第11話 色々ごめんなさい

 アーロンが本当に犬になってしまった。

 そして何故かザカライヤ様まで······。


 呆然としている私をよそに、ミカエル殿下は何て事ないようにお茶を楽しんでいるように見える。


「まずは遊んであげたら? 犬になってからもワンワン言ってたけど、君が来てからは二人共楽しそうだし。それほど深く考えずに」


 ミカエル殿下は公爵家と侯爵家の令息を犬に変えたというのに、天気の話でもするように、呑気にそう促して来た。


「遊ぶ? ですか」

「私はもう少しここに居るから、散歩にでも連れ出してやってよ」

「ワン!」


 アーロンとザカライヤ様も外に出ようという素振りを見せたので、困惑したまま三人で庭園に向かった。




   ◇   ◇   ◇ 




 ここの庭園はとても広くて気持ちがいい。

 以前来た時には、子供が興味を引きそうなとても面白い本が沢山用意されていて、アーロンと一緒に『どの絵本の犬がトピィに似ているか?』を探したり、花に寄っていく蝶や鳥をじっと観察していた気がするが、もったいない過ごし方だったようだ。

 改めて拝見すると四つのゾーンに分かれた花園のそのどれもが作り過ぎない美しさで見惚れてしまう。


「どの花園も綺麗だわ」

「ワンワワン!」

「ガウー!」


 二人も同意しているように吠えている。

 犬と花って絵になるわ。

 

「今日はいい天気ね、気持ちいいわ」

「ワフワフ」


 精巧な鳥の彫刻が優美な噴水の横を抜けると、四阿が見えた。

 この先には温室もあったはずだ。

 幼い頃ここまでは散策に来たなということを唐突に思い出し、少し笑ってしまう。


「ワンワーン!」


 アーロンが尻尾を振りながらこちらを見上げている。

 お散歩を心から楽しんでいるようだ。

 ザカライヤ様は私から少し距離を取りながらも、アーロンの動きを牽制するような仕草を見せる。

 やはり仲良くないのだろうか。

 口論の原因が分からないけれど、どうにか仲直りをさせないとミカエル殿下は人間に戻して下さらない気がする。


「ふふふ、お二人は疲れていませんか? どこかでお休みしますか?」

「ウォウウォウ!」

「じゃあどこか行きたいところはありますか?」

「ガオ! ガオガオ!!」


 突然ザカライヤ様が前にいらっしゃり、首を向けながらあっちへ行こうとアピールをなさった。


「あちら? ソーンダイク公爵令息様、何かおすすめのところがあるのでしたらご一緒しますわ」

「ガウ!」

「······ウォン」


 少し厭々な様子ではあるがアーロンも同意したので、ザカライヤ様の先導で私達は場所を移動することにした。




   ◇   ◇   ◇ 




「······ここですか?」


 着いたのは先程ボレロを預けた厩舎だった。

 ボレロは私に気づいてとても嬉しそうにしているけれど、何故ここに?


「ガウーガウー!」


 ザカライヤ様はしきりにボレロの側に行くように促して来られる。

 何となくボレロの鬣を撫でてやると、ザカライヤ様はさらにガウガウとおっしゃるけれど、何を求めてらっしゃるのか皆目見当がつかない。


「ソーンダイク公爵令息様、厩舎に来たかったのですか?」

「グォーン」

 

 つぶらな瞳で見つめて来て下さるが、何だろう?


