第33話 ショウの恩人②
だが、そう上手くは運ばなかった。
男がいないとされる時間帯にショウが忍び込み、翔を招き入れた。しかし、金庫を開けた時、突然現れた10数人の男達に囲まれてしまったのだ。2人の計画はあっさりと見破られていた。
ショウは隙を見て何とか逃げ出せたが、捕まってしまった翔は、狼の群れに放たれた羊のように動けなくなっていた。
一度逃げだしたショウは、なんとか翔を助けようと男の家に戻った。家には地下室があった。見張りは一名、翔は地下室で倒れている。すでに虫の息だった。
ショウは背後から見張りに近づき失神させると、翔に駆け寄った。
「おい、翔。翔、大丈夫か」
呼びかけで翔は微かに目を開けた。彼は腫れあがったひどい顔で無理やりに微笑んだ。
「ショウ、頼む……俺の部屋に……あの時計を……お袋に渡してくれ。住所は……中にメモがある」
「分かった。とりあえずここから逃げよう」
肩を貸そうとするが、翔は既に起き上がることも出来ない。何とか抱え上げようとするが、うまくいかない。その時だった。
「やっぱり戻って来やがったな」
男達が現れて、ショウを囲む。
「今度こそ逃がすなよ」
彼らはナイフをショウの目の前に出し構えた。
「最後に何か言いたいことは?」ニヤニヤ笑いながら男の一人が尋ねる。
自分の運動神経がいくら良いとはいえ、さすがにこの状況では多勢に無勢だ。
「そうだな」
ショウは横たわる翔を視界に収めて深呼吸する。彼は既に動かなかった。
(ゴメン、翔。僕は逃げる。まだ彼女に会えていないんだ)
「言いたいことなんかないよ!」
言うと同時に、敵が持っていたナイフを蹴り上げ床に落とす。そして、ものすごい早さで走り出し、外に出た。
「逃げたぞ!」
「あっちだ!」
男達はどこまでも追いかけてくる。追っての数もどんどん増えてくる。こうやって追われるのは何度目だろう。あの島を出てから、気がつけばいつも何かに追われていた。ショウは追っ手をまきながら、翔の家に戻った。腕時計を握りしめ、また走りだす。
冬が終わり、春はもう目の前まで来ている頃の事だった。
ボロボロに疲れた体を引きずりながら、彼は翔の実家を目指した。できれば彼も一緒に連れて帰りたかった。彼の遺体は今頃、絶対に見つからないように、海の底にでも沈められているのだろう。友人一人助けられない、無力な自分が情けなかった。
思えば、何一つ解決していなかった。
何故、集落が襲われたのか。何故、家族や仲間が皆殺しにされたのか。レイラはどこに行ったのか。せめて、この腕時計だけは翔の母親に届けたかった。
やっと家の前にたどり着いた時には、意識が朦朧としていた。ずっと、飲まず食わずで走っていたのだ。車に轢かれそうにもなり、山中も彷徨った。気がつけば、身体中に擦り傷と痣が出来ていた。
『コンコン』
力を振り絞り、ドアをノックする。しばらくするとドアが静かに開いた。
「あんた、誰だい?」
翔の母親だろうか。女性が戸口に立っていた。ショウは何て言おうかと、口をもごもごと動かす。
「翔、翔なのかい? お前、突然帰って来て、驚くじゃないか」
「え?」
その時に、ふと気がついた。翔の母親は目が見えなかった。
「ああ、ただいま」
ショウはそれだけ言った。
「おや? 怪我をしたんだね。大変だ。ほら横になった方がいい」
ベッドまで手をひかれ、寝かされた。彼女は慣れた手つきで救急箱を持って来る。
「いたっ」
塗られた薬が傷口にとてもしみる。
「じっとして。ああ、そうだ。そのままで。まったく、久しぶりに帰って来たと思ったら。なんだい、このざまは」
走り疲れていたショウの意識がどんどん遠くなっていった。
どのくらい時が経ったのだろう。ショウは陽の光で目を覚ました。これだけぐっすり眠ったのは久しぶりだった。
「ああ、やっと目が覚めたのかい?」
翔の母親が声をかけた。彼女はずっと看病していてくれたらしい。
傷はまだ痛むが、それでもゆっくりと休めることはありがたかった。
翌日からは彼女に言われるがままに、家の手伝いをして日々を過ごした。彼女は一人暮らしで、隣近所との付き合いもないようだった。ショウはできるだけ彼女の手助けをした。畑を耕し、買い物に行く。話し相手をして、一緒に食事を食べる。
彼女は自分を翔だと思っているのだろうか。自分のために食事を作り、世話をしてくれる。翔は、母親に親孝行らしいことは何もしてこなかったと言っていた。自分が彼の代わりに親孝行をしてみるのも悪くない。
ショウはそう思うようになっていた。
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