第27話 現実を見て、前に進む

 気まずい空気を紛らわすように、ショウはスマホを起動させた。スマホの画面から流れるテレビのニュースに目をやる。


『指名手配犯、白兎レイラと高垣翔についての新たな情報です。二人は本日、元同僚を射殺しました。使用した拳銃が、白兎容疑者が持ち出したものと一致したとのことです。警察庁は由々しき事態として、全国各地で検問を行い、容疑者の行方を追っています。なお、同時刻付近で起きた火災については事件と無関係のようです』

 二人は顔を見合わせた。


「カイルが撃った銃があたしの物だから仕方ないか」

「研究所の存在は極秘だから、ただの火災になっているね」


『次のニュースです。人気テーマパークの入場者数が、過去最高になりました』

 小さな画面いっぱいに映るのは、幸せそうな人たちの姿だった。家族や恋人、友人たちと思い思いに楽しむ様子が見える。ここはいつかレイラのママが教えてくれた場所だ。二人が付き合い始めた頃、いつか行きたいと言っていた場所だった。

 ニュースの内容がまるで遠い世界で起こった出来事のような気がして、ショウは無言でスマホの電源を切った。

 

 深夜、レイラは隣で眠っているショウを起こさないように一階に降りた。掃き出し窓をそっと開け、ウッドデッキにでる。全員でバーベキューができそうな広さがあるそこには、木でできた椅子が4脚と丸いテーブルが置かれていた。

 椅子に座り空を眺めた。空を見上げれば無数の星が瞬いている。寒い。けれど心地好い寒さだった。

「ここにいたのかい。冷えるよ」

 ショウの声がした。彼もレイラの隣に椅子を運んで座り、空を見上げた。

「ごめん、起こした?」

 レイラの問いに、彼は静かに首を横に振る。

「僕も眠れないんだ」

「あたしたち、明日からどうしよう」

 カイルが亡くなり、自分たちを生み出した彼らも、もういない。


「北へ逃げよう。これから冬がやって来る。身を顰めるなら、人が出歩かない場所の方が好都合だ。雪深い所へ行こう。北へ逃げて、定期的に日本に寄港する外国船に潜り込もう。この国から出て、誰も知らないところへ行くんだ」

 レイラはまるで自分が雪の中で敵から身を顰める白兎しろうさぎみたいだと思った。白兎。エイジ班長がつけてくれた苗字だ。ふと、班のみんなの顔が浮かんだ。トウリはもとより、きっとみんな恨んでいるだろう。みんなに命を狙われているんだろう。


「そうだね。残された道はそれしかない……よね」

 溜息混じりに言って、レイラはショウに凭れかかった。

「それとレイラ、僕たちは決して、赦されないものじゃないと思うよ」

 彼はそっとレイラのポケットに手を入れた。そこに入っていた青い石を取り出して、掲げる。

「この石は『物事の本質』を教えてくれるって前に話しただろう。そんなことを考えていたら、ある言葉を思い出したんだ。『万物は流転する』って言葉を」

「ああ、聞いたことある。この世にあるすべてのものは、絶え間なく変化するってことでしょ。同じ川には二度と入れないとかなんとか」

 レイラの言葉に、ショウは微笑みながら頷く。

「僕たちの存在は、変化し続ける地球の中で誕生したものだ。きっと僕たちの存在だって、『万物の流転』の一つじゃないのかな」

 言葉を区切り、フッと息を吐く。

「ただきっと、人間達には受け入れられないことなんだろうけどね」

彼は寂し気な顔で微笑んだ。                


 松島エイジは溜息をついて、手に持っていた用紙を握りしめた。彼の掌の中でぐしゃぐしゃになったのは指名手配のポスター。写っているのは白兎レイラと高垣翔。二人は警察組織壊滅を企むテロリストだという。国は、二人を早急に射殺せよという任務をエイジの班に命じてきたのだ。

 いくらレイラがテロリストと言っても、昔の仲間を目にすれば多少は油断するだろうと告げられた。見つけ次第射殺だという命令は分かる。拘束などという甘い措置でいつまた逃げ出すかもしれないリスクは負うべきではない。ただエイジは、あのレイラがテロリストだとは到底思えなかった。トウリを失った。彼を撃ったのはレイラだという。


 エイジ、アン、レイラは自分が見初めて仲間にした。しかし、トウリは違った。リュウジと共に任務を行っていたある日、上から『仲間に入れてみないか』と紹介されたのだ。土宮トウリは19歳の新任警察官だった。

 始めて会った時、「どうも、これから宜しくお願いしまーす」と屈託のない笑顔で挨拶されたが、彼の目の奥は笑っていなかった。トウリはよく食べ、よく働いた。銃の扱いも最初は慣れていなかったが、徐々にコツを掴んでいった。そして彼は『土宮トウリ』と呼ばれるのを極端に嫌がった。「フレンドリーにトウリって呼んくださいよ」とあの笑顔で言った。

 元々怪力で、敵を力でねじ伏せるのは得意なようだった。普段は地域課の警察官として制服姿で受け持ち区の警らを行い、任務があれば俺たちと一緒に行動した。


 しかしわずか数か月後、彼は突然警察本部内のコックに転職した。理由を聞いたが「食べるのが好きなんですよ」と相変わらず、目の奥が笑っていない笑顔で答えた。 コックになっても、彼は俺たちと共に任務を行った。そんなトウリが何故、死ななければいけなかったのか。

 彼とレイラの間には何があったのか。一体、何が起こっているのか、エイジには皆目、見当がつかなかった。ずっと、TNTの一員として様々な困難とぶつかって来た。いろんなものを犠牲にしてきた。それでもこの仕事に誇りを持っていたし、この仕事が好きだった。

 今回起きた事件の詳細について何度聞いても、上は何も教えてはくれなかった。今まで生きた人生のほとんどをこの仕事に捧げてきたが、結局は自分も駒の一つにしか過ぎないのだと彼は痛感していた。


「エイジ班長」

 低い声で名前を呼ばれ振り向けば、いつの間にかリュウジが立っていた。彼はエイジの手に握りしめられている、指名手配のポスターに目をやる。

「何か、指示があったんですか?」リュウジは尋ねた。

 エイジは上からの指示を曖昧に伝えた。このチームの手に負えない事案であれば、他に存在する特殊機関の出動を検討しているらしいと。

「もう猶予はないと」怪訝な顔でリュウジは言った。

「ああ、早急に始末できなければ、大掛かりになると脅された。でも、それもやむを得ないだろう」

「俺にやらせてください」きっぱりとリュウジは言った。

「いや、しかし」

 リュウジとレイラは恋人同士だったはずだ。いくらレイラが他の男と消えたとはいえ、リュウジは嫉妬に狂って彼女を射殺するような男ではない。ただ、警察官として職務を全うしようとしているだけだろう。そんな彼の性格を知っているからこそ、この任務を任せるべきではないとエイジは考えていた。


 しかし、

「大丈夫です。俺が二人とも、きちんと始末しますから」

 彼ははっきりと言い切った。一呼吸おいてリュウジは続ける。

「エイジ班長、俺は警察官です。それに、他の誰かに殺させるくらいなら俺にやらせてください」

「お前は何か知っているのか」

 リュウジは何も答えなかった。


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