「ご要望が分かりませんが、せっかくなのでボレロにお水をあげようと思いますわ。二人共お待ち下さいね」


 厩舎のものを拝借して、ボレロにお水と飼い葉を用意してやる。

 藁も豊富にあるので少し掃除をして、新しい藁をたっぷり足してみた。

 ボレロは犬の二人にも特に構わず、食事をしてから藁にゴロンと横になった。

 背中を擦り付けているので、マッサージしながら遊んでいるのかもしれない。


「ワンワーン!」


 掃除が終わるまでじっと見ていたアーロンが、突然走り出して新しい藁に突っ込んだ。

 金色のアーロンが金の藁の中に入ってしまったので、本当に消えてしまったように見える。


「アーロン! 大丈夫?」

「ワン!」


 ようやく出て来たアーロンは藁だらけになっていて、藁のモフモフお化けが動いているようだ。

 呆気に取られていると、アーロンがくしゃみをして体をブルブルと振るったので、私とザカライヤ様にも藁がかかってしまった。


「まあ! この間のトビィの真似ね!」

「ワンワンワン!」

「ふふふ」


 思わず笑ってしまうと、今度はボレロがすごい鼻息を響かせたかと思ったら、後ろ脚で藁を舞い上げた。


「ガウー」

「ソーンダイク公爵令息様も被っちゃいましたね、ふふ」


 ザカライヤ様も体を振って少し藁を落としたが、藁に興味があるようでサクサクと踏み進めて感触を楽しんでいる。


「ワワン! ウーッ!」

「アーロン、何を怒っているの?」

「クゥーン······」


 犬になっている二人では意思の疎通がなかなか取れずに難しい。

 でも不謹慎ながら、犬のザカライヤ様は怖くないし、アーロンにしてもフワフワで可愛らしい。

 ザカライヤ様は艶のある毛並みでつるつるしていそう。

 どちらも大型犬の部類になるのだろうが、犬だとなんだかんだで可愛く見えるのが不思議だ。

 現にこうして藁を付けて遊んでいるところなど、愛らしい感じしかしない。


「あまり汚してもいけませんから、外に出ましょう」


 私は二人を促して厩舎を後にした。




 外に出ると、二人は盛大に体を震わせて埃を落としてから私の元へやって来た。

 陽を受けた二人の体毛は美しく輝いているが、このままで良い訳がない。

 二人の諍いの原因はおそらく私なのだろうから、人間に戻る前だけれどまずはこちらの気持ちを伝えておきたい。


「ソーンダイク公爵令息様、アーロン」

「ワフゥ?」

「ガゥン」


 見下ろすのも申し訳ないので、しゃがんで二人に目線を合わせて話すことにする。


「今回の事は、私のせいでお二人にご迷惑をおかけしたと伺いました。そのためにミカエル殿下に犬にされてしまうなんて······本当に申し訳ありません」

「ワゥ······」

「ググゥ······」

「まずはソーンダイク公爵令息様。幼少期には大変ご迷惑をおかけしましたわ。当領の馬をお選び頂いたというのにきちんと最後まで対応出来ず、また学院の入学式の時にもおかしな態度を取ってしまい申し訳ございませんでした」

「ガウガウ!」


 私が頭を下げると、ザカライヤ様が慌てて首を振っておられる。

 謝ることはない、ということだろうか?


「それでも、私がソーンダイク公爵令息様に失礼なことをしたのは事実です。ずっとお詫びしたかったのですが、慣れていない男性の方を怖く感じてしまうので······ご無礼を致しました」


 すみません、と再び頭を下げる。

 ザカライヤ様は何もおっしゃらないので、そのまま頭を下げ続けていると、足に柔らかなものを感じる。

 驚いて見ると、私の足にザカライヤ様が頭を擦りつけておられた。

 つやつやの体毛から体温を通して、先程の藁の匂いと優しいぬくもりを感じる。


 ――慰めて下さっている?


「ガウガウ、ガオー!」

「ソーンダイク公爵令息様、許して下さるのですか?」

「ウォン!」

「ありがとうございます······!」


 長年の塞ぎの元が無くなり、ホッとしたら力が抜けて地面に座り込んでしまった。

 それを見たアーロンが慌てて駆け寄って来る。


「ワウ!! ワンワン!!」

「アーロン、大丈夫よ。落ち着いたら何だか座り込んでしまったの。恥ずかしいわ」

「ワワン」

「ガウ······」

「ソーンダイク公爵令息様もすみません。安心したら足に力が入らなくなってしまったのです」


 乗馬服で良かった。スカートではないので座り込んで汚れても別に構わないし。

 それでもアーロンとザカライヤ様をまた心配させてしまう。


「大丈夫です、大丈夫です······」


 二人を安心させるように思わず二人の体を撫でた。


「心配させてしまってごめんなさい。大丈夫なんです」

「ワオン」

「ガウー」


 アーロンのフワフワモフモフの毛並み······、ザカライヤ様のツヤツヤツルツル毛並み······、ああ気持ちいい。


「おや、問題は解決したようだね。良かった良かった」


 突如ミカエル殿下の声がしたかと思うと、いつの間にか私は男性二人の頭を撫でていた。


「えっ? きゃああ!」

「せっかくクローディアに撫でてもらって気持ち良かったのに······」

「本当だ、もうしばらく犬で良かったのだが」

「ザカライヤ様は駄目です! クローディアは僕のものですから付き纏わないで下さい!」

「何でだ、『小鳥姫』はまだ正式な婚約者という訳でもないだろうに」

「駄目に決まっているでしょう! 僕はクローディアの正式な犬なんですから!! いずれ正式な婚約者にもなります!」


 正式な犬って何ですか!?

 唖然としてる間に二人が再び喧嘩を始めてしまったので、とりあえずアーロンをザカライヤ様から引き離そうと腕を引っ張った。


「アーロン、貴男何を言ってるの? すみません、また失礼な事を致しまして······」


 ミカエル殿下はそんな二人を呆れたように見遣ったが、私にハンカチを貸して下さりながら侍女に指示をして、私が立ち上がるのを確認していた。


「あはは、二人はまだ喧嘩中なのか? ようやく戻してやったのに。でも埒が明かないからそろそろ帰りなさい」

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