第9話 指令④飼い犬の喧嘩を止めよ?!

 アーロンから思いを打ち明けられてから三日、私はまだアーロンに返事を返していない。


 お父様は、政略結婚ではないのだから、よく考えてお答えするようにと言って下さったけれど、頭がうまく回らず、まずどう考えていいのかに悩んでいる。


 もちろんアーロンの事は好きだ。

 だけどアーロンの求めているものと私の思いはきっと違っているのだろうし、何よりアーロンが夫となる、というのが想像出来ないのだ。


 ······まあ、だからといって他の誰かなら想像出来るのかといえばそれも違うので、ただ単に『結婚』に実感が持てないだけなのかもしれない。


 そして、それをそのままアーロンに言うのは失礼な気がして、はっきりと気持ちが固まったら答えなくては、などと思っていると日が経ってしまう。


 悪循環かもしれない。


 それとザカライヤ様のことで何かあるのかお父様に確認してみた。

 ティムの馬を譲った後、たしかに何度かザカライヤ様からは様子伺いをいただいていたが、あまりにも私が怯えていたのでお父様の方から先方のソーンダイク公爵様にお礼を申し上げて終わりにしていたとのこと。


 ザカライヤ様は、あの倒れた時に私が顔に怪我をしたのではないかと気にして下さったようだけれど、幸いにも切り傷は綺麗に無くなったので御心配なくとお伝えしているようだ。


 それから婚約打診の類は届いていない状態なので、何故ザカライヤ様が学院にそう申し出たのか分からないままだ。


 とはいえ、いつまでもザカライヤ様を避けてばかりもいられない。

 そう、気持ちを固めていた。




   ◇   ◇   ◇




 お茶会割り振りの先生へは、あの後こちらからご報告に上がった。


 婚約者候補はギブソン侯爵家のアーロンだけれど、まだ正式に婚約を結んでいない状態であること。

 それから、ザカライヤ様がどうして私の婚約者候補というお話をされたのか分からないけれど、私は以前彼に迷惑をおかけてしまったので、もしよければこの機会にお目にかかってお詫びをしたいと伝えた。


 また念のため、私は男性恐怖症気味なので、なるべく端の方の席をお願いしたいことも。


 先生は、「あなたの良い形になるように配慮します」とおっしゃって下さって、ザカライヤ様を私達の茶会にセットするが、私の隣はアーロンにしてくれるそう。



 少し怖いが、ザカライヤ様に悪い噂は聞かないし、アーロンが隣に居るのならば私もきちんとお話が出来る気がする。




   ◇   ◇   ◇


 


 週末は久しぶりにガスター領の馬術練習場に足を運ぼうと思い、朝食の後にアンに乗馬服を出してもらった。


 足捌きを良くするためにジョッパーズの上にオーバースカートを付け、膝丈のブーツにレザー手袋。

 髪の毛も邪魔にならないようにきっちりまとめてもらう。


 出かけようとしたところで、いまだに犬耳帽ブームが続いているティムに声をかけられる。


「姉様はまだアーロン兄様にお答えしないのですか? ワン」

「ティムはアーロンが好きね」

「そうですよ! 僕らは姉様大好きチームなのです。ワワン」

「なあにそれは?」

「僕らは姉様が好きそうなお菓子を探すことを頑張ったり、姉上のいいところを語ったりして活動してたのです! ワオーン」

「それって······」


 ――あのパイのお店でアーロンがテイクアウトをしていたのは、もしかしてその活動のため?


