第25話 仲間なんて幻想➀

 よく知っている大柄な男が、険しい顔でレイラを見つめている。


「トウリ! どうしてここに? お願い、見逃して」

 カイルが『こんな奴、さっさと轢いちゃえばいいじゃん』と言う。

「レイラ、僕の代わりにあいつらを殺してくれてありがとう」

 トウリはニコリと微笑んだ。けれど、目は笑っていなかった。


「え?」

 レイラはエンジンをかけたまま、サイドブレーキを引き車を降りた。トウリの言っている意味が分からなかったのだ。

 カイルが「おいレイラ。こんな奴ほおっておいて、早く行こう」と助手席から叫んでいる。


「トウリ、ありがとうってどういう意味?」

「レイラ、早く行こうぜ」

 カイルが車から降りて、レイラとトウリを交互に睨み付ける。


「俺の祖父は土宮達起」

 トウリは、一字一句はっきりと言った。

「土宮達起……長老がトウリのおじいちゃん? じゃあ、先生はトウリのお父さん?」

 彼は頷いた。

「俺の祖父も父も遺伝子の研究者だった。祖父が仲間たちとの研究で、きみたちを生み出し、父もその後を継いだ。でも俺は2人の跡を継がなかった。何故だか分かる?」

 レイラは首を横に振る。トウリが長老の孫で、先生の息子なんて信じられなかった。


 戸惑っているレイラをよそに、彼は続けた。

「代理母の存在だよ。きみたちを産み出すためには、どうしても母親が必要だ。現在の技術ではね。最初のうちは、女性たちに大金を払って、卵子を提供させたり、母親になってもらったりしていた。実際、きみ達もそうやって産まれたんだ。けれど、秘密がどこまで守れるかどうかわからない。実際、出産後に秘密を洩らしそうになって極秘裏に殺された女性もいた。クローンを出産した数日後に亡くなった人もいた。お腹にいるクローンに愛着がわいて、渡さないと言い出す人もいた。悩んだ父は、最終的に妻である俺の母さんを代理母にしたんだ。他の研究者の中にも、自分の家族を差し出した人間がいる。奴らは何よりも研究が大事だったんだ」

 

 レイラはトウリが以前、話してくれた家族の話を思い出した。


『俺の母さんはもう亡くなった。俺が15才の時だった。父はいるけれど、冷戦状態。父が殺したようなものだから。あの人は仕事一筋で、母さんを見殺しにした。あの人のしたことは、決して許される事じゃないんだ。母さんは身体が弱っていた。それなのにあいつは……』


「あなたのお母さんは亡くなったのよね」

「ああ。無理もないだろう。次から次からへと子供を産まされて。もちろん、出産まで育たない子も大勢いた。待てないからと人工的に早産させたこともある。俺は母さんに負担を強いる、父と祖父が許せなかった。何度抗議しても、あいつらは聞く身もを持たなかった。あいつらは狂ってる。俺の手で殺すほどの価値もない奴らさ。そうそう、前に、アンに命じてきみを研究所に運んだのは俺。あそこで様々な検査をされたきみが耐え切れず、あいつらを殺すと思ったんだ。まさかもう一体クローンがいて、きみを逃がすなんてね」

 トウリは冷ややかな目でカイルを見る。カイルも負けずにトウリを睨み付けた。

「まぁ、きみたちのおかげで俺の目的は果たせたよ。あいつらは自分達が作り出したクローンに殺されて、いい気味だ」

 トウリは泣いているようで、笑っているような顔になった。そして、険しい顔でレイラたちに一歩近づいた。


「俺はね、レイラ。父や祖父より、何よりお前たちの存在が一番許せなかった。クローンを始末しなきゃいけないと研究所の人間から聞いて、当時警察官だった俺は喜んで一掃作戦に参加したよ」

 警察官。一掃作戦に参加した。もしかして、まさか、彼が。レイラの中で、何かが繋がった。

「トウリが殺したの? あたしの家族を、友達を。もしかして、あなたが、あの階級章の持ち主……」

「そうだよ。俺は全国から集められたTNTの人間と一緒に、クローン一掃作戦に参加した。父とは疎遠になっていたけれど、研究所の中には僕を身内のように接してくれた人もいたからね。その人たちにクローンを始末するしかないって聞いたんだ。班長やリュウジには声がかからなかったみたいだけど、命令されたら参加していたんじゃない? だってお前たちは存在してはいけないモノなんだから。現場で階級章をなくしたからさ、念のため警察本部のコックに転職したんだよ。俺が警察官だった痕跡をすべて消してね。だいたいさ、家族? 友達? 笑わせるね。作り物であるきみに家族なんていないんだよ。まぁ、このプロジェクトを終わらせるため、何も知らされず殺された、両親役の人達は少しだけ気の毒だったけどね」 

 トウリの一言一言が鋭い刃物のように、深くレイラの胸に刺さった。


「てめぇ」

 カイルがトウリに掴みかかった。2人はもみ合いになり、銃声が響いた。カイルが撃たれている。至近距離で腹部を撃たれたカイルは、そのまま崩れ落ちた。


「トウリ、止めて。何でこんな事するの? もうやめようよ」

「やめないよ。きみたち全員を始末するまではね。そうそう、キミの家を襲ったのは俺だよ。きみの妹達は俺が始末したんだ」

 トウリは冷めた目でレイラに銃口を向けた。こちらに向けられた真っ黒なそれを見つめると、レイラの脳裏にあの日の惨劇が過ってきた。武装したトウリが、家族や仲間を襲っている姿が浮かんで、思わず銃を構えた。


「あたし、あなたを許さない。みんなを殺した、あなただけは許せない」

 コンバットマグナムの銃口を彼に向けた。

 トウリは身構えることもなく、レイラに向けた銃口を下ろして不敵に笑った。

「俺を殺すかい? 仲間たちの復讐だって。レイラの腕なら簡単に殺せるだろうね。いいよ。さあ撃ってよ」

 トウリは笑みを浮かべたまま、じりじりとレイラに近づいた。彼の口は動き続ける。

「いつかレイラが言っていたよね。『未だに世界中のどこかで戦争があって、テロが起こって、いつまで続くんだろう』って。あの時、俺は言ったはずだよ『俺たちじゃ、どうすることも出来ない』と。なくならないはずだよ。今のきみなら、この言葉がよく分かるはずだ。さっき俺の父親を簡単に殺したきみならね」


 レイラは何も言えなかった。トウリは一瞬の隙をつき、レイラが構えていたコンバットマグナムを蹴りあげた。形勢が逆転する。今度はトウリがゆっくりとレイラに銃口を向けた。

「長話はこれで終わり。リュウジじゃ、レイラを始末できない。あいつには困ったものだよ。もっと冷酷な男だと思って期待していたのに」

 レイラはジャケットの下に装着していたはずのもう一つの銃、エアウエィトに手をかける。が、ない。忽然と消えていた。

 そして次の瞬間だった。

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