赤髪の花婿・1

「兄様……いつまでそうしておられるつもりですか」


鈴青明は、冷めた声を、兄・鈴紫明の胸元でくぐもり響かせた。


「いつまで? 赦されるならば、永遠にこうしていたいさ!」


身動きが取れないほどに上体を抱きしめられた青明と、彼を捕らえて離さないその派手な男を横目に、赤髪の青年は馬のたてがみを撫でてやる。

長旅を前に、たっぷりの水と干し草を与えられた鹿毛馬の瞳が、黒々と輝いた。


「なにせ、可愛い可愛い弟が……遠い遠い所へ旅立ってしまうんだよ? 惜しむ気持ちもわかるだろう?」

「そうして何年も放蕩して帰らなかったのは、どこの兄様でしたか」


深い深い情を込めてのたまう兄に対して、弟は冷え切った言葉を返す。


青明が兄様と呼ぶ、この紫明という鈴氏の嫡男は、確かに家のことをほったらかして外の世界を遊んでおきながら、金子が心許ないというだけの理由で十数年ぶりの帰郷を果たした。


自分の人生がどれだけ振り回されたか――青明は回想をすることはやめた。

思い出すだけ、過ぎたことを嘆くだけ無駄である。そう、貴重な少年期から青年期にかけて心を閉ざし、非情な太守補佐を務めたことなど、兄に吠えても仕方のないことだ。


「はあ……本当に行ってしまうんだね?」

「……はい」


紫明の長い指先が、黒髪の後頭部を撫でた。その優しいしぐさに、青明はかすかに肩を震わせる。


「大好きな兄様よりも、あの男を選ぶんだね?」

「……はい」


あの男とは、鈴氏が祖先より根付くこの都市を、弱冠十九にして太守として治めあげた青年・赤伯を指す。唐突に話題にあげられた赤伯は、思わず声の方を振り返った。


「ねえ、左遷太守君」

「……はい?」


紫明は弟を胸に抱いたまま、ずいと赤伯に顔を近付ける。


「もしも可愛い青明を泣かせたら、地の果てまで追いかけて、君の大切なものを刈り取るからね」

「――!」


告げられた赤伯も、いまだ胸に抱かれる青明も驚きに後ずさった。


「あっ、兄様! なんてことをおっしゃるんです!」

「おや、どうして青明が怒るんだい? 昔の刑罰を、ちょっと再現してみようと思っただけじゃないか」

「そんな、ちょっとで済む問題ではないからです!」


後ずさったことを拍子に体の自由を取り戻した青明は、いざとなれば本気で手を下しそうな兄をじっとりと睨みつける。


「紫明さん」

「ん、なにかな? 左遷太守君」

「……俺も、青明を悲しませたやつは誰であろうと許さないんで」

「へえ……?」


紫明は青明の両肩を改めて抱き寄せると、前かがみになりながら赤伯の金眼を真っ直ぐに見据える。その瞳は、決して揺らぐことを知らない光を宿していた。


「はは……まったく、若さにはかなわないねえ」

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