あの頃を知る人
第30話 赦さない人➀
カイルがいた別荘を出て、レイラとショウは徒歩で北に進んだ。彼を残していくのは辛かったけれど、ずっとここに留まるわけにはいかなかった。カイルが亡くなった翌日、別荘の隣に2人で穴を掘って彼を弔った。2人はただ無言だった。ここでどんな言葉を発しても虚しい気がした。
別荘の横には柊が白い花を咲かせていた。棘のある葉に注意しながら枝を少し折り、カイルが眠る前に置いた。
きっともうここには戻って来ない。口には出さないけれど、戻って来ることはないだろうと思っていた。2人に残された道は、前に進むだけなのだ。進んだ先にきっとある『楽園』を信じて、ただ前を見るしかない。
昼間は息を顰めるように休んで、夜になってから移動する生活が続いた。日に日に寒さが厳しくなってくる。人目につかず、なおかつゆっくりと休める場所も簡単には見つからなかった。やっと見つけても、かろうじて雨風が凌げる空き家や地面がむき出しの掘っ立て小屋だ。
ある日のこと、小屋で休んでいると遠くからかすかな物音が聞こえた。二人は目配せをして、外の様子を伺った。持っていた双眼鏡で音がした方向を確認すると、数100メートル先に2人組の男の姿が見えた。山の中には不釣り合いなスーツ姿だ。1人は30代半ば、もう一人は20代。2人とも上着のボタンをかけ、左腕を身体から少し離している。おそらく左脇の下に拳銃を吊っているはずだ。耳にはイヤホンを装着している。レイラは小声でショウに囁きかけた。
「あの人たち、きっとTNTのメンバーだよ。他の都道府県にも存在しているって、噂で聞いたことがある。あの隙のない雰囲気は間違いない。きっとあたしたちを探しているんだ」
「今まで見つからなかったのが、ラッキーだったんだ。何とか切り抜けないと」
「あの人たちもトウリのように、仲間を殺したのかな」
トウリが言った話が本当なら、あの人たちが集落を襲撃した可能性もある。
「もしもあの人たちが集落を襲った人間だとしても、殺すのはやめよう」
「でも、ショウ……」
「絶対に殺しちゃだめだ。撃ったとしても、時間を稼ぐだけ。僕たちはただ、とにかく逃げよう」
「分かった」
レイラは渋々頷いた。彼が言いたいことはわかる。集落を襲った人間を殺したところで、何一つ解決しないことも理解している。自分達が今がするべきは、ただ前に進んで2人だけの楽園を作ることなのだ。
「どのみち、あの2人には見つかるだろう。隙をついて逃げ出せば、すぐに応援を呼ばれる」
「そうだね」
それよりも……とレイラとショウは銃を手に堂々と2人の前に立ちはだかった。
「ねぇ、あたしたちを探しているんでしょう?」
「動くな。両手をあげて」
探している人物がいきなり現れるとは思っていなかったようで、男たちは一瞬怯んだ。
レイラが銃を向けているので、男たちは素直に両手を挙げた。
「全く気がつかなかったよ」
「さすがだな」
「無駄口叩かないで、一つ教えて。あなた達、10年くらい前にあたしの家族を殺した? 場所は瀬戸内海の島」
レイラは2人の顔を交互に見て、反応を伺った。
「何の話だ?」
若い男が怪訝な顔で首を傾げた。しかし、もう一人はじっとレイラとショウの顔を見ている。連日指名手配されている顔だ。今更、確認する必要もないだろう。男は今の2人ではない何かを見ていた。そしてあっと小さな声をあげた。
「まさか……お前たちはあの時の子供か。なるほど。それで上が躍起になって探しているのか。あの時、遺体の確認ができなかった子供が2人いて、おそらく海で亡くなっただろうと言われていたが、まさか生きていたとは」
唖然とする男の顔を見て、レイラの体の奥からむくむくと怒りの感情が湧いて来た。
「あなたもあたしの仲間や家族を殺したんだ」
自分の声じゃないような冷たい声が、レイラの喉の奥から出た。この言葉が凶器なら、間違いなく目の前の男を切り裂いていただろう。
「それは……」
男は口ごもる。隣の若い男が、訝し気にレイラと仲間の男を交互に見て言った。
「何の話ですか? この2人は警察官でありながら、テロリストだった危険人物でしょう。早く応援を……」
若い男の手が微かに動く。彼が銃に手をかけるよりも早く、レイラは年上の男に銃口を向けた。
「動かないで! 少しでも動いたら、この人の命はないから」
トリガーに手をかける。レイラの中で目の前の男を、家族を殺した男を『撃て』『撃つな』と鬩ぎあっていた。
「撃っちゃだめだ」ショウが叫んだ。
「でも! この人は、仲間を殺したんだよ」
脳裏にまたあの惨劇が過った。この人やトウリやその他大勢の様々な部隊の人が、容赦なく、仲間たちに銃弾を浴びさせている光景が浮かんだ。できることなら、集落を襲った人間全ての居場所を突き止めて、同じ目に遭わせたい。ショウは友人や、妹達の命をあっさりと奪ったこの人達を許せと言うのか。
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