第34話 ショウの恩人③

 ショウが翔の家に来て、一か月が過ぎた頃。彼は何気なくテレビをつけた。画面には全国各地のニュースが流れていた。


『桜が見ごろになった城山では、多くの観光客で賑わっています。日本さくら名所百選にも指定されたこの場所では、地元の花見客も多く訪れます』

 山の上にそびえ立つ城の周囲に、桜が咲き乱れていた。大勢の人が、桜の木の下で写真を撮ったり、食事をしたりしている。別のカットでは老木の地面に、広がった桜の花びらの絨毯が映し出された。

 ショウは何気なくその風景を眺めていた。ふと、彼の目に一組のカップルが留まる。桜の花びらが敷いたピンクの絨毯、そのそばを歩いている男女。黒髪で端正な顔をした長身の男が女に話しかけていた。彼は白いTシャツの上に白い麻のシャツを羽織り、ブルーのデニムとラフな格好だ。

 隣に並ぶ、淡い紫色のワンピースに白いカーディガンを羽織った彼女は、嬉しそうな笑顔を男に向けている。

 

 彼女の笑顔を見たとたん、ショウの呼吸が止まった。テレビに近づき、画面を食い入るように見つめる。

「レイラ?」

 画面は次のニュースに切り替わる。一瞬だったが間違いない。あれは彼女だ。レイラは生きていた。あの場所はどこだ。この国のどこかに彼女はいる。早く会いに行かなければ。この目で無事な姿を確かめなければ。

 

 夜中、ショウは気づかれないようにそっと起き出し、部屋を出た。玄関のドアをゆっくりと開くと、辺りは漆黒の闇だった。

「出かけるのかい? こっそり出て行こうとしても、私には分かるんだよ。耳が良いからね」

 ショウが振り向くと、背後に母親が立っていた。

「あの、僕は、実は……」

「気づいていたよ。あんたが来たあの日から。バカにするんじゃないよ。息子かどうかなんて、目が見えなくても分かる」

 彼女は穏やかな口調だった。


「騙してすみませんでした」

 ショウは深々と頭を下げる。項垂れたまま、何も言えなかった。

「きっと、息子はこの世にいないんだろう? もしかしたら、あんたは私を殺しに来たのかと思った。でもね、あんたの手は息子にそっくりだ。それに、それほど悪い人でもなさそうだ。だから騙されてやってたんだよ」

 何もかも見透かされていた。彼はゆっくりと頭をあげる。じっとこちらを見つめる彼女に向き合う。

「あなたの言う通りです。翔くんはもうこの世にいません。僕は助けることが出来なかった。僕は彼の友達です」

 ショウは翔との出会いから、別れるまでの一部始終を話した。彼女は黙って、ショウの話を聞いている。

「翔くんから預かっている物があります」

 ショウはずっと渡しそびれていた腕時計を差し出した。ボタンを押すと、時計は時刻を告げた。険しい顔をしていた彼女は少し微笑んで、時計を受け取った。

「あの子らしいね。これは目の不自由な人向けの時計だよ。こんな気を遣う暇があったらさっさと帰ってくれば良いものを」

 彼女はショウに背を向け、家の中に入ろうとする。が、足を止めた。

「あんたにはきっと行くべき場所があるんだろう。早くお行き」

「また戻ってきます。いろいろとありがとうございました」

 ショウはもう一度、深く彼女に一礼して、家を出て行った。


「それからレイラを見つけるまで、3年もかかったよ。あの時、一瞬テレビ画面で見ただけだったし、一緒にいるリュウジくんが何者かも分からなかった。全国の桜の名所をこれでもかと調べ回って、あの城山を見つけた。階級章のこともあったから、警察組織にも入り込んだ。翔の名前を借りてね。そしたら偶然レイラのことを知ったんだ。まさか僕と逸れてからずっと警察組織の中にいるなんて思わなかったよ」

 レイラに会うまで色々あって本当に大変だったんだと、ショウは話を締めくくった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る