通った人たちばかりです。そして、私たちはそこに座ってるご老人が犯人だと確信しています」


「なんで!? 」俺は思わず驚いてしまった。


「そもそも、このあたりに住んでいるのはこのご老人だけです。他はみんな空き家で、人は住んでいません。さらに、事件が多発するようになってから、駄菓子屋、そして周辺から、苦情が出るほどの異臭がします。そこにこんな怖い顔の人がいたら、誰だって疑うでしょう」


「そ、そんなことで―」


「それに、最近は面白半分でネットに動画を上げるために、わざわざこの場所に足を運ぶ人も増えました。もし、みさきが駄菓子屋に来た時に偶然、彼らが来たらどうなると思います? 」


「……」


「みさきの顔が全国に知れ渡り、取り返しのつかないことになるかもしれません。あなたも私と同じ若者なら、その危険性くらいわかるでしょう? 」


 気が付くと、俺は何も言えなくなっていた。彼女は単なる嫌がらせではなく、みさきのためを思って行動していたんだ。


「ほら、行くよ」


 俺が黙っている間に、彼女はみさきの手を取り、駄菓子屋から離れた。みさきはさみしいような表情でこちらを見つめて、ママに引っ張られていった。おじさんは、それをずっとおとなしく眺めていた……





「おじさん、本当にすまない」


 子供たちが帰って日が沈み始めてからも、デビルと俺はおじさんの駄菓子屋にいた。その間、特にデビルはおじさんに対して何度も何度もこんな風に謝っていた。デマだったりが大っ嫌いな彼にとって、自分がそれに加担していたというのは、許されないことだったのだろう。


「にいちゃん、気にせんでええよ。もう慣れとるわい」


 おじさんは優しくデビルをなだめる。

 

「でも……」


「それに、もうそろそろ日が暮れる。はやくここから離れた方がええ」


「ど、どういうことですか? 」俺は身をかがめて、こういった。


「もうすぐ、この辺りには奴らがくる。たくさんの、亡者たちがな。憑かれんうちに、とっとと帰りなさい。死にたくなければ」


 おじさんは最後わけのわからないことを言って、店の中に消えていってしまった。




 すっかり暗くなった夜道を、俺とデビルは会話をしながら歩いていた。デビルのアパートは俺のとは反対方向だけど、今日は俺のところで飯を食いたいらしかった。おじさんと駄菓子屋のことで、いろいろと思うことがあったらしい。


「やっぱり、納得できねえ」


 デビルが腹立たしそうに言った。


「何が? 」


「あんなに良いおじさんが妖怪だなんて、俺が許せねえ」


「そうはいっても、俺らがどうこうできる話じゃないし」


「いや! なんとかする。そうだ、今度バンドで、おじさんの歌を作って演奏しよう! 」


「え~」


「なんだよ。そうすりゃ、少しはおじさんの好感度も、あが……」


 突然、デビルが足を止め、目を見開いて、口を閉じた。まるで、おばけでも見たかのような表情で。


「……な、なあ。さっきおじさんが言ってた亡者って、あれか? 」


 デビルが、ふるえて目の前の方を指さした。俺がその方向に目をやると、白い服を着ている女性が、そこには立っていた。


「あ、あしが……ねえぞ……」


 たしかに、その女性には足がなかった。そして、こちらを不気味に笑いながら見つめている。


「お、俺ら、死ぬのか? 」


 デビルばっかりしゃべって、俺は全く言葉が出なかった。俺の目の前には間違いなく足のない女性が浮いていて、それもだんだんこっちに近づてきてる。


 すると突然、女性が勢いよく俺たち目がけて接近してきた。早すぎて、逃げられそうもない!


「う、うわあぁぁああ! 」




 


 


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