エイジとリュウジ
第28話 エイジの仲間
エイジはリュウジに始めて会った頃を思い出していた。
あの頃のエイジは、生活安全課の許認可係として勤務していた。管内で喧嘩に明け暮れていたリュウジの名前は、同僚の少年係から聞いて知っていた。彼は荒れた日々を過ごし、何度も警察に補導さていたのだ。
ただ、調べれば、ナンパされて困っていた女性を助けるために、チンピラ風情の男を瀕死の状態にしたとか、10対1の喧嘩に加勢して10人を病院送りにしたとか、本人は決して口にはしないが、どうやらそういう事が多かったようだ。
「お前、肝の座った良い眼をしているな」
初めて署内で会った時、エイジは彼に声をかけた。場所は警察署内の廊下、リュウジが17歳の時だ。リュウジはまた人を殴り少年係に補導されていた。以前に同僚から彼の生い立ちを聞き、同情はしたがそれだけだった。
「松島さん、こいつの調書を取ってくれませんか。俺、別件で現場に行かなきゃいけないんですよ」
リュウジの隣にいた同僚が、エイジに声をかける。リュウジは一言も発さず、エイジを睨んだ。
「ああ、分かった」
同僚から頼まれて、エイジは彼を取調室に連れて行った。
リュウジはエイジより先に取調室のドアを開け、スチールでできた灰色の机の奥にあるパイプ椅子にドカリと座り込んだ。
「もう何度も来ているから、勝手が分かるってことか」
エイジは苦笑いしながら、ゆっくりと彼の正面に座った。
「それで?」
とげとげしい声でリュウジが聞いた。
「相手は告訴すると言っている。何故殴ったんだ。もう何度も補導されているのだから、どうなるかくらい、わかるだろう? だいたい相手は弁護士なんだぞ。確かにお前が生まれた境遇は不運かもしれない。けれど、起こってしまったことは変えられないんだ。大切なのはこれからどうやって生きていくかだ。もっとうまく生きろ。面倒ばかりおこすな」
「お説教なら聞き飽きたよ、おまわりさん。俺が殴らなかったらあのガキは死んでいた。少年院でも何でも早くぶち込めよ」
リュウジは表情を変えず、エイジを見据えた。
今回、リュウジは他人の家の窓ガラスを割って、土足で侵入し家人に暴行を働いていた。
あの家からしょっちゅう怒鳴り声が聞こえていたのは、近所の人たちも知っていた。だが、怒鳴り声の主は弁護士で、外ではとても人当たりが良かった。怒鳴られていた子供も外ではきちんと挨拶をする礼儀正しい子で、あの声はしつけの範囲内だろうと誰もが思っていたらしい。
その日たまたま家の前を通りがかったリュウジは、興奮した男の声と子供のすすり泣く声が耳に入り、何気なく足を止め声のする方へ視線を移した。閑静な住宅街に建つ立派な2階建て、声はその1階部分きっちりとカーテンが閉められた窓から聞こえてきた。
人影が窓にぶつかりカーテンが揺れた時、室内の様子がわずかに見えた。大人の男が小学校低学年くらいの男児に馬乗りになり、顔面を殴りつけていた。男の子は無抵抗のままじっと耐えている。
それを見た瞬間、リュウジは何も考えずに動いていた。
気がつけば、窓ガラスを素手で破壊して家に入り、男を子供から引き離していた。リュウジは何度も男を殴りつけた。突然現れた男が、今まで自分を殴っていた父親を殴り始めたので子供は驚き泣き叫んだ。
「お前がやったことは傷害罪に不法侵入。勝手な行動を起こす前に、警察へ通報するとか他にも方法があっただろう」
説き伏せるように言ったが、
「通報したところで、あんたらは弁護士センセイに上手く丸め込まれるだろうな。俺は俺が正しいと思うことをやっただけだ」
リュウジの切れ長の目が鋭く光る。彼の目を見たエイジの中で、何かがざわついた。
当時のエイジは生活安全課で働く傍ら、TNTの新任メンバーとして全国を飛び回っていた。だがある日の任務で事件が起こり、生き残ったのは班に加入したばかりのエイジだけだった。エイジは自分を庇って死んでいった仲間のためにも、TNTで生きていく決心をした。TNTは特殊な組織で、見知らぬ人間と班を組むことは皆無だ。班長と班員、班員同志の間には目には見えない絆のようなものがあった。
エイジは上層部にこれからもTNTとして任務を続けたいと告げると、一人では心許ないので新しい仲間を見つけて、まずは二人で行動しろと言われた。仲間と言われても誰にでもできる仕事ではない。まず口が堅いこと、過酷な任務に耐えれる肉体と精神があること、何より信頼できる相手であることが重要だった。
エイジは唐突に切り出した。
「お前さ、俺の仲間にならないか?」
「はぁ? あんた、頭がおかしいのか? 俺に仲間になれって? 馬鹿じゃないのか」
ぶっきらぼうな口調でリュウジは言い放った。エイジは、詳しい話は言えないが自分はとある任務を警察官の仕事とは別に行っていると彼に話した。
「俺と組まないか。衣食住の保証はする。給料も払う。それもかなりいい金額だ。お前ならできると思うんだが、どうだろう」
エイジはリュウジを見て、こいつならやれると思った。リュウジとは初対面だったが、彼なら一緒にやってくれるという謎の自信がエイジの中にあった。
だが、エイジの思惑に反して
「衣食住の保証って、可哀想な子供を騙そうとしても、こっちにはお見通しなんだよ」
不機嫌を凝縮したような低い声で、リュウジは吐き捨てた。
「お前の正義感や腕力をもっと有効につかったらどうだ。だいたい可哀想な子供ってなんだ。俺はな、お前をそんなふうには……」
エイジが全てを言い終えないうちに、リュウジが口を開く。
「何をやってるのか知らないが、仲間になれそうな人間だったら誰でも良いんだろ。俺はそんな面倒はごめんだ。都合が悪くなったら切り捨てられるに決まっている。俺の正義感は、誰かに指図されてふらふらと揺らぐもんじゃねぇんだよ。それより、あのガキをちゃんと施設に入れておけよ。俺がいるところだって空いているだろ。絶対に親父に会わせるな」
言いたいことだけ言って、リュウジは口を閉ざした。
エイジは諦めなかった。リュウジを告訴すると言った弁護士には、告訴すれば子供への虐待を公にすると持ち掛けた。子供とは引き離す必要があったので施設に入れた。
公表されるのを恐れ、世間体を気にした弁護士はその話を受けた。十七歳の少年Aが家に押し入った事件にすることで合意したのだ。リュウジが殴った弁護士は『彼は不幸な環境で生まれた未成年です。これからまだ更生の余地がありますので、寛大な処分をお願いします』と声明を出し、リュウジの罪は問われなかった。
それからエイジは何度かリュウジに接触したが、答えはいつも同じ。リュウジは聞く耳を持たなかった。それでもエイジは彼の現れそうな場所で待ち伏せを繰り返した。
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