第10話 犬を引き取りに来ました

 ――アーロンの飼い主。

 そう茶化されても、うんとは答えられないけれど、とにかく私が原因でアーロンがミカエル殿下まで怒らせてるなら行かなきゃ駄目よね。


 居ても立っても居られずボレロにまたがり、離宮へと駆け出した。




 王都から離れた離宮まではここから馬で一時間半ほど。

 とにかく素早く街道を抜けて、人家が途切れたところでギアを上げる。


 ――ボレロ、いい子ね、焦らなくていいのよ、私を連れて行ってね。



 水をたっぷり飲んでいたポレロは、疲れを見せずに風のように離宮へと走った。




   ◇   ◇   ◇

 


 

 この離宮には幼い頃に一度だけ子供同士の交流会で入ったことがある。

 王家主催の交流会で、たしか歳の近い子供達が沢山集まっていたのだけど、私はほとんどギブソン姉弟といたので正直この会のことはあまり覚えていない。


 ただ、途中で活発なポーリーンはどこかへ駆け出して行ってしまい、後から聞いたらどこかで沢山の子達と輪になって地べたに座ってオレンジを食べたんだそう。

 何がどうしてそうなったのかよく分からなかったが、その時一緒に遊んだ人の中に今の婚約者様がいらっしゃったようなので、縁は異なものとはよく言ったものだ。


 そのポーリーンの婚約者、ハワード・クローネンバーグ様は現在宰相補佐官として王城にお勤めで、切れ者として噂の方だ。

 今回のことでポーリーンに連絡したのは彼だそう。

 迎えを寄越せとは、やはりよほどの何かがあったのだろうか。




 離宮の門番にカードを見せると、すんなり中に入ることが出来た。


「悪いですが、本日人が少ないので馬はご自分で預けに行ってもらえますか? ミカエル殿下は庭園におられるはずですので」

「分かりました。厩舎はこの先ですか?」


 馬車寄せの先の厩舎に向かおうとしたところ、けたたましい犬の鳴き声がした。


 ドドドドド······

 ワンワンワーン!


 猛烈な勢いで走ってきた金色の一匹はワンワンと吠えながら私の周りをぐるぐると回る。

 もう一匹の黒いのが遅れてやって来て、こちらもワンワンと吠え立てる。

 どちらも可愛いけど何なんだろう?


「やあ、ガスター嬢。君がアーロンを引き取りに来たのかい?」


 二匹の犬にまとわりつかれて困惑していると、頭の上からからのんびりとした男性の声がする。

 アルバーティン王国第三王子であらせられるミカエル殿下だ。


「ミカエル殿下、先触れなしに伺いまして······」

「いいんだよ、僕がハワードに君を連れてきてほしいと頼んだのだから」

「ええと、それは······」

「まず、馬を預けておいで。厩舎まで乗って行っていいから」


 ボレロに跨って厩舎に向かう道すがら、二匹は大興奮しながらついて来る。


「危ないから、あんまり馬の近くを走っちゃ駄目よ?」

「ワーン!」

「ウォフウォーン!」


 喜びながら私の足にまとわり付く犬を連れて戻ると、苦笑混じりの従者の方から「お茶を用意しましたから、サンルームへどうぞ」と案内いただいた。




   ◇   ◇   ◇

 



「ガスター嬢、わざわざ悪かったね。今日は乗馬を楽しんでいたところだったんだろう?」

「ミカエル殿下、申し訳ありません。急なことで服も整えずに来てしまいましたが······」

「気にしないで。同じ学院生なのだしね」


 離宮のサンルームは掃き出し窓が開放的なお部屋だったが、窓枠に重厚な装飾がなされており、窓から庭園を望むとまるで絵画の額縁のような計算が美しい。 


 ミカエル殿下とは学院で同級生ではあるけれど、私は淑女科、殿下は魔術科でほとんど交流はない。

 それでもアーロンから話を聞いているのか、サンルームでの席は普通以上に離されているので、これは私に配慮して下さったのだろう。おかげで男性相手だというのにあまり緊張することなく話すことが出来ている。


 犬も二匹とも付いて来てしまったが、殿下も怒らないので殿下のペットなのだろうか。

 かわいいなあ······。犬種違いの多頭飼いもいいわよね。

 それにしても、この私の足元で休んでいるフワフワモフモフの薄い金色の一匹は、何故か私に懐いてるようだけど······?


「それで、殿下。ここにアーロン様がいると伺って参ったのですけど」

「ああ、アーロンはこれだよ? この金の方」

「ワーン!」


 え、犬?

 ミカエル殿下の飼い犬ではないの??


「もしかして······」

「アーロンもザカライヤもうるさかったから、二人とも犬にしてここに連れてきたんだ。私が管理している魔術研究所でも騒いだからね」

「ワン!」

「ガウガウ!」


 えーっ!

 ではこっちのベタベタ甘えてくる金色のモフモフ犬がアーロンで、殿下の近くでしゃっきり座っているグリーンがかったツヤツヤ黒犬がザカライヤ様?

 柔和な笑みを浮かべているけれど、騒ぎを起こした二人にミカエル殿下は怒っていらっしゃるのかしら?

 

「何があったのでしょうか?」

「うーん、私はすでに騒いでると聞いてから向かったから、具体的なことは分からない。だけど、騎士団の訓練に参加していたザカライヤと、魔術研究所でインターンをしていたアーロンが王城内で行き合って、口論になったようだよ」

「ワワワーン、ワン!」

「ガウガガウ、ウォン!」


 二匹、もとい二人は何事かを訴えるように吠え、またアーロンは私の側に来てザカライヤ様を威嚇している。

 ザカライヤ様は姿勢は変えないものの何故か嬉しそうに吠えた。


「ただね、この二人ってガスター嬢のことで口論してたみたいなんだ。······個人的なことを聞いて申し訳ないけど、ガスター嬢は男性が苦手なんでしょう? 今は平気?」

「そう、ですね。この頃は少し改善されていますけれども」

「でも、ポーリーン嬢によると、まだ怖い気持があるということだよね。それなら二人共犬のままの方がガスター嬢にとってもいいんじゃないの?」

「えっ?」


 相変わらず優しいお顔でお話されているけど、おっしゃっている事は少し恐ろしい。

 二人を犬のままにしておく?

 人間としての尊厳やらはまるっと無視するという事だろうか。


 ミカエル殿下は笑みを湛えてこう続けた。


「簡単なことだよね。どうもこの二人はガスター嬢と近づきたいと思ってる。だけどガスター嬢は男性と離れたい。でも動物なら平気。それならこれで万事解決なんじゃないかな?」 

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