第29話 リュウジの日常

 そんなある夜、


「お前か。この辺でいきがっているガキは」

 リュウジが夜の街を歩いていると突然、数人の男達に囲まれた。この界隈ではよくある光景だった。ケンカが強いと思い込んでいる男が噂を聞きつけ、リュウジにちょっかいを出して返り討ちにあっていた。

 人通りの多いこの場所で騒ぎを起こすのは賢明ではない。無関係な人間が巻き添えになる可能性がある。そう思ったリュウジは男達に話があるのなら場所を変えようと提案した。男たちはにやりと笑った。

「そうだな、じゃあついてきてもらおうか」

 相手が何人でも同じことだ。リュウジはそう思って男達について行った。

 

 連れてこられたのは埋め立てられた海岸。周囲には稼働していない造船所、同じ大きさの倉庫がいくつも並んでいる。

「連れて来ました。こいつアホですよ。これからどうなるとも知らず、ノコノコついてきて」

 男達の視線が一斉に注がれたその先に、異彩を放つ人物がいた。血気盛んな男達の中で、唯一冷静で物静かな男。しかし、他を寄せ付けない空気を纏い、眼光は誰よりも鋭かった。

 他の仲間に対する口調、服装、態度……あいつがこの中で一番立場が上のようだ。あいつを倒せばあっさりとカタがつくだろう。リュウジはそう判断した。


 数人の男がにやつきながらリュウジを取り囲み近づいてくる。彼は近づく男達を殴り倒しながら、無言でリーダー格の男に突進した。そのはずだった。

「甘いな、たった17歳のガキ1人が、俺たちに勝てっこないんだよ」

 背後から男の声がした。リュウジが振り向くと、彼の身体ごと呆気なく吹っ飛んだ。いつの間にかリーダー格の男が背後に回り、リュウジを殴っていたのだ。


「素人のガキにこんなものを使いたくはなかったが、お前は別だ。早急に痛みつけないと分からないようだな」

 倒れこんだリュウジの視界に入ったモノ。それは銃だった。リーダー格の男は無言で、銃口の黒い穴をこちらに向けている。初めて見る武器に、リュウジは一瞬怯んだ。このまま頭でも撃ち抜かれれば勝てないとも思った。だがここで死んだところで、自分1人いなくなったところで世界は何も変わらない。誰1人、悲しまないだろうと諦めに似た気持ちが湧いて来た。


「こいつ、親無し、家無し、ダチなしだから、やっちゃってもいいんじゃないですか」

「いなくなったところで、誰も気にしませんよ」

「海にでも沈めておきましょう」

 男達が次々にはやし立てたその時、

「おい、お前達。何してる」

 少し離れた所から男の声がして、リュウジはそちらに目をやった。いつも彼をしつこくスカウトしていたエイジが険しい顔で立っていた。


「あんたには関係ないよ。俺の喧嘩だ。あっちに行ってくれ」

 リュウジは、平静を装って答えた。

「リュウジ、それは本物の銃だ。お前達、ただの喧嘩じゃないだろう?」

 リュウジの言葉を無視し、エイジは近づいた。

「だから、こっちに来るなよ!」

 リュウジは大声を出した。


「誰だ。おっさん」

「リュウジの友達だ」

「お友達が助けに来たって」

「いやいや、こいつにダチはいないだろ。兄貴か?」

「親兄弟もいないだろ。こいつ捨て子らしいから」

「お友達も道連れにするか」

 何処からともなく現れた人物を見て、男達がまたわいわいと騒ぎ出す。この騒ぎに便乗して逃げるか……。リュウジがそう思った時、ボコッと鈍い音がした。リュウジが音の方を振り向くと、リーダー格の男が倒れて蹲っている。男の持っていた拳銃は宙を舞った。エイジは素早くそれをキャッチすると叫んだ。

「リュウジ、こいつらはまとめて俺が引き受ける。今のうちだ。早く逃げろ」

 どうやら、エイジがリーダー格の男を倒したらしい。しかし、早すぎて見えなかった。リュウジは目の前の光景を見て2、3度瞬きをする。


「あんた、リーダーをやるなんて何てことしてくれたんだ」

「まずはこいつから始末するぞ」

 男達は次々に騒ぎ出し、ナイフや鉄パイプなどの凶器を手にしてリュウジそっちのけでエイジに向かって行く。


「おい。あんたこそ逃げろよ! 殺されるぞ!」

 リュウジがそう叫んだ次の瞬間。エイジは身を翻し、立ち向かって男たちを次々に倒して行った。リュウジは呆気に取られて、眼前で繰り広げられる光景を見ていた。


 エイジは、男が振りかざしたナイフをよけて、腹にパンチを入れる。別の男が振り回している鉄パイプの隙間をかいくぐって、顎を一発殴ると男は吹っ飛んだ。そうやって、男たちは次々に倒れていった。


「こいつ、めちゃくちゃ強いじゃねぇか」

「何者なんだよ」

 倒れこんだ男達が息も絶え絶えに叫んでいる。


 最初に殴られたリーダー格の男が立ち上がり、仲間に大声で『もうやめろ!』と言い放った。男は両手をあげて、エイジに向かって歩いて行く。

「分かった勘弁してくれ。それよりあんた、俺たちの仲間にならないか? 腕っぷしの強い用心棒が欲しいと思ってたところなんだ」

「断る。俺は知り合いを迎えに来ただけだ。ただ、この物騒なものは預かっておく」

 涼しい顔で拳銃を内ポケットにしまい、エイジは答えた。

 彼はリュウジの方を向く。

「どうだ、これで仲間になってくれるか」

「あんたバカだろ。下手すりゃ、あんたも死ぬところだったんだぞ」

「お前を仲間にするまでは、死ねないよ」エイジは微笑んだ。

「分かったよ、それで俺はどこに行けばいいんだ」

 鋭い視線を少しだけ緩め、リュウジはにやりと笑った。


 リュウジは18歳でエイジの仲間になった。その後トウリとアン、そしてレイラがメンバーに加わった。リュウジに出会ってもう16年。彼は変わっていない。いや、変わらないからリュウジなんだと思う。できれば、あいつにこの任務を押し付けたくはない。


 エイジは、しわくちゃになった指名手配犯ポスターを、もう一度強く握りしめた。


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