左遷太守と不遜補佐・10

「お似合いですよ」

「嘘つき」

「とんでもございません」


数日前まではぼろ布をまとって野山を駆け回っていた訓練兵が、今や磨きあげた鏡の中で、太守という身分に着られている。


太守になる。

そのことに抵抗は一切なかったが、この姿はなんとも惨めだと赤伯は思わざるを得なかった。


「しっかし……青明もよくそんなずるずると着込んでられるな」

「わたしですか?」


太守の官服よりも、よほど補佐の衣装は凝っている。長衣を重ねているだけでなく、掛け布や簪など装飾品も多い。


「補佐は官服がないようなものでこざいますからね」


本来は文官と揃いのものを着用するのが好ましいとはされているが、一見でその身分を明かす必要もないため、どこの都市でも太守補佐は私服を纏っていることが多い。拠って、太守の側近くに控える私服の者が補佐だと認識すれば間違いはない。


「袂も太守に比べれば重そうだし、簪もぶらぶら邪魔じゃないか?」

「……こちらでございますか?」


装飾の着いた簪をするりと結い目から抜き出すと、括られた髪束は少しだけ形を崩した。


「よく、ご覧くださいませ」


青明は唐突に、赤伯の胸元に手を這わせるように置き、その身を近付ける。物理的にだが彼らの距離が縮んだ。意識すれば吐息のかかりそうな近さだ。


「……上物でしょう?」


何を言っているのか。至近に寄った青明の顔は確かに妖艶とも呼べて、そういった店にでもいれば相当な額を必要としそうだ。


むろん赤伯自身が訪れたことがある訳ではなく、訓練兵時代に周りから聞いた話ではあるが。仲間内には、女だけでなく男を買う者もいた。

赤伯はいつも、そんな仲間の猥談を適当に聞き流していた。


「いかがです……?」


細く瞳を覆う瞼さえ、よくよく見れば流し目のようだ。赤伯は後退りたくて仕方なかったが、その青い瞳からどうしても視線を離せなかった。

それだけでなく、青明の玉虫織のような陰影の黒髪は、ほのかに果実のような甘美な香りを漂わせる。


「う…………」

「太守さま?」


言葉に詰まっていると、視界の端が光った。簪の軸の部分だと気が付くまで、さほど時間は必要なかった。


「か、簪……?」

「ええ。こちらは希少な白金で拵えております。しかしそれだけではございません。先端の輝きがご覧になれますか?」


微かに揺らされた軸の先が、確かに光の加減でちらちらと輝くのが見える。かなり鋭利に磨きあげられているのだろうか。まるで刃物の輝きをしている。


「石をも砕く『石』を埋め込んであるのです。ただ身を飾っているのではありません。装飾の中にも護身を……と、心がけております」

「は、はあ……なるほど……」

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