祷祀の果てに
十余一
一、少女は願う
玄関を出て右手へ、舗装されていない砂利の庭を歩く。そのうち地面は赤っぽい土になって、周りは椎の木に囲まれる。庭の一番奥まったところ、けもの道のすぐ横に、苔生した
どうか、お姉ちゃんが安らかに眠れますように。目を閉じて、静かに手を合わせる。ざわざわと風で葉の揺れる音がする。小鳥の鳴き声がする。
枝を踏むパキリという音につられて、顔を上げた。
「やあ、こんにちは」
取材のためにこの集落を訪れたという作家の先生が、けもの道に少し足を取られながらやってくるのが見えた。下駄は歩きづらそうだ。
「こんにちは……。どうしたんですか、こんなところで」
「それが、道に迷ってしまいましてね」
この辺りは細い道が入り組んでいたり、道が途中で途切れていたりする。土地勘がないから、こんなところまで迷い込んじゃったんだろう。先生は、眉毛をへにょりと下げて苦笑いを浮かべていた。初めて会った日に、「生憎とまだ新人なもので知名度のほうは……」と自己紹介したときと同じ顔だ。
「ところで、それはいったい何を
「オコジンサマですよ」
物珍しいものなんだろうか。先生は「オコジンサマ?」とそっくりオウムのように聞き返して、石でできたほこらを興味深く眺めている。屋根を覗き込んでみたり、裏側を見ようとしたり。
「漢字で書くと子どもの神様、
先生はほこらから目を離して、私が指で空中に書く字を目で追った。
「無事に生まれてこれなかった赤ちゃんは、魂だけがこの世をさまよって、苦しんで、悪さをしてしまうんだって、おばあちゃんが言ってました。だから、赤ちゃんの魂がさまよわず安らかに眠れるように、御子神様にお願いするんです」
「なるほど、なるほど。なかなかに興味深い。……失礼ですが、あなたは、いったい誰の事を想って手を合わせていたのです?」
私が思わず「え?」と聞き返すと、「先程の熱心な様子、きっと大切な誰かのためなのでしょう?」と再び投げかけられる。
「……私には、お姉ちゃんがいたらしいんです。私が生まれる前に死んじゃったから、会ったことはないんですけどね。それで、祈ってました」
「御姉様のためでしたか。お優しいのですね」
先生は柔らかな笑顔で褒めてくれる。でも、全てを見抜くような目が、眼鏡の奥で光っているようにも思えた。その視線に耐え切れなくなった私は、誰にも打ち明けたことのない気持ちをこぼしてしまった。
「私、怖いんです。生まれてこれなかったお姉ちゃんは、私のことを見てどう思うのかなって」
うつむいて、自分の足元を見ながらぽつりぽつりと話す。
「お母さんとお父さんは、私にとっても優しくしてくれます。でも、今でも時々、夜になると二人とも泣いてるんです。たぶん、お姉ちゃんのことを想って泣いているんです」
少しだけ顔を上げると、古いほこらが目に入る。見慣れたほこらは、所々が欠けている。
「本当なら、私に向けられる愛は、お姉ちゃんのものだったはずなのに。それで、もしもお姉ちゃんがこの世をさまよって苦しんでいるなら、私のことが憎いんじゃないかと思って、それで、わたし、こわくて……」
喋りながら取り乱してしまった私に、先生は優しく言葉をくれた。
「オコジンサマに祈っているのですから、きっと大丈夫ですよ」
「そうで、しょうか……」
どうしようもなく怖くて、おびえる日常がこれから変わっていくんだろうか。いつか、怖いからじゃなくて、心の底からお姉ちゃんの幸せを願えるようになれたらいいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。