和子さんのこと。

大塚

第1話

 バイト先の先輩は和子かずこさんていう名前で、最初会った時はお母さんぐらいの年齢かなって思った。でもそういうこと正直に言うと怒る人もいるからいい感じにリサーチした結果やっぱりお母さんぐらいの年齢だったけど、和子さんは「私、みんなのお姉さんでいたいんだよね」って言うからわたしも「和子さん」とか、ちょけてる時は「お姉ちゃん! 助けて〜!」って言って甘えたりしてた。面倒見のいい人だった。


 和子さんは学生時代劇団で女優をしてたらしくて、飲み会の時の話題はいつもその話だった。今も結構テレビとか映画に出てる同い年ぐらいのイケオジ俳優と付き合ってたことがある、結婚も考えたけどお互いのために別れた、って話題を私以外のバイトのみんなはもう暗記するぐらい聞いてるっぽくて、和子さんの話すイケオジ俳優とのデートの内容は毎回違ってた。和子さんが学生の頃にUSJはまだ存在してなかったでしょーって思ったけど誰もツッコミを入れなかった。


 バイト先は本屋だった。


 わたしは就活が終わったところで、もうそろそろバイト先に辞めますって伝えなきゃいけない時期だった。就職先は本屋とも出版社とも関係ないとこで、というのもわたしはちょっとズルをして、交際相手のコネで会社に入れてもらえることになったのだ。これは内緒。誰にも言っちゃダメ。

 でも和子さんは、


「えっ、すごいところに就職するのね。コネでもあったの?」


 とかズバズバ(和子さんは自分のことをオブラートとか使えないタイプって自称してる)聞いてくるから、ああ……まあ……ってちょっと苦笑いしたら「やっぱりコネなの? ご両親? へーえ、でもコネ入社は入ってからが大変よ?」とかしつこくって、いや、でも入社してちょっとしたら結婚するんです、って口を滑らせてしまった。これはミスだった。

 次の日には、バイト先のみんながわたしがコネ入社で某企業に入る上、結婚の予定まであるってことを知っていた。変な空気のままわたしは店長に月末で辞めますと伝え、店長には「お幸せにね」って言われて、かなり良くない気持ちで最終日まで働いた。


 そういえば和子さんは独身なのだった。


 最終日、当日有給を取ってた和子さん以外のみんなからお花とかお手紙とかをもらって家に帰った。恋人に連絡して、結婚すること(元)バイト先の人に知られちゃったって伝えたけど、別にいいんじゃない、悪いことしてるわけじゃないし、って返されて、それはそれでそうかなーって思った。


 大学の卒業式を終えて、会社の入社式に出て、一ヶ月ぐらい経って本格的に春になったところで、わたしと恋人は入籍した。結婚式は、恋人の都合で来年ぐらいにならないとできないのだ。

 恋人は人気イケオジ俳優の、郷村さとむら仁也ひとやだ。わたしとは親子ぐらい年齢差がある。っていうかお父さんと同い年。

 わたしは大学で演劇サークルに入ってて、その関係で仁也さんと知り合った。

 和子さんは若い頃仁也さんと付き合ってたって言ってた。けど。


 和子さんから鬼電鬼LINEが来るようになったのは5月の連休を終えてすぐのことだった。メールにもLINEにも用件は書いてなくて「連絡しろ」「泥棒猫」とかそういう感じの……うん。

 困ってしまったので仁也さんに相談した。仁也さんはすぐ弁護士さんを紹介してくれた。

 念の為、前のバイト先の、つまり本屋の店長にも連絡した。和子さんより年下の店長は、


「和子さんもう1週間無断欠勤なんだよ」


 と言っていた。やばいなと思った。


「ところで新野にいのさんのカレシって郷村仁也だったんだね〜! あ、もう新野じゃないのか。とにかくおめでとう、仕事も頑張ってね!」


 店長はいいひとだ。


 しばらく経って、仁也さんの事務所に不審な女が乗り込んできたってニュースで流れているのを見た。わたしは映像制作会社の技術部の末っ子として仕事をしているのだけど「新野!」って上司に名前を呼ばれた時にあちゃーやっぱりって思った。


 乗り込んできた女というのは、和子さんだった。


 わたしがメールも電話もLINEも全部切ったから、だと思う、原因は。

 和子さんのフルネームがお昼のニュースで流れるのを、技術部のみんなで食堂に集まってお昼を食べながら、ぼんやり見ていた。


市浦しうら和子かずこ


 家に帰ったらロケに行ってるはずの仁也さんがいた。お父さんとお母さんもいる。和子さんが暴れ始めてから、ご両親が心配、って仁也さんが言ってくれて、お父さんとお母さんを新婚の家に呼んでくれたんだ。ぶっちゃけ嬉しい。今は4人家族で暮らしてる。ずっと続いてほしい。


「彼女ほんとにぼくと付き合ってたって言ってたの?」

「言ってたよ」

「ええー……記憶にないよ……」


 渋イケオジ俳優として人気の仁也さんが眉を八の字にして頭を抱えていて、同い年であるわたしのお父さんが「仁ちゃんが言うなら人違いなんじゃないかなぁ」って慰めてる。仁也さんよりちょっと年下のわたしのお母さんは「和子さんってひと、バイト先で結構お世話になってたんでしょ? どうしちゃったんだろうね」って首を傾げている。


 どうしちゃったもこうしちゃったも、和子さんってこういうひとなんだよなぁ、ずっと。嘘ついてるのわたしは知ってたけど、黙ってたのにな。和子さんも暴れないでいれば、「嘘ついてた」ってみんなに知られなくて済んだのにな。あ、仁也さんのスマホが鳴ってる。たぶん弁護士さん。


 なんだかなー、とわたしはひとりソファに座ってテレビを眺める。仁也さん主演の恋愛ドラマが始まる時間なのだ。


 おしまい

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和子さんのこと。 大塚 @bnnnnnz

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