左遷太守と不遜補佐・21

補佐こそは任として同行していたが、やはり、ただ眺めていただけだった。


これ以上の深入りは不必要。果ては共倒れだ。


遠くから見つめながら、青明は太守補佐の証を撫でた。

太守の証は相変わらず流れ者たちの手にある。今この瞬間も、彼らは太守館の庭で好き勝手に酒を飲んだり、寝こけたりしているだろう。


――それを思うと、腹が立っていることに気が付いた。

それも、勝手に動いた赤伯に対してではなく、赤伯の想いを、踏みにじっている流れ者たちに。


だめだ。いけない。このまま、このまま……彼だけに、苦を強いるわけにはいかない。


余ったくわを握る。


青明の腕に初めての重みがのしかかった。

そして裾が汚れるのも厭わずに、つかつかと赤伯の隣へと並んでくわを振り上げる。


「……青明……? なんで?」

「うまく出来なくとも、文句は言わないでくださいね」

「汚れるぞ?」

「……構いません。ただ……補佐の務めを果たすだけですから」

「はっ、はは……お前……やっぱり、酷い奴じゃないよなあ……」


小さく笑った赤伯が、くわの柄に体をもたれたかと思うと、ゆっくりと地の上に伏していく。

その拍子に、彼の『お守り』である耳飾りが飛んだ。


「太守さま……? 太守さまっ?」


くわを放り投げると、青明は追いかけるように座り込んで、赤伯の背を揺する。

訓練着の背面は燃えるように熱く、じっとりと汗がにじんでいた。いくら呼びかけても、彼の返事はなかった。




――ただいまー!

――赤伯、あんたまた泥だらけで。お客さんの迷惑になるでしょう!


実家の宿屋の門をくぐり、そのまま室内へ入ろうとする赤伯の襟首を母の温かな手が掴んだ。

ぐっと後ろに引っ張られるが、もうそれも慣れた衝撃だ。


――母さん、何度言っても無駄なのよ、赤伯は。


続いて降るのは呆れた姉の声。張りのある瑞々しい、少し男勝りな声だった。

嫁の貰い手がないのでは、そんな風に揶揄してなんど喧嘩をしただろうか。


――男なんだ。いいじゃないか泥だらけでも、な?


そして優しく温かな父の笑顔が、赤伯を出迎える。

片脚を悪くしてからというものを、杖を手放せない生活をしているが、器用に宿屋中を歩き回るその姿は、密かに宿客に勇気を与えているらしい。


飽きることのない家族とのやり取りをして、なんという意識もなく見慣れた実家から通りへ出ると、『あの人』の背中が見えた。


すっと伸ばされた背中と、質素な葛巾に白髪まじりの頭髪を包んだ、『あの人』が。


「太守のおじさん! あのさ……あの」


なにかを言おうとして、ふと言葉に詰まる。言いたいことがあったはずだ。

いや、というよりも、なぜ太守のおじさんと対面しているのか。なぜ、故郷の地を踏んでいるのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る