第3話

 デビルの恐ろしい報告を聞いて、俺は彼と一緒に例のおじさんの駄菓子屋へと走り出した。彼の「子供たちを襲っていた」という話が本当であれば、由々しき事態だ。様子を見て、まずそうなら警察も呼ぼう。


 俺はスマホをバックから取り出して、いつでも連絡できるようにしておいた。


 しばらくして、例のおじさんの駄菓子屋が見えてきた。よく目を凝らすと、たしかに、あの怖いおじさんの周りに、子供が数人群がっていた。


 ん? 群がる? 襲われてるのに?



 ちょっと見ているものと自分の言葉が矛盾しているように感じて、俺はデビルの顔を確認して、こういった。


 

「なあ、あれ、襲われてるように見える? 」


「はあ? そうだろ? だって、あんなに怖い顔したおじさんが、子供を自分の駄菓子屋に引き連れてんだぜ? 」


「……でも、子供たち、普通にお菓子買ってるみたいだけど」


「え? 」


 この会話が終わると、俺とデビルは足の動きを止めて、そこから駄菓子屋に向かってゆっくりと歩き出した。


 


「おじさん! アイスちょうだい! 」


 汗をだらだらに流したぽっちゃりとした少年が、手のひらに乗せたお金を突き出してこういった。でっかいかばんを背負ってるのを見るあたり、なんかのスポーツをやってきたあとのようだ。


 中学生にしては幼い気がするから、小学生だろう。多分、地域のクラブに入ってるのかな?


「はいよ」


 笑顔でおじさんは答えると、冷凍庫に入っているアイスを取り出して少年に渡した。


「おじさん、僕にも! 」


「ちょっと、私がさき! 」


「おらの分残るかな」


 アイスをもらった少年に続いて、その他の子供たちが次々にお菓子をねだり始めた。俺が聞いていた話と違って、大人気じゃん。



「デビル……やっぱり、その記事とかネットの噂って、デマじゃね? 」


「……おかしいなあ。ネットではほとんどの記事でボロクソ言われてたんだけど」


 噂と実情が全く違うことに困惑して、俺たちは固まってしまった。俺たちが今見ている光景がまぎれもない事実なら、巷での噂、ネットでの言説はとんちんかんな虚偽であり、俺は少なくとも、そんなものをうのみにして、昨日……


「ん? どうしたんじゃ? 」


 自分の頭の中でいろいろ考えていると、そこに突っ立ていることに気づいたおじさんが、こっちを見ている。


 集まっている子供たちも、何事だ、という感じでじっと俺たちを覗いていた。


「あ……」


「れ、レイ」


「どうした? デビル? 」


「俺は決めたぞ」


「何を? 」


 そういって、デビルは突然、おじさんの方にゆっくりと歩き出した。その後ろ姿は妙に真剣で、まるで何かを決意しているような感じだった。


 そして、おじさんの前に立つと、しばらく黙り込んで、そのあと、ひざを折って、地面に頭をついた。


「このたびは、いわれのない誹謗中傷を広めてしまい、まことに申し訳ございませんでした~! 」


 

 

 デビルが土下座した後、おじさんは優しい顔で「いいよいいよ」といって、俺たちを歓迎してくれた。俺も、昨日のことと一緒に謝った。さすがに土下座まではしなかったけど。


 ここに来てた子供たちは寛容で、俺らみたいな大人もすぐ受け入れてくれた。


「へえ、君たちは、毎日学校帰りとか、クラブ帰りにおじさんに会いに来てるんだ」


「うん! アイスをね、みんなで食べるのが楽しいの! 」


「ねえみてみて、おじさんにね、おもちゃもらったんだあ! 」


「へえ」


「でも……」


 突然、一人の少女が、なにやら悲しげな表情でこう言った。


「でも? 」


「みさき、ママにも教えてあげたいの。本当は」


「え? 紹介すればいいじゃん。こんな優しいおじさんがいる駄菓子屋なんだから、きっとママも喜ぶと思うけど? 」


「ううん。ダメなの。もし言ったら……」


「みさき! 」


 彼女がそう言いかけた時、どこからか焦ったような声が聞こえてきた。声の持ち主は、多分顔を青ざめている。


 声の持ち主を確認すると、俺の予想は大当たりで、絶望したような顔をしている若い女性が立っていた。


「ま、ママ! 」


「へ? 」


 するとみさきのママらしい人がこっちに全力で走ってきた。そして彼女のほっぺたを両手で抑え、大きな声でこう言った。


「駄目でしょ! ここにきちゃ! ここはねえ、妖怪男がいる場所なのよ!? 」


 


 




 

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