左遷太守と不遜補佐・11

「まあ……それだけの蓄えが、我が鈴家にあるというのも事実ですが」


たかが簪、されど簪。たったそれだけの解説を聞くために、どっと疲労をさせられた気がして、赤伯は長椅子に座り込んだ。


とんでもなく心の臓を揺さぶられたような気配がして、深く息を吸い込む。


さきほどまで手の置かれていた胸元に、熱い名残りさえあった。なんとなく感じた青明の手のひら自体は、ひんやりしていたようだが。それとはまた違う体温を覚えた。


「おや? どうなさいました?」


そんな赤伯の心情など露も知らずに、青明は髪を整えると簪を元の通りに綺麗に差し込んだ。

誤って頭髪が切れてしまわないのか、なんとなく気になったが、そんなことを問う余裕は今の赤伯にはなかった。


「さて、太守さま。本日最初の執務をなさってください」

「え? もう……?」


驚く赤伯をよそに青明は戸を開き、太守の一歩を導いた。


◆ ◆ ◆


「しつむ、って……なに?」


無機質な庭の中央に宴席が設けられている。

綺麗な布が覆った机上には色とりどりの豪勢な食事が並べられ、中には見たこともない食材、料理があった。


そして太守館の従者たちが静かに、それを見守るように立っている。


「誰か来るとか?」

「何をおっしゃいます。こちらは太守さま就任の宴でございますよ」


立派な肘置きまでついた飾り椅子を、青明は引く。そしてためらうことなく指先を揃えて差し、赤伯へ座るよう促した。


「えっ、いや、なんで」

「なぜ? とおっしゃられても……慣例のようなもので」


ふと見れば他にも席がある。まだ空席だが、誰か来るのだろうか。


「他の席は、みんなが座るのか?」

「……いいえ。わたしたちの席などございません。あちらは近隣都市に就かれている太守さま方のお席です」

「へえ! ほかの都市からも来るのか!」


この豪華な卓、そして豪勢な量におののいていた赤伯だが、その言葉を聞いてやや安堵した。

それに近隣都市の太守と話せるともなれば、今後の道行きについても助言をもらえるかもしれない。


「じゃあ、他の太守さんたちが来るまで座るのは止めておくよ」

「それでは、永遠に座ることができませんが……」

「え?」


少し浮上すれば、その浮上をすぐさま止めるのはいつも補佐の言葉だ。今日だけで何度目だろう。


「皆さま方、ご欠席とのことです。……これが、地方都市ですよ」

「そう、か…………じゃ、じゃあ! みんなで食べよう! な!」

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