彼と彼女が目指す先にあるのは、楽園か地獄か

第36話 楽園を目指して

 しばらく歩いたところで、ショウが口を開く。


「ここから100キロほど先の港に、外国へ向かうコンテナ船がある。それにこっそり乗り込もうと思うんだ。ただ、市街地を通るわけには行かない。山をいくつか超えよう」

「うん。わかった」

2人はただ先を目指した。

 しかし、そう上手くはいかない。思うように進めない日が続いた。雪はどんどんと酷くなる一方だった。足の感覚は徐々になくなり、深く積もった雪は容赦なく足元をすくった。寝泊まりする場所さえも、なかなか見つけられなかった。

 

 そんなある日、レイラは足場の悪い山道で足を滑らせた。

「大丈夫かい?」

「足を挫いたみたい」

「とにかく、どこかで休もう」

 無人の寺を見つけた二人は、お堂の中に入る。風雪はなんとか凌げるが、身に染みる寒さが和らぐことはなかった。

 裸足になると足首は赤く腫れていた。

「レイラは雪に慣れていなかったことを忘れていたよ」

 身体に積もった雪を振り払いながらショウが苦笑いした。

「ごめん。でも大丈夫、歩くコツは掴んだから」

 13歳まで過ごしたあの島は、雪がほとんど降らなかった。リュウジに保護されてから10年間住んでいた町も、積もるほど雪が降った記憶がない。けれども今、目の前には雪しかない。

「さっき、ラジオを聞いたら、この雪も今日までらしい。明日からは少し歩きやすいと思う。距離を伸ばしたいけれど……」

 ショウは心配そうにレイラの足を見る。

「あたしは大丈夫だって。少しでも先に進もうよ」

「いや、今日はここで休もう」

 レイラが立ち上がろうとすると、制止される。彼女は仕方なく、もう一度座りなおした。


 静寂が2人を包んだ。

「僕たちは本当にたどり着けるのかな」

 沈黙を破るようにショウが呟いた。顔を覗き込むと、曖昧な笑みをレイラに向けた。

「もしも逃げ切れたとしても、その先にあるのは本当に僕たちの楽園なんだろうか」

「いまさら何を言っているの? 逃げないとあたしたちは殺されちゃうんだよ。カイルや高垣さんとも約束したじゃない。生き延びるって」

「でもね、僕たちは逃げた先でも、きっと、息をひそめて暮らすんだ。もしも子供が出来たとしても、その子が幸せになるとは限らない。僕達に残された時間はあまりないのかもしれない」


 ショウは弱気になっていた。けれど、残された道は逃げるだけなのだ。レイラは彼の頭をそっと胸に抱き寄せた。

「それに僕はもう……」

 腕の中で彼は何か言おうとした。レイラはくぐもった声を遮って彼の髪を撫でる。

「あのね、確かに行きつく先にあるのが楽園かどうかは分からない。それなら、あたしたちが楽園を作ればいいんだよ」

 ショウは顔を上げて微笑んだ。

「やっぱりレイラは強いな」

「強くなんかないよ。ショウの存在があるから強くなれるんだよ。先はまだ長いけれど、あたしたちならきっと辿り着ける」

 レイラはショウの背中を優しく抱きしめた。


 2人だから、乗り切れた。2人だから、これからも頑張れる。

「何も知らなかったあの頃が、一番幸せだった」

 ショウが呟く。

「あたしもだよ。集落でショウと過ごしたあの日々は、キラキラ輝いていた」

「もう戻れないけどね」

「そう。もう二度と戻れないんだよ」

 2人は凍える寒さの中、身体を寄せ合って眠った。


 瞼に光を感じて目が覚めた。朝日がまっすぐに差し込んでいる。外に出ると、昨日までの雪は嘘のように止んでいた。足はまだ痛むけれど、進むしかなかった。一面に積もる雪を前に、レイラは一歩一歩と足を踏み出した。


 ふと振り返れば、銀世界に2人分の足跡があった。自分達が確かに生きている証のようだった。

 

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