第24話 知らされた現実②

 鉄格子の中には2頭の動物がいた。


 首輪をつけられた、チンパンジー。いや、どこか違う。顔つき、仕草。彼らは悲しげな眼をして、じっとレイラ達を見つめていた。 


「これはキメラだ。同一の固体内に異なった遺伝子情報を持っている。この子たちはチンパンジーと人間のハイブリットだよ。勿論、キメラ研究は医療に役に立つこともあるがね。私がしたいのはそんな事じゃない。何処までも強い生命を作る事だ。下手をすればきみたちよりも強力な兵器になる。複雑な感情を持った人間よりも従順で、破壊力がある。知っているかい、チンパンジーの握力は数100キロ。きみたちをどれだけ改良してもそこまでは無理だ」

 どことなく嬉しそうな口調で、先生は言った。


「他にもキメラはいるの?」

「ああ、まだ試作段階だけどね。さてと、キメラとクローン。どちらが強いのか見ものだ。チンパンジーは縄張り意識が強い。異なる群れにいるモノに、激しい敵意を抱くはずだから、きみたちと素晴らしい戦いを繰り広げるはずだ」

 先生が手元に持っていたスイッチを押すと、静かに鉄格子が開く。レイラは武器を構えなおした。


 鉄格子が完全に開き、チンパンジーがゆっくりと出て来る。しかし、2頭のチンパンジーが向かった先はレイラたちではなく、先生と長老がいる方角だった。

「おいおい、私達は仲間だよ。襲うのはあっちだ。何度も訓練しただろう」

 先生は慌てた様子で呼びかけるが、2頭はゆっくりと先生と長老に近づいた。

「おい、やめろ。こっちじゃない。お前達の敵はあの3人だ」

 先生の制止も聞かず、チンパンジーの一頭が奇妙な叫び声をあげ、歯を剥き出しにして長老に飛びついた。長老が車いすごと倒れ、先生は慌てて車いすから手を離した。チンパンジーは何かを喚きながら、動かない長老の上に覆いかぶさった。敵意を剥き出しにして、襲い掛かっている。長老の顔が食い千切られている。腕も足も、バラバラになり血だらけだった。


 残りの一頭も先生に飛びついた。先生は身体を捻りながら、慌てて手元のスイッチを押す。チンパンジーの首輪が光ったと思った瞬間、ものすごい爆発音がした。

 レイラたちは思わず身を守る姿勢で屈んだ。かろうじて目を開けると、ものすごい煙が一面に立ちこめている。頭の上からは、ばらばらとガラス片が降って来た。

 

 割れた窓から風が吹き込み、徐々に視界がクリアになってくる。ゆっくりと立ち上がると、目の前にいたはずの2頭の姿は一瞬にして跡形もなく消えていた。吹き飛ばされた先生も倒れていた。


「チンパンジーの首輪に爆破装置を仕掛けていたのかよ」

 あまりの惨劇に顔を顰め、カイルが呟く。


「どこまで残酷なんだ……」

 壁や天井にまで広がる血を見て、ショウは俯いた。


「もしかしたら彼らは、あたしたちを仲間だと思ったのかもしれない」

 最後に見た哀しそうな目。チンパンジーは、自分たちが彼らと同じ、この人達に作られた存在だと知っていたのかもしれない。


 レイラ達が立ち尽くしていると、倒れていた先生がよろよろと起き上がった。白衣はボロボロで、剥き出しの皮膚はすり傷だらけだ。  

 ショウは険しい顔で先生に銃口を向けた。先生は彼を見て不気味に笑った。

「ショウ、きみはクローンの中でも一番穏やかで、戦闘には不向きな性格だった。そんなきみがここまで成長して嬉しいよ。私の実験は間違っていなかった。きみは良い戦士になれるはずだ。さぁ、私を撃ってごらん」

 銃を持つショウの手が震えている。彼にやらせてはダメだ。レイラは咄嗟にそう思い、引き金を引いて先生の頭を撃ち抜いた。銃声が響き、先生は倒れ動かなくなった。

「ありがとう、レイラ。もう少しで殺すところだった……」

 銃を持ったまま震える声でショウが言った。

「これで、みんな死んだね」レイラは、誰に聞かせるわけでもなく呟く。

「それにしても、レイラは凄腕のスナイパーだな」

 カイルが絶命した先生とレイラを交互に見てほうと溜息をついた。


「今までもこうやって、何人もの人間を殺してきたのかい?」

「え? うん。ゴメン……仕事だったから」

 ショウに穏やかな口調で尋ねられ、レイラはもごもごと答えた。TNTにいた頃、危険な任務をこなしてきた。自分かやらなかったら殺される場面に、幾度となく遭遇してきた。


「いや、責めているわけじゃないんだ。ただ……」

 その後の言葉が出てこない。ショウ自身、何と言ったらいいか分からないようだった。


「おい、ずっとここにいるわけには、いかないぞ。早くここを出よう」

 カイルが出口を指さす。

「レイラとカイルは先に行って。僕はこの研究所に残っている動物たちをすべて逃がしてから、すぐに後を追う。この先に駐車場があったから、使えそうな車を用意しておいて。鍵が無くてもエンジンはかけられるよね? 車に乗ったまま、カイルと山の麓で待っていて。すぐに逃げられるように」

 ショウがテキパキと指示を出す。


「え? すぐに逃げようよ」

「無駄に捕らえられた命を見捨てるわけにはいかないよ。大丈夫。僕はすぐに追いつくから」

 笑顔のショウに急かされて、カイルと建物を出た。職員用の駐車場は一キロほど先だ。建物を出て数分後、背後から獣の泣き声が聞こえた。ふりむけば、鳥たちが羽ばたいている。

「ショウ、動物たちに襲われていないかな」

「大丈夫でしょ。それより逃走車両を確保しないと」

 カイルがレイラの手を引いて急かす。 


 職員たちは車で逃げ出したのだろう。駐車場には数台の車しか残っていない。駐車場にあった古い車を見つけ、ドアを開けた。カイルと2人で乗り込み、持っていたドライバーで、キーシリンダーとイグニッションスイッチを操作する。エンジンがかかり、アクセルを踏み込もうとしたその時だった。


「行かせないよ」

 車の前に男が一人立ちはだかった。

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