第5話 お茶会実習にトラプルの予感
今日は放課後にテーブルセッティングのグループ練習をするため、アーロンとの訓練はお休みになった。
テーブルセッティング発表会では、マナーの先生にご指導いただきながら中規模のお茶会を想定したセットを組むことになる。
これは将来夫人として立つ場合には当然知っておくべき知識であるし、また職業婦人として女官などを目指す人にとっては大切なスキルとなるので、淑女科では必須科目になっている。
私達のクラスが実際に会場として使用する予定の部屋は、若草色を主とした温かみのあるお部屋だ。
使用する部屋の雰囲気や季節などを鑑みて、それぞれに趣向を凝らして飾り付けて行くことになる。
他のクラスの方達もあれこれ動いていらっしゃるようなので、可能であればそちらのセッティングも見せていただきたいのだが、イマジネーションの項目の採点に影響しかねないので不可と決められているのだそうだ。
とても残念である。
「そういえば次の実習発表会では、いよいよ実際に生徒を入れて行うのですって」
各自で出したセッティングのアイディアをまとめ、試しに選んだ茶器などを置いてみている時に、噂好きの一人がうきうきと話題を持ち出した。
「やはり今年も行うのね。より実践に即した勉強ってことでしょうけど」
「それでも皆さん、うちのクラスに参加される方の中に意中の殿方がいらっしゃったらどうします?」
元気なエイダはおどけて手を挙げる。
「私は絶対にサーブを担当するわ! チャンスですもの。その時はクローディアも協力して下さいね」
「え、ええ、もちろんよ······」
すっかり忘れていたが、淑女科は男性との接点が少ないので、卒業パーティの前に設けられているテーブルセッティングの実習発表会では必ず殿方を含めた生徒を招待し、実際に私達にお茶会を開催させるのだ。
先輩方の中には、この発表会で素敵なご縁を見つけた方が多くいるので、淑女科内でも上位人気の授業である。
私は出会いに元々興味がなかったのと、このところの個人的事件の連発で頭がいっぱいで、すっぽり抜けていたが、よく考えたら一大事だ。
私は、自身の男性恐怖症のことをキャサリンとエイダ以外の人に話していない。
淑女科に限っては教師も全て女性なので、さほど親しくないクラスメイトにまで言う必要性はなかったのだ。
実習当日には必ず何かしらの役割を担当しなくてはならない。
だが、将来の目標を侍女や女官にしていない私では、裏方仕事は希望出来ないだろう。
――おそらく私は着席でのお客様対応をテストされるわ。
その時に男性の隣になるのは苦しいわね······。
招待される生徒は騎士科、魔術科、普通科、経営科それぞれの成績優秀者の中から、招待者の希望を聞いたのち参加クラスや席次を割り振る。
要するに同学年の頭のいい方たちに招待状を出し、三クラスある淑女科のどこに参加したいか希望を募る。
それを先生が取りまとめて、招待者の参加クラスと席次とを割り振っていく。
この時、成績優秀者の婚約者が淑女科に在席している場合は、優先的にそのクラスへ参加となる。
婚約者がいるのに『運命の出会い』など学院で生まれたら困るからだ。
きゃあと声を上げながらクラスメイト達は最前よりこの話題で大いに盛り上がっている。
それぞれに好きな方、婚約者様などがおられて、このような交流を心から楽しみにしているのがよく分かる。
クラスメイトの浮足立つ気持ちを微笑ましく思いながら作業をしていると、そこへ婚約者と無事に仲直りをしたキャサリンがやって来て、私に耳打ちをして来た。
「クローディアはどなたか来ていただきたい方はいらっしゃるの?」
「いえ······、私は特に」
とそこに、先生から声がかかった。
「クローディア・ガスターさん、ちょっとよろしいかしら?」
◇ ◇ ◇
先生に誘導され、隣の控室に通された。
彼女はお茶会の割り振りを担当なさっている先生だ。
その業務内容から、生徒の家の派閥のことや、縁組のことなどよくご存じの方でもある。
「ごめんなさいね、練習中に。実はね、ソーンダイク公爵家のザカライヤさんが、あなたの茶会に参加したいとおっしゃってるの」
――えっ? ザカライヤ様ってあの?
そんな訳ない、そんな訳ないと自身を鼓舞しながら先生のお話の続きを伺う。
「ええと、すみません、それって」
「ええ。婚約者候補だからと。それでプライベートなことをうかがって申し訳ないのだけど、先方のおっしゃることは本当なのかしら? もちろんそれならば配慮いたしますけれども、聞いていないお話だったものだから」
私のお相手がソーンダイク公爵家だなんてお父様達も何もおっしゃってない。
子爵家に公爵家からお話なんて普通なら来ない。
普通なら······普通じゃない状況が起きていたら?
いくらそう思っても、不安が募っていく。
「あの、私には一時保留になっている婚約者の方がおられるようなんですが、その方ではないはずです」
「ないはずって、じゃあ貴女は婚約者候補の方をご存知ないのね?」
ぐっと息を詰めて黙り込んでしまった私をなだめるように、先生は話を続けて下さる。
「色々とご事情がおありのようだけれど、それなら一度ご家族に伺ってみていただけるかしら? あの方·······以前貴女にあたりが強かったことがあるでしょう? だからご両親もお選びにはならないでしょうけど······ただ、あちらが婚約を強く希望されているのだとしたら······」
心臓がどくどくと主張を始めた。
爪先に血が巡らないようなそんな感覚。
「ご心配おかけしてすみません。確認してご報告します」
「お願いね。·····あら、·お顔真っ青になっているわ。このまま医務室にいらっしゃる?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
ザカライヤ・ソーンダイク公爵令息様。
私の男性恐怖症のきっかけになった方――。
ふらふらしながら練習会場に戻ると、あらかた確認は終わったので今日は終了するとのことだった。
先程から爪先だけではなく指先も冷たく感じるが、荷物をまとめて馬車寄せまで向かった。
我が家の馬車に乗って帰る道すがら、自身の婚約者かもしれないザカライヤ様のことを考えて、いけないとは思いつつもどんどんと気が塞いで行ってしまった。
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