第35話 恩人との再会
北を目指し、ただ歩いた。
ショウの後をついて歩いくこと数日、レイラの視界にはすっかり白くなった低い山々と、雪に覆われた田園風景が飛び込んできた。
「ここだよ」
彼が指さした先には、さほど大きくない平屋の家があった。屋根に雪が積もっている。
ショウは何度か声をかけた。しばらく待っていると家の中からガタゴトと音がした。入口にあった引き戸がゆっくりと開き、女性が顔を出した。杖をついた60代くらいの小柄な女性だ。白髪交じりの髪の毛を一つにまとめ、怪訝そうにこちらを見ている。
「誰だい?」
「お久しぶりです」
ショウが挨拶すると彼女の頬が緩んだ。
「また戻って来たのかい。おや、一人じゃないね」
「こんにちは」
レイラの声を聞いて、彼女はにっこりと微笑んだ。
「また、戻ってきました」ショウも微笑む。
「ああ、外は寒かっただろう。早くお入り」
女性は快く、2人を招き入れてくれた。
こぢんまりとしたリビングダイニング。レイラとショウはソファに座るよう促された。見ると、各部屋によって床の素材が違う。目の不自由な彼女がどこの部屋にいるか、分かりやすくするためだろうか。隣にはキッチンがある。部屋の中はシンプルで余計な物はない。ソファやテーブルは少し年季が入っており、あちこちに傷がついていた。
女性は慣れた様子で家の中を動き回っている。レイラは何か手伝おうかと立ち上がったが、「いいから、座ってな」と制止された。
部屋の隅には小さな仏壇が見えた。仏壇には腕時計が置かれていた。
「暖かくなるまでここにいると良いよ、このあたりの冬は厳しいからさ。息子の部屋が空いているし。布団は押し入れにあるから、勝手に使っておくれ」
トレーに載せた湯飲みをテーブルに置きながら、彼女は言った。
「いえ、僕たちにはやるべきことがあるんです。だから早めにお暇します。でも、もう一度だけきちんとお礼を言いたくて」
「もう会えないってことかい」
彼女の一言で、レイラは黙って俯いた。ショウも無言だ。部屋の気配は沈黙に包まれて、気まずい空気が充満する。
「あんたたちは、毎日のようにニュースで報道されているだろう」
沈黙を打ち破るように、彼女は言った。レイラは、はっとして顔を上げる。
「すみません。息子さんの名前を指名手配犯にしてしまって」
ショウは深く深く、頭を下げて詫びる。
「前に警察官を名乗る男から電話があったんだ。低くて良い声のおまわりさんでね。彼は『タカガキショウ』の同僚だって言っていた。ちょっと気になる事があるので、息子がこちらで使っていた物を送ってくれと頼まれた。私はピンときた。あんたが息子の名前を名乗って、警察官になったんだって。何か事情があることもね。だから私はあんたがここで使っていた櫛を送った」
レイラは電話の相手がリュウジだと気が付いた。
「その警察官が、一度ここに来たんだよ。あたしはこの通り顔は見えないが、あれはきっと男前だよ。あたしの目が見えないことに、彼は初めて気がついたみたいだった。あたしが嘘をついていることもね。何て言ったって、息子の仏壇があるわけだし。じゃあ、今存在している『高垣翔』は何者なんだって聞かれてね。このまま何も詮索しないでくれと頼んだら、何も言わずに帰って行ったよ」
リュウジは早い段階でショウが偽物だと気がついていたようだった。
結局、高垣さんの家に2泊もさせてもらった。暖かい場所で寝泊まりしたのは、久しぶりだった。日持ちする食料や、毛布を持って行けと手渡される。
「本当に、いろいろとありがとうございました。お身体には気を付けてくださいね」
何度もお礼を言い、立ち去ろうとする2人の背中に、彼女は声をかけた。
「私には見えるよ。あんたと彼女に可愛い赤ちゃんができて、3人で幸せそうに暮らす姿が」
レイラとショウは顔を見合わせる。
「元気でおやりよ。2人にどんな事情があるか知らないけれど、せっかくの命なんだ。粗末にしちゃいけない。息子の分まで生きて欲しい」
「絶対に生き抜いてみせます」
レイラが力強く言うと、ショウは険しい顔で何も言わず、頷いた。
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