第26話 仲間なんて幻想②

『バン』

 カイルがレイラのエアウエィトでトウリを撃っていた。トウリはその場で倒れこみ、動かない。


「どうした、何があったんだ」

 ショウが現れて、レイラと倒れているカイル、トウリを交互に見比べる。カイルはかろうじて拳銃を握りしめ、肩で息をしていた。一方のトウリは、苦しそうな顔でレイラを睨み付けていた。


 トウリは、息も絶え絶えに何かを言っている。

「何? トウリ」

 以前は一緒に戦った仲間だ。レイラは彼の言葉を聞こうと屈んだ。


「レイラの復讐が叶って良かったな……。でも、忘れるな。お前たちは人間じゃない。赦されざるモノたちだ……お前たちの存在は、様々な犠牲のもと……」

 そこまで言いかけて、トウリは静かに目を閉じた。赦されざるモノ。どんな罵声よりもレイラの心に刺さった。


 その時、

「カイル! おい、しっかりしろ」

 ショウの声で我に返ったレイラが振り向くと、カイルも虫の息だった。レイラはカイルに駆け寄る。


 カイルは必死に言葉を発していた。

「二人は……ふたりは、絶対に生き延びるんだ。俺達みんなの、最後の、希望だから。ショウとレイラに……子供が出来て、幸せに暮らすことが……俺達みんなの、願いだと……思う」

 カイルはそっと手を伸ばす、ショウが宙を彷徨う手を握りしめた。

「分かったよ。二人で生き延びて、おじいちゃん、おばあちゃんになるまで静かに暮らすよ。だからもう喋るな」

「俺たちは一体……何のために、産まれてきたんだろうな……二人が、証明してよ……俺たちは、必要な存在だった、ってことを」

「カイル、あなたは必要な存在よ。あたし達にとって大切な存在だから」

 レイラも必死に呼びかけた。

「ありがとう……あとは頼んだよ……お二人さん」

 カイルは静かに微笑んだ。それが最期の言葉だった。


 ショウはカイルの手を握りしめて、泣いていた。涙の雫が彼の頬を伝い、カイルの身体の上に落ちる。


 ショウが泣いている姿を見るのは二度目だった。

 一度目は家族が殺された時。

 レイラの記憶が無くなる前。逃げて逃げて疲れ果て、眠ってしまったレイラは、すすり泣く声で目を覚ました。隣で眠っているはずのショウは、起き上がりすすり泣いていた。涙が頬を伝っている。そして、それは嗚咽へと変わった。

 レイラはそっと起き上がり、彼を抱きしめた。それでも彼は泣いていた。レイラも一緒に泣きたかったけれど、もう涙は枯れ果てて一滴も出なかった。

 その翌日、レイラは記憶を無くした。きっと涙も出なくて、もう無くすものは記憶しかなかったのだ。


 パトカーのサイレンが鳴り響きながら近づいている。

「とにかく逃げよう」

 カイルからそっと手を離し、ショウがレイラの目を見る。彼の目は真っ赤だった。レイラは何も言わず、黙って頷いた。

 ショウがカイルを抱きかかえ、車に乗せる。悲しんでいる暇なんてなかった。ここで捕まったのでは、意味がない。さっき彼に言われたのだ。

『二人は絶対に生き延びるんだ。俺たちみんなの最後の希望だから』と。

 

 あの別荘に戻ろうとショウは言った。

 二人は車を飛ばして、別荘へと向かった。途中で車を乗り捨てて、ショウがカイルを抱きかかえて走った。レイラはずっと走り続けている気がした。気がつけば、ずっと。静かに立ち止まれる日は、いつか来るのだろうか。頭の片隅で思った。

 

 別荘に戻った二人は、カイルをソファに寝かせて毛布を掛けた。いつも彼が休んでいた場所だ。まるで眠っているような顔だった。何のために産まれてきたのか証明してよ、と彼は言った。二人が証明できる保証はどこにもなかった。


「あたしたちは仇を撃てたのかな。あの人たちが死んで」

 ポツリと呟くと、ショウがレイラの顔をジッと見た。

「僕らにとっては仇を討つことが正義だったけれど、どうだろう。自分たちが正義だと思っていることが、相手の視点に立ってみると、違うものに映るからね。結局はそれがぶつかり合ってしまうだけのことなのかな」

「でも」と彼は少し黙りこむ。少しの沈黙の後、何かを思い詰めた表情で口を開く。

「僕の中からあんなに激しい怒りの感情が溢れてくるなんて、思わなかった。レイラが撃たなかったら、僕はあの人を殺していたと思う。それは僕が殺人兵器として作られたからなのかな」

 寂しそうな顔で、ショウは弱弱しく微笑んだ。


「そんなことないよ。怒りは誰の中にもあるんだよ。ショウは殺人兵器なんかじゃないから。それはあたしが保証する」

 レイラが力強く言うと、彼は少しだけ明るい顔で「ありがとう」と答えた。

「僕たちの最終目標は終わっていない。僕たちはどこまでも逃げ切る。それがうつべき仇だよね。カイルのためにも」

 そうだよ、とレイラは深く頷く。彼女は続けた。

「それにしても、まさかトウリが長老の孫だったなんて」


 少なくともこの10年間、トウリは優しかった。レイラはトウリを本当の仲間だと思っていた。でも、そう思っていたのはレイラだけで、彼はずっと彼女を憎んでいたのだ。レイラの存在そのものを憎んでいた。唇を噛みしめるレイラを見て、ショウがそっと頭を撫でる。

「彼が僕らを恨む気持ちも分かるよ。結果的に母親を取られたわけだし。今考えれば、おかしなことだらけだった。僕はあの集落で、妊婦を見た事はなかった。僕に弟ができると聞いた時、母はしばらく入院したんだ。退院した時には赤ん坊を抱いていたけれど、お腹は一度も大きくならなかった。僕はそんなものだと思ったし、誰にも教えられなかったから、知る由はなかった」


 レイラは妹たちの姿を思い出した。あの子たちもクローンだった。確かママは妹が生まれる前、少しだけ入院していた。けれども入院前の彼女のお腹は大きくなかった。あの子たちは、代理母のお腹から産まれたのだ。そして何も知らないまま殺された。

「みんな、ずっとあたしたちを騙していたんだよね。パパやママだと思っていたのに」

「でもね、レイラ。あの人たちは、作られた子供を育てていただけなんだよ。そして、あっさりと切り捨てられた。あの人たちも被害者だよ。僕たちと一緒に襲われ、殺されたわけだし」

 ショウは本当に優しい。トウリの気持ちを汲み、自分達を裏切り続けたパパやママにも同情する。

「どんな事情があったとしても、襲われる前にあたしたちに全てを話してくれていたら、みんなで逃げることだってできたかもしれない」

 きっぱりと言い切るレイラを見て、ショウは肩を竦めた。

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