 そう思うとボッと顔が熱くなった。


「ちなみにポーリーン姉様はリーダーです。ワン」



 

   ◇   ◇   ◇




 あれ以降アーロンとの訓練はお休みになっている。

 ティムはそれを気にしてるのだろうけど、なんと言っていいのか困ってしまい、そのまま家を出てきてしまった。


 そして今。

 蹄の音を聞きながら、私はガスター領の馬術練習場内にて仲良しの白馬ボレロに跨って常歩から始めていた。


 やっぱり乗馬はいい。

 土の匂い、草の匂い、馬の匂いなど、馬場のあらゆる匂いが風とともに膨らみ、外にいることの幸せを感じさせてくれる。

 繊細な対話を楽しむような馬との触れ合いは、心を穏やかにし頭を整えてくれるようだ。

 

 速歩から駈歩。

 四拍子のリズムで馬を伸びやかに走らせる。


「小鳥姫、今日も調子いいね!」

「やっぱり身体のしなやかさが馬に伝わってるんだよね」


 幼少期からお父様に連れられてここに来ていた私にとって、この練習場で働く領民達は皆親しみを持っている者ばかりだ。

  

「少し休憩するわ」


 乗っていたボレロを預けると、アンに頼んでいたクッキーを出して、手の開いている者達で簡単にお茶にする。

 ふとした時に、私のすぐ近くから手を伸ばしてクッキーを取ろうとされて、思わず身を縮こめてしまう。


「あ、ごめん、おじょうさま。ついつい······」

「こら! お嬢様に失礼なことするんじゃないよ!」  

「いえ、大丈夫よ」


 クッキーを掴んだ男の子は悪びれずにそのまま走って行った。

 

「そういえばお嬢様、前より逃げなくなってるみたいですね」

「小鳥が飛んで行かないね!!」

「そうね。皆には慣れてるからかもしれないけど」

「前はもっとびっくりしてたよ! 今日はびっくりが少ないよ!」

「ふふふ、じゃあ私も小鳥じゃなくなって来たのかな?」 

「じゃあ大鳥?」

「うーん、まだ中くらいかしら?」


 そこへさっきの男の子が戻って来て声をかけてきた。


「おじょうさまー、外にポーリーンさまって人が来てますよー」



   ◇   ◇   ◇



 慌てて外に出てみるとたしかにポーリーンが居た。


「どうしたの? もしかして家に来て下さっていた?」 

「まあね。ちょっと話せるかしら?」

「ええ、もちろん」


 ポーリーンは馬車を降りて、物珍しそうに馬場を眺めていたが、くるっとこちらを振り向いた。


「実はね、最近の貴女、犬を放し飼いにしてるでしょ?」

「えっと······」

「いいのよ、あの子がついに走り出したのよね。あのね、クローディアが婚約の話を聞いて倒れた時、アーロンの事がいやなのか、アーロンを含めた男性全般がいやなのか貴女のご両親も測りかねてね。アーロンは絶対に無理なくクローディアに受け入れてもらえるようにするから、婚約者は自分にしてほしいと直訴したのよ」


 まあ、私もクローディアが義妹になるのは賛成だったしね、とポーリーンは片目をつぶって微笑む。


「それでね、貴女は動物好きだから思わずアーロンに『犬になりなさい』なんて言ったわけ。少しでも気を遣わずに側にいることに慣れてほしくてね」

「······あれにはびっくりしたわ」

「でしょう? そうしたらいつの間にかアーロンったら精神が忠犬になってしまったのね。今なんて『クローディアに近づくならまず自分を通せ』ってソーンダイク公爵家のご子息に食って掛かってるみたいなのよ」

「え? ソーンダイク家ってザカライヤ様?」

「そうよ。よりによって王城内で揉め出したものだから、ミカエル殿下が怒って離宮に転移させて話し合わせてるみたいなの」


 え、今まさにふたりは揉めてるの?

 ミカエル殿下にもご迷惑かけているの?


「ど、どうしてそんな事に······」

「困っちゃうわよね、アーロンったら処分を受けるのかしら? そんなの迎えに行きたくないわ」


 混乱する私をよそに、ねえクローディア、と笑いながらポーリーンはさらに続ける。


「アーロンの飼い主さん、離宮には私のカードがあれば入れるけれど、要る?」


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