左遷太守と不遜補佐・9

「はー……助かった……」

「……ふふっ……ふふふ……」

「な、なんだよ」


口許に手を宛がって、堪えきれない笑い声を漏らす青明を見やると、新米の太守は拗ねた口調でぶっきらぼうに言葉を投げ掛けた。


「本当に、あなたさまのような方は初めてですよ。ここには本来、様々な欲を欲しいままにしてきた貴族やらが配置されますからね」

「ん……?」

「さあ、腕をおあげください」


大抵、ここで太守が身支度に紛れて女官に手を出し、だらしない姿を晒すのだが、やはりこの青年は純朴なのだ。そのあたりは、いままでこの地に捨てられてきた太守とは扱いが違うと、改めて心に留める。


「何、さっきから可笑しそうなんだよ」

「太守さまは無垢なお方だと、安心していたのですよ」

「無垢……って、お前なあ。……まあ、確かに、なんにもなかった十九年だけど……」

「十九……ですか」

「なんだよ、その顔。宿屋の育ちで色事にはちょっとうんざりしてるんだよ」


赤伯の十九という言葉に、青明の反応がやや鈍る。


「いいえ……。あまり動かないでくださいませね、手元が狂いますから」


同い年であると知ったが、青明はそのまま口を閉じた。齢のことなど分かったところで、どうにかなる訳でもない。ましてや友人になるわけでもなく、自分たちは使い捨ての主従なのだから、余計なことを知り合う必要もない。


大人しくせざるを得ない赤伯は、あちこち体の向きを変えさせられていく。さすが補佐というべきか、青明の着付けは手際が良く進んでいった。


「――さあ、出来ましたよ。どこか違和感などございますか?」

「ない、けど、……ある」

「おや、どこです?」


赤伯の返答に、青明は二三歩ほど後ろにさがり、その姿を確認する。頭髪が適当に切られているところ以外は、特におかしいところは見当たらないが。


「帯が苦しい、とか?」

「いや、そうじゃなくてさ」


やや暗めの艶紅色をした長衣に、墨色の羽織。いずれも絹で仕立てられているのだろう、赤伯にとって初めて触れる布の重みであった。袖を絞っていた訓練着とは違い、袂もゆったりと開いている。胸当てなどで体を覆うことには慣れているが、なんだか窮屈で仕方ない。


「全部」

「全て、でございますか。なるほど、そこは着慣れていただくしかありませんね」


なんとなく事情を察した青明は、衿など細かな部分を整えつつ、仕上げに太守の胸飾りを乗せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る