左遷太守と不遜補佐・12

打開策として、とてもよい提案を出来たと赤伯は瞬時に思った。


なんといってもこんな「ご馳走」を一人で食べるのは味気がないし、皆で分け合い楽しんだ方が、彼にとって何倍も幸せなことだ。



「太守様、それはなりません!」


長くいるのであろう老いた文官が止めると、女官長らしき年増の女性も口を開いた。


「どうか太守様、私たちのことはお気に留めず、宴をお楽しみください」

「そんな……」


太守とはこんなにも孤独なものなのか。赤伯は生家のある都市へ思いを馳せた。


いや、あの「太守様」はこんなに寂しい人ではなかった。一人ではなかった。


これが地方の有り様だと言うのなら、いくらでもぶち壊してやろう。やわく噛まれていた赤伯の唇から、震えた声が漏れた。


「門を、開けろ」

「太守さま……?」


怪訝な表情をした青明のことなど見なかったことにして、再度声を上げた。


「門を開けてくれ!」


……頼む。最後には絞り出すようにして、懇願していた。


「……仕方がないですね……。門兵、太守さまのご命令です。開けなさい」


突然の命令に門兵も一瞬の戸惑いを見せたが、補佐までが告げているのだ。開けない訳にもいくまいと、鎧に着られながらよろよろと開門した。


太守館の門が開いたことに、そばを行き交う人々は驚きそちらを向く。すると、そこには新任の太守が立っていた。


「みんな、聞いてほしい! 俺は、今日ここにきた赤伯だ!」


随分とたどたどしいが、演説まがいの挨拶が始まり、周囲の民たちは立ち止まらざるを得なかった。

皆そろって不審な顔で太守を見ており、輝かしい目を向けている者は誰一人としていなかったが、赤伯は負けじと口を開いた。


「俺はみんなと仲良くなりたい。まずは、そこから仕事を始めようと思う! だから」


――宴に参加してほしい!


はじめこそ民は惑いを見せていたが、赤伯のその言葉を受け取った者が一人食べ始めれば、まるで争奪戦のような食事が始まった。


そこに太守への感謝などはなく、ただ飢えた獣たちの饗宴のようだった。


◆ ◆ ◆


翌朝、思っていたよりも疲れたのか、どっぷりとした眠りの中にあった赤伯は、微かに耳に届き始めた騒ぎによってのろのろと意識を覚醒させた。

明かり採りの窓からは穏やかな陽光が差し込んでいる。


「んー……なんの騒ぎだ……?」


ふあぁ、と猫のように牙を見せながら欠伸をして、背筋を伸ばす。


太守の寝台は恐ろしいほどに寝心地がよく、もはや全てが夢なのではないかと疑えた。

絹で織られた寝巻も、肌当たりが気持ちいい。しかし、そろそろあの重たい官服に着替えた方がよい頃合いだろうか。


青明はどこにいるのか、そういえば聞いていなかった。

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