二、青年は拝む
夕暮れ時、薄暗い廃墟に集まる少年たち、助けてと叫ぶ声とあっという間に広がる火の手。そんな昔の記憶を振り払うように、俺は
祈り終えて目を開けると、視界の端にのこのこと歩いてくる姿が見えた。現代らしくない書生風の着物をひらひらさせて、のんきな笑顔を浮かべてやがる。
「こんにちは」
「はいはいコンニチハ。物書きの先生が何か用かよ」
取材のために東京からやってきて、西台の家の世話になってるという作家だ。へらへらと胡散臭い笑みを浮かべている。
「取材ですよ。少し、よろしいですか。それは、いったい何を
庭先にある石で出来た祠に、興味津々な様子を見て溜息が出る。こんな物がそんなに珍しいのか。偉い先生が考えることはわからんね。
「オコジンサマだよ、
俺の答えを聞くと、作家はあごに手をやり何かを考え始めた。そして
「何だよ。別に、俺がカミサマを拝むのはおかしなことじゃないだろ。金髪でも信心深いやつはいるんだよ」
「ええ、そうですねぇ。ですが、それまで全く興味を示さなかったのに、
「誰から聞いた」と
「痛ましい事故だったようですね。御学友の一人が亡くなられたとか……」
「ああ、そうだよ」
俺の短い返事に、「それはそれは、さぞ、お辛かったことでしょう」と少し大げさに
「それで、当事者に根掘り葉掘り聞いて小説のネタにでもすんのか」
作家は「よろしいのですか?」と顔を明るくする。よろしいわけないだろ。しかし俺が返事をする前に、勝手にべらべらと喋り始めた。
「ですが、事のあらましは存じております。廃墟を秘密基地にして
「じゃあ、もう聞くことないな」
切り捨てるように言い放つ俺に、作家はまた微笑を引っ提げて聞いてくる。その横に引かれた口も眼鏡の奥に光る目も、どうにも信用ならない。
「いいえ、あなたと御学友のお話を聞きたいのです。大変に仲がよろしかったようで」
「ああ、一緒に馬鹿をやる仲間だったよ」
「しかし、随分と力関係がハッキリしていたようですね」
「何が言いたいんだ」
苛立ちを隠しもせずにぶつけるが、作家が
「もしもその少年たちの関係が、対等な友人ではなく加害者と被害者だったら。もしも過失による事故ではなく、行き過ぎた
「はは、あんたが書く推理小説はつまんなそうだな」
「これは手厳しい。落ち込んでしまいそうです」
「話が済んだならとっとと帰れよ」
俺が手で払いのけるようにすると、作家は「お話を聞かせていただきありがとうございました」と
毎日、夕日と共に思い出されるあの日の光景。瞼に焼き付いてしまった火と、耳の奥にこびりついた声。ふとした時に天井の木目が、
俺はきっと、明日からも拝み続けるだろう。
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